日本と朝鮮半島を海底トンネルで結ぶ!? 統一教会が作ろうとした「日韓トンネル」
TABLO / 2022年7月12日 17時46分
2022年7月8日、安倍晋三元首相が参議院選挙の応援演説中に撃たれ、命を落とした。享年67歳。
背後から安倍氏を撃った山上徹也容疑者(41)は取り調べで、動機を次のように語っている。
「母親が(宗教)団体にのめり込んで破産した。安倍氏が団体を国内で広めたと思い込んで恨んでいた」
ここでいう団体とは世界平和統一家庭連合である。この団体は統一教会(統一協会)という名前で知られている。
統一教会といえば、80年代後半から90年代前半にかけて、毎日のように耳にした名前だ。見知らぬ外国人同士を集団で結婚させる合同結婚式や壺などを法外な値段で売りつける霊感商法といった彼らの手法にマスコミの非難報道が集中した。
カルトの印象が強い統一教会だが、日本と韓国を海底トンネルで結ぼうとする「日韓トンネル」の建設に深く関与している。これは、玄界灘にほど近い佐賀県の北部の山中から韓国南端の大都市、釜山までの約200キロを結ぼうというもの。僕は2008年の秋、そのトンネルの日本側の入り口を見に行ったことがある。以下、訪問したときのことを記してみる。
●実在した日韓トンネル
それは玄海原子力発電所のさらに道の奥にあった。 現場の「正門」には門柱があり、「極東開発株式会社 名護屋調査斜坑」とある。さらに門柱の左側フェンスには「コーダ技研(株)名護屋作業所」「通行中の皆様へのお知らせ」として発破を行う旨が記されている。開いている門から工事現場の敷地内に入る。祭日だからか誰もおらず、閑散としている。
敷地の中央奥は線路の鉄橋のようで、右上から左下へとすこしずつ傾斜している。線路はトンネルの入口へと続いているようだが、入口はネットで覆われていて中は見えない。傾斜している線路は途中、屋根と左右の覆いで囲まれているところがあり、覆いの隙間から使われていない作業用車両が二両置いてあるのが見える。
トンネル見学の許可とインタビューのために、プレハブの事務所を訪ねた。事務所は二階立てで一階部分は資材や工具、バイクなどがおかれている。その一端に穴があり、「開口部使用中注意」のプレートが掛けられている。この穴が「斜坑」に通じているのだろうか。
僕はトンネル工事の責任者らしき50歳ぐらいの人物に声を掛けた。
突然の訪問に作業服姿の「社長」は不信感をあらわにした。
「どこから来た」「何を調べているんだ」
――素晴らしい計画があるときいて、見学に来ました。
そう言ってから、僕の方から「社長」にいくつか質問してみた。
――ここで行なわれている工事はどのようなものなのですか。
「日韓トンネルのことは日韓トンネル研究会に聞いてくれたほうがいいんだが。ここでは調査坑を掘っている」
「社長」によると工事の進捗は以下の通りである。
「工事はやったりやらなかったりしている。今までに全長600メートル、深さ120メートル、傾斜14度。ここがだいたい標高70メートルぐらいだからマイナス40メートルのところまで、掘ったことになる。ここは調査坑で海底から何メートルの深さなら水がしみ出てこないかを調べている」
つまり600メートル掘り進むのに、120メートル分の深度があるということだ。スラスラと数字が出てくるということは、「社長」は技術者なのだろう。続けて言う。
「実際のトンネルはここから10キロ離れたところからになる。鉄道には必要な傾斜度というのがあるから。自動車道路にすると換気の問題があるから無理。鉄道専用。クルマはシャトル列車に乗せて運ぶことになるだろう」
では実際のトンネルを掘り始めたらどのぐらいで完成する見通しなのだろうか。
「10年といわれているが、実際に着工したら7年でできる。月間500メートルとして年間6キロ。最高で月間1200メートル進む。釜山から対馬の60キロは5年で掘れる。今ならユーロ(トンネル)よりも早く掘り進める技術があるから。予算は10兆円。ただし今の国際関係や情勢もある。あんたらも知っているだろうけど、公共事業費は年々上がっている。だけど、トンネルは技術向上のため、90年代初めに比べると費用は70%ぐらいだ」
「社長」は具体的な数字をあげて説明する。相当に自信を持っているようだ。
そもそも10兆円がこの規模の工事として高いのか安いのかもわからない。そんな大金をかけてまで作る意義があるのかもわからない。だけど7年で10兆円という具体的な数字を提示されると、そういうものかとわからないながらも納得させてしまう説得力が「社長」にはある。
技術的に問題をクリアできたとしても、政治的な問題についてはそううまくいかないのではないか。特に竹島問題については日韓のあいだの認識は埋めがたいものがある。また北朝鮮と韓国との関係をどのように考えているのかも気になる。トンネルによって日韓がつながっても、北朝鮮が態度を硬化させたままであれば、トンネルの価値はかなりひくいものになるからだ。
「竹島の帰属問題については棚上げすればいい。祖国統一とか韓国人で唱えてる人が多いけど、実現すると思っている人はいないでしょ。あと、イミグレーション(出入国)の問題があるな。日本はいままで空と海しか(外国との経路が)なかったから」
当初、うさんくさい「穴」だと思っていたのだが、存外、現実性がある話しに思えてきたから不思議だ。こちらが驚いて興味を示すたびに「社長」の態度も柔和になり、ときおり笑顔混じりに答えるようになる。
「地層の問題とかも調査してくれといわれている。まっすぐ進むルート上の地盤が悪い場合、どの迂回ルートがいいかも調べている。ユーロトンネルに視察にも行っている。夢物語みたいに思うだろうが、実際にできることなんだ」
丁重に謝辞をあらわし、その場を後にした。この人自身はトンネルに相当な思いがあるのだ。当初、「日韓トンネル」というのがあまりに気宇壮大で(そのわりには知られていなくて)珍妙に感じていたのだが、思っていたよりも至極まっとうなような気がした。ただ、本当に実現に向かっていくのだろうか。
●トンネル建設の歴史
地理的にそう遠くない距離にある朝鮮半島とのあいだにトンネルを作る計画は何も統一教会が最初に始めたわけではない。1930年代に日本政府が「日韓トンネル」を構想し、建設すべく動いている。戦後のように南北に分断されていなかった朝鮮半島、そして日本の傀儡国だった満州国や樺太といった当時の日本領のあいだをトンネルでつなげて鉄道で結び、大陸進出の足がかりをつくろうとした。日本は大陸に資源を求め、戦争を遂行しようとしたのだ。日韓トンネルに関しての具体的な動きとして、1938年には予備実施調査が始められているし、1941年には九州や対馬でボーリング調査が実施されている。その後、戦局の悪化により、地質調査は取りやめられ、計画は頓挫している。
40年後の1981年、統一教会の文鮮明が「国際ハイウェイ構想」を提唱する。それは日本、朝鮮半島、中国をトンネルや鉄橋で連結し、ゆくゆくは全世界に通じる自由圏ハイウェイを建設しようという、壮大なものだった。
「世界の経済が統合されるにつれ、広範な経済の発展が可能となり、人々は皆豊かな生活を営み、大部分の時間をレジャーに費やすようになるでしょう。(中略)私は、すべての人々が真の生活を楽しむ理想世界が、必ず来るということを確信しています」(国際ハイウェイ建設事業団『日韓トンネルプロジェクト』世界日報社/1993年より)
文鮮明が作り上げようとした「理想世界」、その建設の第一歩がこの日韓トンネルのプロジェクトだったのだ。
1986年、教団は現地法人を作り工事に着手するもその後の進捗は芳しいものではなかった。工事開始からすでにかなりの年月が経過したというのに、まだ600メートルしか掘り進んでいないのだ(2008年時点)。
いったいどういうことなのだろうか。「社長」が「訊けばいい」と口にした日韓トンネル研究会に、後日、電話で話を訊いてみた。
「当時は統一教会が現地法人を作ってプロジェクトをすすめていました。プロジェクトが長くなるにしたがって興味を失っていったようです。資金難も問題でした。日韓トンネル研究会がNPO法人として認定された2004年よりも前に教団との関係は清算されています。研究会に教団の人間はいません。資本面でも人材面でも関係がありません」
電話に出た男性は丁寧でフランクな話しぶりで答えてくれた。
「活動資金は寄付で成り立っています。内閣府のHPを見ていただければ資金の流れが確認していただけます」
統一教会とは関係のない新体制で再スタートを切ったということらしい。大日本帝国政府、統一教会が手がけ頓挫した計画が、三度目の正直でいよいよ実現するのかもしれない。電話での話しぶりに期待が持てるような気がした。しかし事務局の活動体制に話が及ぶと、期待はもろくも崩れ去った。トンネル建設はまだ「絵に描いた餅」の状態であることが薄々わかった。
「みな他の仕事を掛け持ちでやっています。ここには普段誰もいないことが多いんです」
計画がいよいよ本格化するというのであれば準備に追われているはずである。専従の職員がいない事実はまだ何も始動していないということの裏返しといえなくもないからだ。
地理的には近いが、心理的には遠い日韓両国。玄界灘にトンネルを掘り、両国の心理的な距離を縮めるには長い長いトンネルを抜けなければならない。だがその出口は当分見えそうにない。(文・撮影@西牟田靖)
※「ニッポンの穴紀行」西牟田靖・著(2010)に記した文章から一部抜粋
し、加筆修正。「ニッポンの穴紀行」ニッポンの穴紀行~近代史を彩る光と影~ – honto電子書籍ストア
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