マセラティの救世主になるはずだった「ボーラ」とは?【THE CAR】

くるまのニュース / 2020年9月20日 19時10分

「MC20」を発表し、あらたな時代の幕開けを切ったマセラティが、1970年代のシトロエン傘下時代に世に問うた「ボーラ」とはどのようなクルマだったのだろうか。

■スーパーカーブーム時代にマセラティから生まれた「ボーラ」

 この美しきミドシップカー、「ボーラ」について語る前に、1960年代から1970年代当時のマセラティ社の状況を思い出しておこうじゃないか。「MC20」が発表され、あらたな時代の幕開けを切った2020年、歴史の節目をいくつかピックアップして知っておくことは、決して無駄なことではないからだ。

 ボーラ誕生の前夜。1960年代後半のマセラティは、30年近くにも及んだオルシ家の支配から離れ、新たにシトロエンというパトロンを戴いていた。

 オルシ・マセラティの末期から企画された華々しくも馬鹿げたモデル展開、すなわち、「3500GT」を親として共通するひとつのFRプラットフォームを使って、6車種(「クアトロポルテ」、「ギブリ」、「セブリング」、「ミストラル」、「メキシコ」、「インディ」)を展開するという試みは、後を引き継いだシトロエンにとっても、非常に厄介な戦略であったに違いない。

 打つ手をなくしたオルシ家が「高級新型車手形」を乱発して必死に現金を作ろうとした、といえなくもない。焦りともいえる戦略を選択せざるをえなかった背景には、すぐご近所に、同じ県の隣町に生まれたランボルギーニの存在があったのではないだろうか。

 そう、猛牛がいたく刺激したのは、跳ね馬などではなく、海神ネットゥーノ(ネプチューン)であった。

 ランボルギーニもまた、1960年代当時、FRの豪華で高性能なGTカーシリーズを展開しており、しかも(マセラティの8気筒よりもインパクトのある)12気筒エンジンを積んでいた。ランボルギーニが、スポーツカー界のロールス・ロイスを目指すという初期のコンセプトは、確かにマセラティのそれと似通っていた。

 マセラティの創業は1914年のことであり、ランボルギーニ誕生から遡ってちょうど半世紀前という計算だ。

 我が朋は2倍の歴史をもつブランドである、という強烈な自負心があったことは、想像に難くない。フェラーリが存在することすら既に目障りだというのに、さらに近所から新興メーカーがいきなり出現し、ネプチューンの上を目指すという明確なコンセプトをもって、商業的にはともかく、商品的には確かにそれを達成しつつあるという事態は、マセラティ経営陣の自尊心をいたく傷つけたことだろう。

 しかも、1960年代後半のランボルギーニには、フェラーリさえ当時まだ実現できずにいた、12気筒ミドシップスポーツカーの「ミウラ」というフラッグシップモデルさえ存在していた。ミウラの計画が、新興メーカーとしていっそう目立つための方便からスタートしたにせよ、このクルマが実質的にフェラーリを刺激し、同じように「ないものねだり」の状況にあったマセラティをも、大いに焦らせたのだった。

 マセラティが、スペックとスタイルで押しまくってくるランボルギーニに対して、さりげなく気品があって落ち着いた、けれどもあくまで実質的なグランドツーリング・パフォーマンスを重視するという、他にないコンセプトで迎え撃ったという構図は、伝統あるブランドの意地と矜持であったといえるかもしれない……。

 そして、フェラーリやランボルギーニへの対抗手段として誕生したミドシップのスポーツカー・ボーラには、確かに他とは違う資質が備わっていた。

■クラシックでモダン、いまならウケたかもしれない「ボーラ」とは?

 スタイリングはよく知られているように、イタル・デザインのジョルジェット・ジウジアーロ(GG)によるものである。

 深い弧を描いたサイドウインドウの造形にGGの明確なシグナルがみえる。

 1970年代を迎えて、世の高級スポーツカーがおしなべて未来的なウェッジシェイプを志向するなか、ボーラはイタリアンベルリネッタの美しさや柔らかさ、優しさを適切に守りつつ、適度に思い切った直線を組み合わせることで、クラシック&モダンなスーパーカースタイルを実現しようとした。

シャシは、モノコックに鋼管フレーム構造を採用。サスペンションは、マセラティとしては初のダブルウィッシュボーン方式シャシは、モノコックに鋼管フレーム構造を採用。サスペンションは、マセラティとしては初のダブルウィッシュボーン方式

 ガラスに囲まれたリアカウルや、ステンレス製ルーフなど、抑制の利いた、けれども見る者を引きつけてやまない数々の演出は、さすがにマエストロGGの本領発揮というべきだろう。

 インテリアには、スパルタンさは皆無といっていい。ユニークでかつ洗練されたデザインであり、同じ故郷のライバルたちとは一線を画す。ランボルギーニほどはクラシカルでなく、フェラーリほど汗くさくない。

 ドライバーの背後に積まれたのは、ギブリと同じマセラティ製4.7リッター(後に4.9リッター)V型8気筒DOHCエンジンだ。気筒数を競うのではなく、前モデルからの流用とはいえ、ミドシップスポーツカーに適切なサイズのV8エンジンを積んだという点は、老舗スポーツカーブランドゆえのスマートさというべきか。

 事実、その「現実」のGT性能は、最高速度を含めて、フェラーリやランボルギーニといった12気筒モデルたちに、全くひけをとるものではなかった。

 このボーラで、マセラティは、時流をリードする決意をしたのだった。

 実際に走らせてみると、ボーラというクルマには、その見かけとは裏腹に、たとえばステアリングフィールを云々と語ってみたくなるようなスポーツ性など、皆無に等しい。

 金持ち喧嘩せずというが、シトロエン由来のハイドロLHMに支配されたボーラの走りは、鼻先を競い合うような世界から、もっとも無縁な位置にある。どちらかというと、1990年代のロールス・ロイスやベントレーに近い。なるほど、いずれもLHMユーザーである。

 けれども、ストレートでの速さだけは一級品である。思い出して欲しい。1970年代当時、ハイスペックスポーツカーのランクを決定づける要素といえば、0−100km/h加速タイムでもなく、ましてやニュルブルクリンク・ノルドシュライフのラップタイムでもなかった。

 それは、単純に最高速度であったのだ。子供時代の我々は、漫画サーキットの狼に登場する「切替さんのボーラ」から、ストレートでは群を抜いて速いという事実を知っていた。

 ボーラの少なくともパフォーマンスにおける「よりどころ」といえば、わずかに最高速のみ。例えば同じ時代のデ・トマソ「パンテーラ」やフェラーリ「308GTB」といったV8ミドシップスーパーカーのなかでは、もっとも「ドライビングファン」、「ハンドリングファン」に欠ける、道が曲がったとたんにツマラナイクルマ、なのだった。

 しかし。そんなマイナス評価をものともしない凛とした佇まいこそが、ボーラの魅力だ。デ・トマソ「マングスタ」と並んで、それは巨匠GGの最高傑作のひとつといっても、過言ではない。史上最高の観賞用スーパーカーなのだ。

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●MASERATI BORA
マセラティ・ボーラ
・全長×全幅×全高:4335×1768×1134mm
・エンジン:V型8気筒
・総排気量:4700cc
・最高出力:310ps/6000rpm
・最大トルク:49.9kgm/4000rpm
・トランスミッション:5速MT

●取材協力
DREAM AUTO
ドリームオート/インター店

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