タクシー泥酔暴行相次ぐ...トラブル頻発の「客を拾いたくない最悪の町がある」と運転手
TABLO / 2013年10月18日 8時0分
立て続く報道を見ていると、タクシー運転手というのは危険な職業なのだろうかという疑問が湧いてくる。そもそもタクシーというのは見知らぬ人間を、あの狭い密室の中に招き入れるわけであり、その中では日々さまざまな事件が繰り広げられていることだろう。
わたしは疑問を解消するため、東京都内で10年以上タクシー運転手をしている山中氏(仮名・46歳・男性)に話を聞いた。
山中氏は形のいい瓜実顔に眼鏡をかけた実直そうな風貌をしている。髪には白いものが混ざり、その表情には長時間の乗務から来る疲労の色がにじみ出ている。ちなみに彼は個人タクシーではなく、大手タクシー会社に所属する乗務員である。
「最近、タクシー運転手に対する暴行事件の報道が相次いでいますが、山中さんはそういう被害に遭ったことはありますか?」
単刀直入に尋ねると、山中氏は直接暴力をふるわれたことはないと答えた。しかし、身の危険を覚えることは多々あるという。
「わたしは池袋周辺を主に回っているんですが、そのときは歌舞伎町のほうまでお客さんを乗せていったんです。時刻は深夜です。その帰りに拾ったお客さんが大変でした」
山中氏いわく、歌舞伎町周辺の客はトラブル含みのことが多く、基本的に拾わないようにしているのだが、その日は売上が上がらず、思わず車を停めてしまったという。手を挙げていたのは30代後半ぐらいの短髪の男性だった。
「車を停めたのはいいんですが、客はその男だけじゃなかったんです」
「どういうことですか?」
「男の足元に血まみれの若い男が転がっていて、手を挙げていた短髪の男がその若い男を車内に押し込んだんです」
しまった、と思ったが、すでに2人とも車内に乗り込んでしまった。若い男は鼻血を流しているらしく、鼻を手でおさえながら「う......うぅ......」と泣き声ともうめき声ともつかない音を漏らしている。
山中氏は、お客さん困りますよと伝えたが、短髪の男が「出せよ」とドスの利いた声で言い、運転席の座席を軽く蹴った。男が告げた目的地は日暮里。できれば降車してほしかったが、乗車拒否のやり取りをするほうが危険性が高いと判断し、山中氏は、お願いですから汚さないでくださいよ、と言いながら車を走らせた。
車内の空気は異様だった。短髪の男はチンピラ口調の巻き舌でどこかに電話をかけ続けている。必死で情報を探ろうと山中氏は耳をそばだてていたが、聞こえてくるのは「兄貴」「事務所」「トンだ」などという日常会話のハードルを軽く飛び越えている単語ばかり。隣にいる若い男は時折、短髪の男に言い訳めいたことを言うが、その度に頬を張られ、怒号を浴びせられ、うめき声を漏らすという繰り返しだった。
強盗を乗せてしまった場合、スイッチを押すと、タクシーの行灯に「SOS」や「強盗 助けて!」などの表示が出るシステムがあるが、このケースの場合、厄介な客であることは間違いないものの、直接事件に巻き込まれているわけではない。事件性があると判断すれば警察署に駆け込むことあるというが、下手な動きをして逆恨みされてもかなわない。山中氏は無事に目的地に着いてくれと念じながら車を走らせるしかなかった。
山中氏は長年の乗務経験を活かし、相手に確認を取った上で最短のルートを走っているのだが、途中で短髪の男から「運転手さん、遠回りしているんじゃねえよな」とクレームがついた。慌てて否定するが男は威圧的な雰囲気を漂わせながら運転席を刺すように覗き込んでくる。強盗被害を避けるための防護板はあるが、山中氏は生きた心地がしなかった。
その後、短髪の男はこんな言葉を口にした。
「○○タクシーの山中さん、最近景気はどうなんだ?」
――名前を覚えられている。山中氏は戦慄した。
重苦しい空気の中、タクシーを走らせ、ようやく目的の雑居ビルの前に到着した。山中氏は胸を撫で下ろしたが、短髪の男が首を傾げている。どうやら手持ちの金がないようだ。鼻血を流している男にも尋ねるが、彼も持っていないという。
「悪いけど、少し待っていてくれないか。事務所から金持ってくるからさ」
金額は4000円弱。短髪の男は若い男を指差して続けた。
「こいつ置いていくからさ」
山中氏は作り笑いを浮かべながら答えた。
「ここで待っていますから、2人で降りていただいて大丈夫ですよ」
「そうかぁ、すぐ戻ってくるからよ、山中さん」
2人は降りていった。山中氏はその場で5分ほど待ったが、彼らが戻ってくることはなかった。代わりに短髪の男が口にしていた「事務所」と関係があるかどうかはわからないが、目付きの悪い男が雑居ビルから出てきてタクシーを凝視している。
不気味に思い、山中氏はその場を後にした。タクシーの代金は自腹になるが、深刻なトラブルに巻き込まれるよりはましだ。なによりも会社と名前を覚えられていることが気持ち悪かったという。後部座席には血の染みがついており、そのクリーニング代も山中氏が支払うことになった。
散々な体験であり、やはりタクシー運転手は危険な目に遭うこともあるのだと思わされたが、山中氏によると自分はまだましなほうだという。
「同僚の中にはタクシー強盗に遭った人もいますよ」
その同僚が無口な乗客の案内に従い車を走らせていったところ、人気のない道にどんどん入っていったという。嫌な予感を覚え始めた頃、住宅地の中にポツンとある公園の脇で「ここでいいです」と指示を受けた。料金の支払いになり、運転手が乗客のほうに身体を開くと、突然、乗客が左腕をつかみ、逆の手で刃物を突き出してきた。「金を出せ!」と切羽詰まった声で迫られたが、運転手は渾身の力を振り絞って男の手を振りほどき、ドアを開けて脱出した。しばらく全力で走って逃げたところで左腕が大きく切られていることに気付いたという。その後、110番通報をし、警察が臨場したが、車内にあった現金は盗まれ、男の姿はなかった。そのときの金額はたかだか2、3万円だったという。
山中氏はこう言う。
「タクシー運転手は大金なんか持っていませんよ。この不景気ですし、なおさらです。タクシー強盗なんて割に合わないんですから本当に勘弁してほしいですよ」
規制緩和で大量の業者が参入して競争が激しくなり、長引く不況で長距離の客は激減した。稼げない上に危険では運転手としてはとてもではないがやっていられない。せめて冒頭に挙げた事件のように著名人がタクシー運転手を脅かすようなことはやめてほしいものである。
<草下シンヤ『ちょっと裏ネタ』連載12>
Written by 草下シンヤ
Photo by TAXI DRIIVER
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