ある在日韓国人の告白 「韓国で馬鹿にされ日本で嫌われ、どこに在日特権?」

TABLO / 2013年10月12日 19時0分

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 ここのところ、在特会(在日特権を許さない市民の会)によるヘイトスピーチなどのおかげで、在日韓国人や朝鮮人に対する風当たりが明らかに強くなった。彼らの主張を聞けば、入管特例法に基づく特別永住資格について異議を唱え、同法の廃止を目指しているという。

 だが、デモの実態をみる限り、それは建前に過ぎず、韓国人、朝鮮人に対する嫌悪感を炸裂させているようにしか思えない。そうでなければ「ゴキブリ朝鮮人は国に帰れ」などという言葉は使用しないだろう。今回は、日本で生まれ育った在日韓国人三世(43)の人生を辿り、その実態と本音に迫る。

 俺の本名は、金徹(キム・チョル)。いわゆる在日韓国人である俺は、本名に田の字を付した金田徹(かねだとおる)という通称名(通名)を使って、生まれてからずっと日本で生活してきた。人生最初のイベントといえる名付けの段階から、日本人のフリをして生きていかなければならない環境は、在日韓国人にとって不幸なことだと思える。

 民族学校には行かずに日本の学校に通った俺は、韓国語の読み書きは全くできないし、韓国人としての誇りも全くない。それどころか韓国人であることを認めたくない気持ちすらあって、なるべく気付かれないように周囲と接してきた。そのきっかけは、小学生時代に初めて韓国に行った時、初対面となる父親側の親戚達から「お前は韓国人なのに、なぜ日本語で会話するのか」と罵られ「パンチョッパリ」と蔑まれたことに起因する。ハングルもできず、兵役にもいかない在日の俺達は、彼らにとって裏切り者でしかないのだ。そんな人間ばかりの祖国など愛せるはずがない。

 その一方、在日韓国人に対する日本人の姿勢も、若き日の俺を大いに傷つけた。例を挙げればきりがないが、国籍が韓国というだけで、いわれのない差別を受けるのである。最も悔しく、衝撃を受けた差別は、結婚を前提に交際していた日本人女性の両親に挨拶に行った時、在日であることを理由に別れさせられたことだ。

「君のような人と娘が一緒になることは、ウチの家系が許さない」

 高級官僚であった彼女の父は、室町時代より続く由緒ある家庭だから外国人と結婚させる訳にはいかないと力説して席を立つと、泣き叫ぶ彼女を部屋に閉じ込めて俺を追い出した。その日を境に連絡が取れなくなってしまった彼女の真意は不明だが、この時には自分の先祖を恨み、自殺を図るほど酷く落ち込んだ。

 就職活動においても、嫌な思い出がある。差別に遭わないよう国籍を記載する必要のない履歴書を用意して入社試験に挑み、筆記試験から二次面接までを通過した俺は、最終審査である社長面接もクリアして正式採用の内定を貰った。

「君の採用は、一番に私が決めた。幹部候補として採用するから頑張ってくれたまえ。期待しているよ」

 社長直々に声をかけられて感激した俺は、他社から頂いた内定に断りを入れて、この会社に一生を捧げる覚悟を決めて入社日を待った。そうして迎えた初出勤の日。入社式を終えて勤務地の内示を受けた後、総務課から住民票の提出を求められた。在日韓国人に住民票はないので、その代わりに外国人登録済み証明書を取得して、当たり前の顔で提出する。するとまもなく社長室に呼び出された俺は、一生のトラウマとなる言葉を吐きかけられた。

「ウチは純血でいたいんだ。わかるだろう? 優秀な君と一緒に仕事ができないのは残念だけど、おとなしく辞退してくれ」

 自分が不純であるとは思えないが、純血という言葉の意味が国籍を指していることは、すぐに分かった。そこまで言われて居座る訳にもいかず、その場で入社を辞退した俺は、悔し涙に頬を濡らしながら帰宅した。二十年以上前の話ではあるが、彼への恨みは現在も消えない。

 また、永住権を有しているにも拘らず、外国人登録証明書の携帯を義務付けられることも、被差別意識を高める要因のひとつといえるだろう。たとえ運転免許証を持っていたとしても、外国人登録証明書を持っていなければ警察署に連行されて、身柄引受人が来るまで拘束されるのである。何か異様な事件があると、その全てを在日の仕業とする日本の風潮は、この感覚から生まれているのではないだろうか。ただの嫌がらせとしか思えない警察対応で受けた屈辱は、現在も忘れられない。

 在日という呪縛は、結婚時にも俺を苦しめた。俺は日本人と結婚したのだが、妻や子供達と同じ姓を名乗るには、氏名変更で妻の姓を金田に変えるか、韓国に帰化させる必要があるのだ。俺の姓を見れば在日コリアンであることは一目瞭然であるし、子供を日本人として育てるならば、違う姓で暮らすことになっても妻の姓を名乗らせたい。物心ついた時から自分が韓国人であることに違和感を覚えていた俺は、生まれ来る子供達を在日にしたくない一心で帰化することに決めた。婿養子のような形で嫁の戸籍に入り、自分で自分の名前をつけて、ようやくに在日の呪縛から解き放たれたのである。

 振り返れば、在日韓国人で良かったと思ったことは、ほとんどなかった。強いてあげるなら、空港の入国審査で日本人と外国人のゲートを両方使えることくらいだ。それでも、パスポートすら持てない在日朝鮮人と比べれば、かなりマシな人生だと言える。

 高校時代、朝鮮籍を持つ親戚の家に遊びに行った時の話だ。部屋の至る所に飾られた金日成と金正日の写真を指さした俺は「なぜ、こんな奴等の写真も飾っているのか」と、単刀直入に質問したことがあった。その途端に激高した彼らは、俺を責めるように長々と金親子の素晴らしさを説いて、日本と韓国を罵りながら自分達の正当性を訴えてきた。毎日1時間、常に金親子の写真が飾られている教室で、如何に金親子が偉大であるのかということを学ぶ"学習"と呼ばれる授業を受けてきた彼らにとって、金親子は子供の頃から慣れ親しんだヒーロー的な存在なのである。

 そんな彼らも、2002年に金正日が日本人拉致事件を認めたことで祖国の実態を知り、金親子の肖像を壁から下ろして韓国籍を取得した。在日朝鮮人が日本に帰化することは難しいが、韓国籍を取得するのは容易なのである。国籍変更に馴染みのない日本人にとって、信じていた祖国を捨てる彼らの思いは計り知れないだろう。

 一時期の韓流ブームや日韓共催のワールドカップによって、俺達を見る目は随分と良くなり、はっきりとした友好ムードを感じ取れた。韓国人がもてはやされた一時期は、帰化したことを悔いることもあったほどだ。それ故に、昨今の韓国政府による反日姿勢は残念でならない。自分が帰化して日本人になったからというわけではないが、竹島の不法占拠や盗まれた仏像の未返還問題にみられる泥棒まがいの厚顔無恥な振る舞いには言い知れぬ怒りを覚えるし、米国内に慰安婦像を設置する朴槿惠大統領の顔をみればイラつくのである。

 それとは逆に、在特会などの嫌韓デモの報道を目にすると、マイクを持っている奴らを殴りたい気持ちになる。俺個人のことを言えば、ささやかながらも毎年きちんと納税しているし、逮捕歴もなければ生活保護を受けたこともないので、彼らに指を差される覚えはないのである。

 韓国では半チョッパリと馬鹿にされ、日本では在日や第三国人、帰化者、チョンなどと呼ばれて忌み嫌われる。韓国籍を捨て、日本人のフリをする必要がなくなった俺はいま無国籍人として生きている。

Written by 東郷龍司

Photo by Angus柒

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