「C」だけど「Sクラス」以上! 6ドアの「プルマン」とはどんなメルセデス?
くるまのニュース / 2021年2月8日 19時10分
メルセデス・ベンツから新型「Sクラス」がリリースされ、その最新技術に注目が集まっているが、メルセデス・ベンツのフラッグシップは、いつの時代も最先端技術が詰まっていた。そこで1960年代の超ド級高級リムジンの驚きの技術を紹介しよう。
■「Sクラス」以前のラグジュアリーリムジン
2021年1月22日にRMサザビーズ北米本社が、アリゾナ州スコッツデールで開催した「ARIZONA」オークションにて、1台のクラシック・メルセデスが出品・落札され、世界中のファンの間で話題を呼んだ。
メルセデス・ベンツ130余年の歴史のなかでも特に伝説的な存在として名高い、第二次大戦後の「グロッサー」であるメルセデス・ベンツ「600」のなかでも、とくにレアな個体である。
●1966 メルセデス・ベンツ「600 6ドア プルマン」
1963年のフランクフルト・ショーにてワールドプレミアされたメルセデス・ベンツ600は、ダイムラー・ベンツ社、さらには第二次大戦で喫した壊滅的敗戦から、復興を図ろうとしていた西ドイツの威信を取り戻すべく開発された、超高級プレステージセダンである。そしてまた、1960年代初頭の自動車界における先端テクノロジーの結晶体でもあった。
ボディは、フレーム別体式が当たり前だったこの時代のプレステージカーとしては画期的なフルモノコック構造。サスペンションは前:ダブルウイッシュボーン/後:シングルジョイント&ローピボット式スウィングアクスルの全輪独立と、第二次大戦直前以来のメルセデス・ベンツの技術的セオリーに従ったもの。
しかし、自動車高調整装置付きのエアスプリングを採用していたのが、600のサスペンションにおける新機軸だった。
また4輪ディスクブレーキに備えられたサーボアシストも、エアサスペンションのためにエンジンが駆動するエアポンプで発生する圧縮空気を原動力としていた。
加えて、メルセデス・ベンツ600シリーズにおける技術的トピックとして語り草となっているのは、高度な油圧テクノロジーの集合体であったことだ。
現代車のセオリーでは電磁式とされるトランクフードやドアの集中ロックのほか、通常は電動モーターが用いられるパワーウインドウやシートの前後/上下/後席リクラインの調節も、すべて油圧制御とされていたのだ。
パワーユニットは、メルセデス・ベンツの市販乗用車としては初となったV型8気筒で、軽合金製のヘッドはSOHCレイアウトを採る。総排気量は6332ccで、ボッシュ社製インジェクションを組み合わせて250psの最高出力と51.0kgmの最大トルクを発生。この時代のメルセデスでは常道であった、フルイドカップリング+遊星歯車による4速ATが組み合わせられる。
その結果として得られたパフォーマンスは、当時の常識を覆すものであった。ホイールベース3200mm、全長5540mmという巨体と豪華な装備ゆえ、車両重量は2470kgにも達したものの、0−100km/h加速9.7秒、最高速205km/hという、ほぼ時を同じくして誕生したポルシェ911(901型)に匹敵する動力性能の持ち主となったのだ。
そして、メルセデス・ベンツ600の登場から2年後となる1965年、満を持して追加発表されたのが、ホイールベースを3900mm、全長は実に6240mmまで延長し、7/8シーターとした本格的リムジンの「600プルマン」だった。
ところで、とくにわが国においてはメルセデス・ベンツ600シリーズすべてが「プルマン」と誤表記されてしまう事例もしばしば見られるが、本来プルマンと呼ばれるべきはロング版のみ。
さらに話を複雑にしているのは、プルマンが追加設定されたのち、スタンダード版の600が「バージョンA」という公式のカタログ表記のほかに、ドイツ語でセダンを意味する「リムジーネ」という通称で呼ばれるようになったことであろう。
ともあれ、企業トップに加えて国家元首級のVIPたちにも愛用されることになった「バージョンB」こと600プルマンに加えて、高級ホテルなどの送迎用としてドアを片側3枚の6ドアとした(注文によっては5ドアも存在する)「バージョンC」も設定。
さらには、国家的なパレードなどを目的とし、ルーフ後半が開閉可能なソフトトップとされたランドレー・リムジンの「スペシャルバージョンD」なども、ごく少数のみが製作されることになった。
そして1981年6月に生産を終了するまでの17年間に、600バージョンAが2189台。600プルマンが428台。ランドレーも59台で、合わせて2676台が生産されたとの記録が残されている。
■世界に11台のみのスペシャルな6ドアとは?
RMサザビーズ「ARIZONA」オークションに出品されたのは、428台が生産されたというロングホイールベース版600プルマンのなかでも、わずか42台のみといわれる6ドア構成の「バージョンC」である。
さらに、純正のサンルーフとエアコンディショナーが取り付けられた、わずか11台のうちの1台なのだが、もともとこの1966年型の個体はほかのバージョンCたちとは少々異なる目的に使用されたといわれている。
●1966 メルセデス・ベンツ「600 6ドア プルマン」
ダイムラー・ベンツ社(当時)が保有し、シュトゥットガルト本社を訪れたエンジニアやゲストの移動手段として、長らく運用されていたメルセデス・ベンツ「600 6ドア プルマン」(C)2020 Courtesy of RM Sotheby's
これらの車両の多くは、完成と同時に世界各国にデリバリーされていくのが通例だった。しかしこの個体は、ダイムラー・ベンツ社(当時)がそのまま保有し、シュトゥットガルト本社を訪れたエンジニアやゲストの移動手段として、長らく運用されていたという。
ダイムラー・ベンツ社での就業を終えたのち、メルセデス・ベンツ特別車両部門ファクトリーにおけるメンテナンスサービスの元責任者として、この600プルマンを含む数多くの600たちのサービスを指揮していたクラウス・キエンレに売却された。
その後キエンレは、シュトゥットガルト近郊の美しい田舎町、ハイマーディンゲンに、「Kienle Automobiltechnik(キエンレ・オートモビルテクニック)」社を設立。長年にわたって培ってきた専門知識を活用して、クラシック・メルセデスのレストアや修理に携わることになった。
今回の出品車両は、現在のオーナーが2003年にキエンレ・オートモビルテクニック社から購入したとされる。アメリカ在住の新オーナーがわざわざドイツまで訪れた理由は、家族のドライブ旅行を快適かつ安心して楽しめる、メルセデス600の6ドアプルマンを見つけることにあった。そして彼の目的は、パーフェクトに達成されることになった。
翌2004年春に米国に輸入された直後に、新オーナーは陸揚げ地のニューヨークからカリフォルニアの住居まで自走で搬送したという。さらにこの大陸横断マラソンののちにも、家族のドライブ旅行で数々の思い出づくりに貢献したとようだ。
技術的にはきわめて洗練されている一方、複雑な「マシン」であるこの600プルマンは、カリフォルニア州アーバインにある「メルセデス・ベンツ・クラシックセンターUSA」の専門家によってサービスが継続され、その内容はすべてドキュメントに残されている。
今回の出品者のもとでおこなわれた作業には、ステアリングシステムやベルトドライブ、エアサスペンションのオーバーホールも含まれている。
6人の乗員のための近代的なエンターテイメント装備のみは少々アップグレードしたものの、依然としてミッドセンチュリーの存在感を保持している、この1966年型メルセデス・ベンツ600プルマン・バージョンCに対して、RMサザビーズ北米本社は27万5000−32万5000ドル(邦貨換算約2900万−3430万円)というエスティメート(推定落札価格)を設定した。
これは、ここ数年3000万円前後で取り引きされる事例が多い600プルマンとしては、きわめて順当なプライスといえるだろう。
そして2021年1月22日にスコッツデールでおこなわれた競売では、オークションハウス側に支払われる手数料込みで34万6000ドル、日本円に換算すれば約3620万円で落札されることになったのである。
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