15億円オーバー! 25年で15倍に値上がり!! 伝説のアルファ ロメオのコンセプトカーとは?
くるまのニュース / 2020年12月1日 8時10分
かつて日本にあったアルファ ロメオの3連作が、オークションに登場した。最終落札価格はおよそ15億5000万円。はたしてこの落札価格が高いのか、それともリーズナブルなのか、3台の歴史を紐解きながら考察する。
■芸術作品といえる3部作が出品
2020年10月28日、RMサザビーズ社が北米ニューヨークで開催したオークション「CONTEMPORARY ART EVENING AUCTION」の出品ロットは、ただひとつ。正確には3点セットの自動車であった。
このオークションのサブタイトルに銘打たれた「AN AUTOMOTIVE TRIPTYCH OF UNPARALLELED SIGNIFICANCE(≒比類のない重要性を誇る、自動車の三連祭壇画)」が示したのは、今から60年以上も昔にそれぞれワンオフ製作された伝説のコンセプトスタディ3連作。
「アルファ ロメオB.A.T.5」と「アルファ ロメオB.A.T.7」、そして「アルファ ロメオB.A.T.9」であった。
●世界を驚嘆させた、鬼才スカリオーネの出世作
1953年5月のトリノ・ショーにて衝撃のデビューを果たしたアルファ ロメオ「B.A.T.5」(C)2020 Courtesy of RM Sotheby's
B.A.T.シリーズとは、1953から55年にかけた3年間に、カロッツェリア・ベルトーネがトリノ・モーターショーにて発表し続けた一連のデザインスタディ。その車名の由来は、「Belrina Aerodinamica Technica(エアロダイナミックス実験車)」のイニシャルである。
一方、末尾につくナンバーは設計番号を意味しており、プロジェクトとしては1から9の全9バージョンが存在したとの記録が残っていながらも、実際にプロトティーポ(試作車)の製作までこぎつけたのは、B.A.T.5/7/9の3プロジェクトだけとされている。
これらのB.A.T.5/7/9のプロトティーポは、いずれも当時のアルファ ロメオが各カロッツェリア用に供給していた「1900Cスプリント」シャシを使用。直列4気筒DOHCのエンジンやトランスミッション、サスペンションなどのメカニカルコンポーネンツも、当然ながら1900Cスプリント用が使用されていた。
デザインワークを担当したのは、1954年に正式発表されたアルファ ロメオ「ジュリエッタ・スプリント」の成功で名実ともに世界のトップデザイナーとなる新進気鋭のスタイリスト、フランコ・スカリオーネである。
彼は、B.A.T.5発表の前年となる1952年に、ベルトーネとコンサルタント契約を結んだばかりであった。
常に「鬼才」と称され、エキセントリックながらもアーティスティックな作風で知られるスカリオーネは、ベルトーネの「偉大なる後輩」ジョルジェット・ジウジアーロの例に同じく、美術系の出身と誤解されがちである。
ところが実際には、第二次大戦前にボローニャのアテナオ大学工学部にて航空科学を学んだ、どちらかといえばエンジニア的な経歴を持つ人物であった。
B.A.T.5/7/9は、そんなスカリオーネの感性と知識が存分に生かされたマスターピース。1950年代からアメリカの「モトラマ」と並び、この時代の自動車デザイン界を牽引するショーとして君臨したトリノ・ショーにて、まさしく一大センセーションを巻き起こしたことから、鬼才の名を初めて世界に認めさせたターニングポイント的な作品として認知されている。
B.A.T.プロジェクトを最初に世に知らしめたのは、1953年5月のトリノ・ショーにて衝撃のデビューを果たしたB.A.T.5。双胴の航空機を思わせるフロントノーズに、ボディラインと完全にブレンドされたテールフィンは、航空学を学んでいたフランコ・スカリオーネの真骨頂ともいえるだろう。
またポンツーン型ノーズの内側に隠され、点灯時はグリル側に現れるリトラクタブル式ヘッドライトも非常に特徴的であった。
「B.A.T.5」に盛り込まれた空力テクノロジーをさらに発展・洗練させた「B.A.T.7」(C)2020 Courtesy of RM Sotheby's
しかし、スカリオーネは自身のアイデアをさらに推し進め、1954年のトリノ・ショーではB.A.T.7を発表する。B.A.T.7は、前年のB.A.T.5に盛り込まれた空力テクノロジーをさらに発展・洗練させたもので、B.A.T.5のCd値が「0.23」だったのに対して、B.A.T.7では「0.19」と謳われていたという。
そして1955年のトリノ・ショーにて初公開された最終モデルB.A.T.9には、のちのベルトーネ製アルファ ロメオ生産モデル「ジュリエッタ・スプリント・スペチアーレ(SS)」に受け継がれるデザイン要素が強く感じられる。
B.A.T.5および7では巨大かつ丸く整形されていたテールフィンは、後方の視認性を向上させるために大幅な縮小が図られた。またジュリエッタと同じ盾形センターグリル、露出した丸型ヘッドランプに、スパッツが廃されて露出したリアホイールといったディテールからも、ジュリエッタSSを意識したデザインを見て取ることができる。
これら3台のB.A.T.は驚くほどに前衛的ながら、いわゆる「モックアップ」ではなく、すべてアルファ ロメオの4気筒エンジンが搭載された、実走可能なコンセプトカーだったことは特筆に値しよう。
実際、トリノ・ショーやその後の出張展示の際には、ヌッチオ・ベルトーネないしはフランコ・スカリオーネが自ら運転して会場入りするデモンストレーションをおこなった……、というエピソードも残されているのだ。
■3台まとめて15億円はリーズナブル!?
一連のB.A.T.の大成功によって、カロッツェリア・ベルトーネはアルファ ロメオとの関係を盤石とし、そののち数多くの大ヒット作を世に送り出すことになる。そして、コンセプトカーとして本来の役割を終えたB.A.T.三兄弟は、この種のコンセプトカーでは往々にして見られる、解体・廃棄という悲しい運命にさらされることはなかった。
●かつては日本に生息していたことも……
のちのベルトーネ製アルファ ロメオ生産モデル「ジュリエッタ・スプリント・スペチアーレ(SS)」に受け継がれるデザイン要素が強く感じられる「B.A.T.9」(C)2020 Courtesy of RM Sotheby's
しかしアルファ ロメオやベルトーネに戻されることもなく、1956年からアメリカの個人エンスージアストに順次譲渡。1950年代末まで、コンクール・デレガンスなどに出品されていたとのことである。
その後、アメリカでそれぞれのオーナーのもとに託されていた三兄弟は、ある時期から再び揃えられ、1980年代以降はカリフォルニア州の某有名ミュージアムに所蔵されることになったようだ。
実はバブル期真っ盛りの時期に、日本のさる大手商社が巨大規模のクラシックカー・オークションを東京で開催し、その目玉商品としてB.A.T.三連作は来日。その後も1990年代中盤までは関西地方の某スペシャルショップに所蔵され、当時の自動車専門誌にも時おり「P.O.R.(価格応談)」の広告が入れられていたことをご記憶の方も多いだろう。
でも、日本で新しいオーナーを見つけることはかなわず、再びアメリカのミュージアムに戻り、今世紀を迎えたのちにはケーブルTVのヒストリー番組にて、日本国内でも紹介されたことがあった。
この3台のB.A.T.は、3台まとめての「CONTEMPORARY ART EVENING AUCTIONオークション出品となり、推定落札価格は1400万ドルから2000万ドルというすさまじいプライスが提示されることになった。
しかし、これだけの大物が、しかも3台一括となるとビッダー(入札者)にとってはなかなかハードルが高かったようで、競売は1325万ドルまで上昇したところで締め切りとなってしまい、エスティメートには一歩及ばず。
それでも、オークショネア側に支払われる手数料を合わせれば1484万ドル。つまり、日本円に換算すれば約15億5000万円での落札となったのだ。
この落札価格を高いと見るか、それとも安いと見るかについては意見が分かれるだろう。しかし、筆者としては歴史的な価値に加えて、ある種のアート作品としての価値も加味すれば、少なくとも「リーズナブル」という表現を用いることをお許しいただきたいと考えている。
ところで話題はいささか脱線してしまうが、1990年代中盤に日本国内某所に3台まとめて生息していた時代、若いころの筆者が懇意にしていただいていた某世界的コレクター氏から、このB.A.T.三兄弟の売り込みを受けたという話を聞いたことがあった。
もしその時にコレクター氏が入手していたら、筆者も目にすることのできるチャンスがあったのかもしれないが、曰く「3台一括で一億円っていうから、断っちゃったよ……」とのこと。
あれから四半世紀を経て、B.A.T.三兄弟もずいぶん出世してしまったものだな……と、このオークションのリザルトを見ながら不思議な感慨を覚えてしまったのである。
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