ダブルバブルな「ザガート」にバブル再来! 「TZ3」は意外と苦戦の5100万円で落札
くるまのニュース / 2020年11月23日 19時10分
オークションの世界では、ザガートは比較的人気の高い銘柄である。そこで、ザガートが手掛けた50年もの時を隔てたアイコニックな2台の現在の市場価値を最新オークションで検証してみよう。
■ザガートの「ダブルバブル」はこうして生まれた!
クラシックカー/コレクターズカーのオークション業界最大手のRMサザビーズ社は、北米インディアナ州エルクハートにて、2020年5月に開催するはずだった大規模オークション「THE ELKHART COLLECTION」を、予定から約半年の延期に相当する10月23−24日に、COVID-19感染対策を厳重におこなった上での対面型と、昨今の新スタイル「リモート入札」の併催でおこなうことになった。
2輪/4輪合わせて280台を超える自動車が集められたこのオークションは、実は詐欺の疑いで訴追され、破産宣告を受けたというさる実業家の資産売却のためにおこなわれたものだそうなのだが、主に第二次大戦後に生産されたアメリカやヨーロッパ、あるいは日本車も含む名車・希少車たちが勢ぞろいした。
今回VAGUEが注目したのは、イタリアの名門カロッツェリア「ザガート」が製作した、個性あふれる新旧のベルリネッタ2台である。ちょうど50年の時を挟んだ2台のザガートに、最新の国際マーケットはどんな評価を下したのだろうか。
●1960 フィアット・アバルト「750GTザガート」
1957年のミッレ・ミリアで小排気量GTクラス優勝を獲得したフィアット・アバルト「750GTザガート」(C)2020 Courtesy of RM Sotheby's
フィアット・アバルト「750GTザガート」はフィアット「600(通称セイチェント)」のシャシに総アルミ製ボディを組み合わせるという、創成期アバルトの定石の開祖となったモデルといえるだろう。
アバルトの開祖カルロ・アバルトは、イタリアの国民車的存在となりつつあった大衆車フィアット600のために、専用チューニングキット「750デリヴァツィオーネ」を1956年から発売し、大ヒットを獲得。
さらにフィアット600用フロアパンを使用したプラットフォームと、アバルト製750デリヴァツィオーネ・ユニットを、当時のイタリアには数多く存在したカロッツェリアに供給することにした。
そしてこのオファーに応えるかたちで、1956年のジュネーヴ・ショーに出品されたのが、のちにフィアット・アバルト「750GT」の主力となった、カロッツェリア・ザガート製ベルリネッタの最初期モデルである。
ちなみにこのショーでは、ベルトーネ製の未来的なベルリネッタ、カロッツェリア・ヴィオッティ製の瀟洒なクーペ、カロッツェリア・ギアがフィアット600ボディの750デリヴァツィオーネを豪華にドレスアップしたモデルも同時に展示されたが、ザガート製ベルリネッタは4台のなかでもっとも大きな反響を得たことから、シリーズ生産化が決定するに至ったといわれている。
こうして少量生産がスタートした750GTザガートだが、空力効率を追求するあまり徹底して低いデザインとされたルーフは、ヘッドルームが不足してしまうとの評価を受けたことから、この年秋のトリノ・ショー以後に製作されたシリーズ2では、ルーフの左右に大きな「こぶ」を追加することとなった。これが、のちにザガートのアイデンティティとなる「ダブルバブル」が誕生したいきさつである。
そして、それからわずか数か月後の1957年初頭には、ノーズをいっそう洗練したデザインとし、リアエンドもスタイリッシュなテールフィン状にソフィスティケートした完成形、いわゆる「シリーズ3」へと進化。1957年のミッレ・ミリアで小排気量GTクラス優勝を獲得するなどの大活躍を見せることになったのだ。
ところで、フィアット・アバルト750GTは、イタリア本国やドイツなどのヨーロッパはもちろん、アジアや中南米にも輸出された。なかでも生産数の6割以上を占める大市場となったのが、合衆国元大統領フランクリン・D.ルーズベルトの第3子、フランクリン・D.ルーズベルト・ジュニアが総代理権を有していたアメリカだったという。
アメリカでおこなわれた大規模オークション「THE ELKHART COLLECTION」に出品された750GTダブルバブルは、概ね生産が終わりつつあった時期の1960年型。
新車としてアメリカに上陸した「ルーズベルトもの」ではないが、1989年からミシガン州の著名なレーシングカーコレクターが長らく所蔵していた個体とされる。
ここ1、2年、緩やかな下降傾向にあった750GTのマーケット相場から、RMサザビーズ社は8万−10万ドルのエスティメート(推定落札価格)を設定していた。
ところが実際の実際にオークションがスタートすると、ビッド価格は大きく跳ね上がり、最終的な落札価格は16万8000ドル、つまり約1760万円で決することになったのだ。この驚異的な落札価格は、クラシックカー価格がもっとも高騰していた2010年代中盤のマーケット感に近いものとなったともいえるだろう。
■中身がアメリカンなザガートの人気は?
RMサザビーズ社主催の「THE ELKHART COLLECTION」オークションに出品された、もう1台のザガート車は、2012年デビューの「アルファ ロメオTZ3ストラダーレ」である。
フィアット・アバルト750GTと同じく、ルーフには「ダブルバブル」が設けられるなど、ザガートのエッセンスが巧みに織り込まれた1台である。
●2010 アルファ ロメオ「TZ3 ストラダーレ」
アルファ ロメオ100周年をザガートが祝うかたちでワンオフ製作し、2010年に発表されたアルファ ロメオ「TZ3コルサ」のロードバージョンである「TZ3ストラダーレ」(C)2020 Courtesy of RM Sotheby's
このモデルは、もともとアルファ ロメオ100周年をザガートが祝うかたちでワンオフ製作し、2010年に発表された「アルファ ロメオTZ3コルサ」がオリジンである。
伝統の「TZ(Tubolare Zagato)」の名を正当なものとするために、一部をチューブラーフレーム化したシャシに、アルファ ロメオ「8Cコンペティツィオーネ」の試作車と同じ、マセラティ起源のV8エンジンを搭載したレーシングカー仕立てのプロトタイプだった。
一方、その2年後に発表された「TZ3ストラダーレ(ロードバージョン)」は、スタイリングこそTZ3コルサを豪奢に仕立てたかに見えながらも、その実はまったくの新設計である。
「TZの伝統にインスパイアされた」という鋼管フレームを持つが、その中身は「ダッジ・バイパーACR-X」のシャシと、600psをマークする同じくバイパーACR-X用8.4リッターV10エンジンを流用したモデルである。
ボディデザインはカロッツェリア・ザガートで長らくチーフスタイリストを務め、TZ3コルサも手掛けた原田則彦氏。一方インテリアのデザインは、イタリア発のアパレルブランド「CoSTUME NATIONAL」の創始者にしてデザイナーでもあるエンニョ・カバサ氏が担当するという、近年のザガートでは定石のコラボレーションといえよう。
さて、今回出品されたTZ3ストラダーレは、総計9台が生産されたうちの6台目とされる。負債回収を目的とするオークションであるがゆえに、RMサザビーズ社は確実な落札を目指して、40万ドルから60万ドルのエスティメート(推定落札価格)を設定していた。
そして実際の競売では48万9000ドル、日本円に換算すれば約5120万円という、近年のザガート製リミテッドエディションとしては異例ともいうべき、リーズナブルな価格での落札となった。
TZ3ストラダーレは生産台数9台のみという希少性についても申し分なく、「アルファ ロメオ×ザガート」というコレクターズカーの世界では鉄板のWネーム。にもかかわらず、かくも厳しい評価に終わったのは、あくまで筆者の私見ながらこのモデルが「純然たるザガート」であっても、「純然たるアルファ ロメオ」とはいいづらいことが大きく影響しているかに映った。
既にクライスラー・グループとアライアンスを組んでいたフィアット・グループに属するアルファ ロメオゆえに、ダッジ・バイパーともまったく縁が無いわけでもないのだろうが、TZ3コルサが8Cコンペティツィオーネ試作車などにも搭載された、マセラティ由来のV型8気筒4カムシャフトを搭載していたのに対して、TZ3ストラダーレ用エンジンはダッジ・バイパー由来、ひいてはピックアップトラック「ダッジ・ラム」用を起源とするV型10気筒OHVエンジンを搭載していたことも原因かもしれない。
デビュー当時のアルファ ロメオでは「初めてアメリカンエンジンを搭載したアルファ ロメオ」などという、いささか苦し気なアピールをおこなっていたことも記憶に新しい。
しかし、かつては世界屈指のエンジンを生産するメーカーのひとつとして君臨し、フィアット・グループ傘下に収まったのちも、エンジンのみは自社で大幅なモディファイを施すことによって「アルファ化」に勤しんできた伝統を愛するアルフィスタ(アルファ ロメオ愛好家)たちに、アメリカ製の心臓が受け容れられることは難しかった……、と見るのが自然であろう。
かくのごとく、「情緒的」ともいわれそうな理由で高価落札には至らなかったTZ3ストラダーレ。しかし、オークションとは得てして情緒で決することがあるのを、今いちど思い知らせてくれた気がするのである。
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