封印された日本のタブー...東北地方に今も残る他言無用の因習「隠し念仏」
TABLO / 2013年11月13日 12時0分
2009年、発言小町にて寄せられた「真っ黒い手紙」なる投稿が話題となった。
投稿者である主婦は、家族で夫の田舎に住んでいる。しかし最近、家のポストに黒く塗りつぶされた手紙が届くようになったという。どうも深夜、数人の不審人物が訪れては投函していくようだ。閉鎖的な村なので、ヨソモノの自分に嫌がらせをしているのではないか。その村では、真っ暗なほら穴に老人たちが集まり、ろうそくの灯だけで念仏を唱える「○○まつり」なる伝統行事がある。気味の悪さから、その行事に参加していない自分に、住民が脅迫をしているのでは......。
相談のあらすじは、以上のようなものである。閉鎖的な村の因習・タブーといった要素が受けたのか、この内容についての論議が、ネットを中心に数ヶ月に渡って盛り上がったのも記憶に新しい。
そこで語られていた検証として最も目立ったのは
「これは"隠し念仏"が残っている村ではないのか?」
「"隠し念仏"に参加しない投稿者を、村が排除しようとしているのではないか?」
といったものだった。
「隠し念仏」とは、いまだ岩手を中心とした東北に現存する信仰だ。
もともと親鸞聖人の浄土真宗から発した一派だが、主流の本願寺から異端視され、江戸時代には権力側から処刑に至るような弾圧も加わったため、「隠れ」て信仰が行われるようになっていった。まさに邪教との扱いを受け、「犬切支丹」という呼称まで使われていた。外部からの圧力と、それに対抗するための秘密主義は、信者同士の結束を固め、信仰形態も独自なものとなっていく。
明治になり、実質的な禁令は解かれた後も、信者たちは教義や儀式を「隠す」ことを止めなかった。隠すこと自体が、もはや信仰の一つとなっていたからだ。この辺りは、九州の隠れキリシタンと似たような精神性がうかがえる。
そして岩手を中心に東北に残ったのが「隠し念仏」である。真言密教の流れも含まれ、呪術的で秘儀的な部分が強い。
ちなみに、同じく禁令をしかれながらも本願寺との接触を続けた南九州の「隠れ念仏」もあるが、それはまた兄弟的な別物と考えた方がよい(こちらも、慣わしとしての"隠し"を行ってはいるようだが)。
大きく減ったとはいえ、いまだ現存する東北の「隠し念仏」。いわゆる秘密結社の側面をもつため、入信儀礼に大きな特徴がある。
それは「オトリアゲ」と呼ばれる儀式だ。時代、地域によってさまざまな差異はあるが、おおまかに言えば以下のような内容。
入信者は導師の家に出向き、仏間にて「南無阿弥陀仏」「助けたまえ、助けたまえ」と唱え続ける。もちろん次第に疲れ、息苦しくなっていくが、長時間に渡ってこの唱和を続けなくてはならない。そのうちに頭がぼうっとし、意識が飛ぶ、トランスのような状態になる。
そこで導師が「助けたっ」と叫ぶと、鏡による反射光を入信者の口に照らす。仏が入信者の体内に入ったという象徴だ。儀式が終わると、導師からは「ここであったことを他人に喋ってはならない。もし他言すれば地獄に堕ちる」と厳命を受ける。
このオトリアゲ、はじめのうちは成人の入信者に限定され、厳粛かつ秘密裏に行われたようだ。しかし時代がくだると、信者に生まれた赤ん坊にも「オモトヅケ」という簡単な儀式をするようになった。その子が六~十二歳あたりになると「オトリアゲ」を改めて行う。
そしてもちろん、これらはかつて他言無用の秘儀だったため、近代以降の聞き取り調査による体験談の多くは、信者が子供の頃にオトリアゲを施された記憶である。
と、ここでは浅い紹介に留めておくが、隠し念仏については詳細な研究も多いので、ご興味をもたれた方はそれら書籍を参考にしていただきたい。
本記事では、また「真っ黒い手紙」にまつわる騒ぎに話を戻そう。
投稿者は何も断定的なことを述べていないにも関わらず、人々が上記投稿と隠し念仏を結び付けてしまったのは、ここまで述べてきた「タブー的」なイメージによるものなのだろう。その秘密主義からか、隠し念仏は、しばしば歪な捉えられ方をされてきた。
少なくとも近代以降の隠し念仏は、「他言無用」という特色以外は、特に厳格な戒律のある信仰でもない。その秘密すらも大々的とは言えないまでも公開されていき、それ自体に罰則がある訳でもないのは、多くの研究本が出ていること一つとっても明らかだ。
また、「真っ黒い手紙」で描写される行事自体が、そもそも隠し念仏ではない可能性が高い。
隠し念仏の入った地域は、むしろ伝統行事を廃れさせていくとも言われている。例えば岩手で有名なオシラサマ信仰も、隠し念仏の盛んな集落では少ない傾向がある。「○○まつり」なる行事を重要視するのは不自然だし、むしろ儀式に無関係な人は参加させない方が筋に合っている。
その「○○まつり」も「長い数珠を皆で持ち、回していく」と書かれているので、おそらく浄土宗や時宗の百万遍念仏のことだろう。確かに東北に多いが、全国的に行われる信仰である。集まっていたのが女性ばかりというのも、この特徴に当てはまる。女性が定期的に集まる風習は、念仏講や庚申待など、これも全国的に見られた文化だ。
ちなみに、閉鎖された空間に集まることから、隠し念仏が「乱交を行っている」という邪教的イメージの偏見もあるが、もちろんそんな風習はない。まあ、これは念仏講などでも言われているように、閉鎖的な寄り合いにありがちと言えばありがちな誤解ではある。
さらに言えば、これがもし隠し念仏が残る村の話だったとしても、あるいは念仏講、庚申待を大事にする村だったとしても、投稿者の受けた嫌がらせは、その宗教の教義と直接に関連はしないものである。
確かに昔の村落では、こういった行事に参加しないと"ハブられてしまう"場合が多かっただろうが、それは現代でも同じこと。地方の寄り合い、都会なら公園のママさんコミュニティーに参加しなかったせいでトラブルになる例はよく耳にする。宗教が社会基盤を担っていた昔と、現代とでは表面的な形式は違うだろうが、その本質はまったく変わっていないのである。
「真っ黒い手紙」の中に出てくる宗教・風習は、そこまで特殊なものではない。変な手紙を投函されるのも、身もふたも無く言えば「新入りいびり」。自分たちの共同体になじまない人をけん制するといった、日本全国どこでも行われる、ご近所トラブル的な嫌がらせだと思われる。昔からある宗教という点をクローズアップし過ぎて、そこに伝奇趣味を見出しても、あまり意味がない。ましてや、隠し念仏という特定の信仰のせいにするのは、お門違いというものだろう。
Written by 吉田悠軌
Photo by 門屋光昭『隠し念仏』(東京堂出版)
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