1億1000万円のスターリング・モスの名を冠したクルマとは? モスゆかりのハイパー・メルセデス3選
くるまのニュース / 2020年4月21日 11時50分
2020年4月12日に逝去したスターリング・モス卿を追悼する意味で、彼にゆかりのあるメルセデス・ベンツを3台紹介しよう。
■日本のカーエンスージアストにも愛されたスターリング・モス
さる2020年4月12日、世界のモータースポーツ界は悲しいニュースに衝撃を受けることになった。1950年代のレースシーンで目覚ましい活躍を見せるとともに、1963年の現役引退後にもモータースポーツ界をサポートし続けたレジェンド、スターリング・モス卿(2000年に叙勲)が、90歳でこの世を去ったのだ。
F1グランプリとスポーツカーレースの双方で輝かしい戦果を残しつつも、惜しいところでドライバーズタイトルを逃し続けた故モス卿は、「無冠の帝王」と呼ばれつつも全世界の尊敬を集めている。
また、後述するイタリアの伝説的レース「ミッレ・ミリア」において象徴的な戦果を残していることから、その復活版ではアンバサダー的存在となった彼は、日本版の「ラ・フェスタ・ミッレミリア」からも招待を受けて、しばしばエントリーしていた。
そして、日本人参加者や沿道のギャラリーたちとも親しく触れ合う一方で、筆者が拙い英語でおこなったインタビューにもジョークを交えて気軽に応えてくれたことは、今では良い思い出となっている。
「無冠の帝王」と呼ばれたスターリング・モスだが、日本人にも熱烈なファンは多い
このように、レーサーとしての素晴らしい実績に加えて、持ち前の優しくて楽しいキャラクターも相まって、トップドライバーだった時代をリアルタイムでは知らないはずの日本にも熱烈なファンは多く、彼の訃報は国内のモータースポーツ専門メディアや自動車メディアに留まらず、一般メディアなどでも伝えられることになったのである。
故スターリング・モス卿がレースで走らせたマシンは、実に多岐にわたる。18歳の誕生日プレゼントに父親から買い与えられた「クーパーF3」にはじまり、1954年には「マセラティ250F」でF1デビュー。英国の新興チーム「ヴァンウォール」では1958年に4勝を挙げ、このシーズンに初めて設定された製造者部門の世界タイトルにも貢献した。
その後はワークスチームではなく、プライベーターの「ロブ・ウォーカー」チームが擁する「クーパー・クライマックス」や「ロータス18」などのマシンとともに、フェラーリやロータスなどのワークスチームを徹底的に苦しめた。
またその一方で、欧米のGTカテゴリーのレースでもロブ・ウォーカー所属のフェラーリ「250GT-SWB」に乗り、1960年の英国ツーリストトロフィーなどで優勝を重ねている。
しかし、とくに近年のファンにとってスターリング・モスといえば、やはりメルセデス・ベンツの名が浮かぶのではないだろうか? 「W196GP」とともに達成した1955年のF1初優勝。そしてなにより「300SLR」とともに達成した目覚ましい戦績は、ファンの間で今なお伝説のごとく語り継がれている。
今回は、故スターリング・モス卿に哀悼の想いを表しつつ、彼に深い関わりを持つメルセデス製の車両3台をピックアップ。ご紹介させていただくこととしよう。
●メルセデス・ベンツ300SLR(W196S)
メルセデス・ベンツ300SLRとスターリング・モス
1955年シーズンのFIA世界スポーツカー選手権に投入されたメルセデス・ベンツ300SLRは、1950年代のフロントエンジン+後輪駆動のレーシングスポーツカーとしては、究極的な進化を遂げたモデルである。
高度な鋼管スペースフレームや自動車用としてはもっとも早い採用例のひとつとなった機械式燃料噴射装置による直噴エンジンに代表されるテクノロジーは、同時代のフェラーリやジャガー、アストンマーティンなどのライバルよりも明らかに一歩進んでいた。
そして、300SLR最大のハイライト。あるいは故スターリング・モス卿とこのクルマにまつわるストーリーでもっとも印象的なものといえば、やはり1955年のミッレ・ミリアにおける縦横無尽の大活躍だろう。
ミッレ・ミリアとは、北イタリアの公道約1600kmを舞台に、本気のスピード競技を行った伝説のレースである。この1955年の5月1日朝、ボディサイドに赤文字で「722」のレーシングナンバーが書き込まれた300SLRとスターリング・モス/デニス・ジェンキンソン組は、そのゼッケンが示すとおり午前7時22分にブレシアの街からスタート。
ローマまで南下したのち、10時間7分48秒後にブレシアのゴールに帰還。つまり、平均時速157.5km/hというミッレ・ミリア史上空前絶後、そしてライバルであるフェラーリ勢を圧倒するスピードで総合優勝を果たしたのだ。
また、同じ年のイタリア・シチリア島タルガ・フローリオにおいても、モスと300SLRのコンビは圧倒的な勝利を得る。ところが、この年6月のル・マン24時間レースにて、両雄ピエール・ルヴェーの駆る300SLRが当事者となってしまった悲劇的な大事故の責任を取るかたちで、メルセデス・ベンツのワークスチームと300SLRは、モータースポーツの世界から姿を消すことを余儀なくされてしまったのである。
■スターリング・モスの名のついた、ハイパーカーとは?
20世紀末から21世紀初頭にかけての時期、F1GPでのパートナーであったマクラーレンとダイムラーが共同開発。2003年に正式デビューした「SLRマクラーレン」は、往年の300SLRにオマージュを捧げたハイパーカーである。
そして、半世紀前の300SLRがそうであったように、21世紀初頭における最新・最高のテクノロジーの集合体となっていた。
●メルセデス・ベンツSLRマクラーレン
メルセデス・ベンツSLRマクラーレン・722エディション
車体は、マクラーレンが得意とするフルカーボンファイバー製モノコックに、アルミ合金製のサブフレームを組み合わせ、同じくカーボン製のボディパネルをセット。
そのフロントミッドシップに、最高出力626psを発揮するAMG製スーパーチャージャー付き5.4リッターV型8気筒ユニットを搭載した。そして、パドルシフトを備えたトルクコンバータ式5速オートマティック「AMGスピードシフト」との組み合わせで、0−100km/h加速は3.8秒、最高速度334km/hに達する超弩級スーパーカーとなったのだ。
一方、2座席のクーペボディは、300SLRのクローズドクーペ版として実験的にワンオフ製作。第二次大戦前/戦後に、一連のメルセデス製レーシングカーの開発を指揮したルドルフ・ウーレンハウト技師がパーソナルカーとして愛用した「ウーレンハウト・クーペ」を現代に昇華させたもの。
くわえて、クーペ版の生産がおおむね終了した2007年には、オリジナルの300SLRを意識した「SLRマクラーレン・ロードスター」も登場した。
そんなSLRマクラーレンにおいて、故モス卿との関わりを最も体現していたモデルは、クーペ版およびロードスター版の終焉を飾るモデルとして設定された高性能バージョンといえるだろう。それぞれ「722エディション(クーペ)」、「722Sロードスター」と名づけられたこのモデルの名は、1955年のミッレ・ミリアにてモス/ジェンキンソン組が乗った300SLRのゼッケンナンバー「722」から採られたものだったのである。
●メルセデス・ベンツSLRスターリング・モス
自身の名前がついたクルマの横に立つスターリング・モス
故スターリング・モス卿にゆかりのあるメルセデス・ベンツ3選。その最後を飾るのは、彼の名前をそのまま車名として掲げた“SLRスターリング・モス”である。
このクルマは、SLRマクラーレンとファミリーたちが栄光の歴史に幕を閉じようとしていた時期。2009年1月の北米デトロイト・ショーにてワールドプレミアに供された、世界限定75台のみのファイナルモデルであった。
フロントミッドシップに搭載されるスーパーチャージャー付き5.5リッターV8ユニットは、SLRマクラーレン722エディションと共通のチューン。最高出力650psをマークし、0-100km/hは3.5秒。トップスピードは350km/hに達するという超弩級ハイパーカーであることは、ほかのSLRマクラーレンたちと変わらない。
しかし、ボディは一連のSLRファミリーとは一線を画したもので、ウィンドスクリーンおよびサイドのスクリーンも省略した、いわゆる“バルケッタ”スタイルを採る。また、左右のシート後方にはドライバー/パッセンジャーの頭部にあわせて隆起した“エアロダイナミックロール”が設けられるなど、モス/ジェンキンソン組が1955年のミッレ・ミリアで優勝した300SLRにいっそう近いフォルムとされていた。
日本国内には2010年に2台だけ(シルバーとブラックが1台ずつといわれる)が正規輸入され、その販売価格は1億1000万円に達したという。
そして、このSLRスターリング・モスの限定生産を終えたことをもって、マクラーレンとダイムラーの提携関係も解消。以後は、それぞれの持ち味をより強調したスーパーカーを、独自に生み出してゆくことになった。
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