封印された奇談:歌舞伎町・中国マフィア青竜刀事件と「片手のない女の幽霊」

TABLO / 2013年11月23日 12時0分

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 不夜城、アジア最大の歓楽街......一昔前の歌舞伎町は、どこか独特なイメージをまとっていた。石原元都知事の浄化作戦によって街のかたちが変わった今では、もはや伝説となっている節もある「あの頃の歌舞伎町」。

 それでも、当時を知る人たちから話をうかがうと、驚くようなエピソードが飛び出すことがしばしばある。今回は、その中でもアウトロー怪談とでも呼べそうな、不思議な話を紹介したい。 

 1994年8月10日に起きた「歌舞伎町・快活林事件」いわゆる青竜刀事件は、歌舞伎町の悪名を全国にとどろかせた。

 中国料理屋「快活林」にて、刃物をもった男が店員と客を切りつけ、二人が死亡、一人が重傷を負った事件。当時、この街で縄張り争いをしていた中国系のイザコザから発展したもののようだ。

 僕の知り合いのSさんはこの時、ほぼ同じ建物といえるほど近くの場所で、飲み屋を経営していた。そのため、犯行直後の一部始終をまざまざと目撃していたのだそうだ。

 事件によって世間が騒然とする中、地元民とも交流があったSさんの元には様々な情報が集まってきた。例えば、本当の凶器は青竜刀ではなくサバイバルナイフによるものだ、とも......。

 しかし警察当局としては「中国マフィアによる惨事」という印象を世間にアピールしたい思惑があったのだろう。聴取に出向いた目撃者たちに対して「凶器はサバイバルナイフじゃなくて、青竜刀だったでしょ?」と、誘導尋問ともとれる聞き書きを行った。その結果、現在まで語り継がれる「青竜刀事件」のイメージが出来上がったという訳だ。

 この辺りの事情は『うわさの裏本2』(ワニマガジン社)にて、Sさんが詳細に描写している。そして記事の最後には、事件にまつわる奇妙な怪談について、少し触れられているのだ。

 ここではその怪談を、僕がSさんから直接聞いた内容を元に書き記してみることにしよう。

 上記の「青竜刀事件」が起きる数年前のこと。

 快活林のあった事件現場のビルは、1階をクリーニング屋が経営している、なんの変哲もない建物だったそうだ。

 しかしどこかのタイミングで地元暴力団が当該ビルを買い取ったのだろうか。その筋の若者が一人、常駐のように住み込むようになった。どうやら、その若者の宿泊所として使われるようになっていたようだ。確かに、「歌舞伎町っぽい」ことではある。

 ただその若者、夜中になると決まってビルから抜け出してきて、近くの屋台で酒をひっかけるのだという。夏の盛りの頃だった。蒸し暑い熱帯夜にもかかわらず、必ず毎晩、同じ屋台を訪ねていく。

 はじめのうちは若者も「クーラーが壊れているから寝苦しい」と言っていたのだが、それが連日連夜続いていったので、さすがに屋台のオバさんも不審に思った。

「まだあのビルのクーラー、直してもらえないの?」

 すると若者は、酔った勢いか、顔なじみとなった気の緩みか、こんなことをポロリと漏らしたそうだ。

「いや、本当はあそこで寝たくないんだよ」

 どういう意味かと問いただしてみると、

「あのビル、夜になると手のない女の幽霊が出てくるから......」

 どうも、宿泊所となっている2階で眠るたびに、片手が切断された女を見てしまうのだそうだ。女の恨めしそうな姿にうなされて、とてもじゃないが寝ていられない、と。

 そんな話を聞いた屋台のオバさんも、なるほどね、と頷いた。

 そのビルはもともと、ちょんの間、置屋として使われていた建物だ。客との刃傷沙汰によって殺された商売女が一人や二人いてもおかしくはない。片手の無い女とは、つまりその時の幽霊ではないか?

 これだけでも一つの怪談ではあるが、話はそれだけでは終わらなかった。

 その後、どういう経緯によるものだろうか。若者が宿泊していたのと同じビル、その1階と2階のテナントに、中華料理屋・快活林が入った。

 そして'94年、例の青竜刀事件が起きる。死亡した二人の被害者のうち、一人は快活林の店主だった。店内に襲撃してきた犯人によって、めった刺しにされたのだ。

 店の2階にて亡くなった店主の遺体は、刃物による損傷が激しかった。

 その片方の手首などは、完全に切り落とされていたのだという......。

 青竜刀事件と「手のない女」に、どんな関連性があるかはわからない。

 しかし、奇妙な怪談が語られていたのと同じビルにて、あのような事件が起こったことに、どうも因縁を感じてしまうのだと、Sさんは語っていた。

Written by 吉田悠軌

Photo by 不夜城(DVD)

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