クルマの先端にあるマスコットはなぜ必要? 高級車のシンボルのヒミツを探る
くるまのニュース / 2021年2月16日 8時10分
クルマのフロント先端に輝くマスコットは、いまや高級車を象徴するステイタスシンボルだが、もともとは機能パーツだった。マスコットの発祥とその歴史を解説する。
■もとは機能パーツだったマスコット
現代においてはロールス・ロイスやベントレー、あるいはメルセデス・ベンツやマイバッハの「Sクラス」など、ごく一部の超高級車のみがエンジンフードの前端に掲げるマスコットは、第二次大戦前にはクラス・カテゴリーを問わず、あらゆるクルマに取り付けられていた。
第二次大戦後、乗用車のデザインが流線型やウェッジシェイプ化された後も、1980年代ごろまでは全世界のブランドで、とくに高級車では「フードマスコット」が必須アイテムと化していた。
これらのフードマスコット、あるいは「フードオーナメント」と呼ばれるアクセサリーは、もともと20世紀初頭にフロントエンジン+後輪駆動の「パナールシステム」が一般化し、エンジンを冷やすためのラジエーターが車両の前端に取り付けられるようになった結果として、誕生したものと思われる。
ラジエーター本体を保護するグリルシェルの上縁、もっとも目立つ位置に露出していた給水キャップに、ブランドないしはオーナーの個性を主張することを目的として、車両によっては水温計なども組み込まれたマスコットが設置されたのが由来とされている。
ベントレーSタイプ・コンチネンタルの「フライングB」
自動車のラジエーターの頂にマスコットが取り付けられるようになったのは、20世紀初頭のこと。当初は、注文主がそれぞれ好みのマスコットをお気に入りのアーティストに製作させて、自身の愛車に装着したという。
メーカーの純正装備としてのフードマスコットのパイオニアについては諸説あるようだが、一般的にいわれているのは高級車の象徴であるロールス・ロイスである。創成期の伝説的名作「40/50Hpシルヴァーゴースト」の大部分が「パルテノン神殿」とも愛称されるラジエーターの頂点に、翼を広げて屹立する精霊像「スピリット・オブ・エクスタシー(Spirit of Ecstasy)」を掲げたのが端緒とされる。
●R−R“スピリット・オブ・エクスタシー”が元祖?
1990年代、SZ系ロールス・ロイスの「フライングレディ」
この美しい女神像は、ロールス・ロイス社の広告イラストも手がけていた芸術家、チャールズ・サイクスの作品。ロールス・ロイス社の創始者であるチャールズ・ロールス卿およびクロード・ジョンソンとも旧知の仲であった「英国王立自動車クラブ(RAC)」初代会長、ジョン・ダグラス・スコット・モンタギュー卿が、自身のシルヴァーゴーストを注文する際に、友人であるサイクスに一品製作してもらったものが原型となったといわれている。
モデルとなったのは、公私ともにモンタギュー卿を支えた女性秘書。今なおロールス・ロイスの「ミューズ」として敬愛される、エレノア・ヴェラスコ・ソーントンだった。
いまからちょうど110年前となる1911年に、モンタギュー卿のシルヴァーゴーストとともに誕生したのち、早くも翌年にはすべてのロールス・ロイス車のラジエーターに据え付けられることになったこのマスコットは、ほどなく「フライングレディ」と呼ばれて世界中の尊敬と憧れの的となる。
1934年には、ひざまずいた姿勢をとる「スピリット・オブ・エクスタシー」が、同じくサイクスの作で登場。カスタマーの注文に応じて「フライングレディ」とともに選択可能とされたこちらは「ニールレディ(Kneel lady)」と呼ばれている。
ニールレディについてロールス・ロイス社の公式見解では、フロントフードの低いスポーティなボディに合わせて選択可能とした、とされている。しかし宗教的、あるいは道徳的な見地から、裸身の女性像を高貴な身分である乗員の眼前に置くのは好ましくないとする、顧客のリクエストがあったからとする説もあるようだ。
ところで開祖W.O.の時代、純然たるスポーツカー専業だった時代のベントレーは、ラジエーターキャップもレースでの使用に向けたクイックフィラー型が主流で、マスコットを置く事例はあまり多くなかった。
しかし、ロールス・ロイス「40/50HpファントムII」と同じマーケットを狙って開発され、1930年に投入された最高級車「8Litre」では、同じくチャールズ・サイクスに依頼した「Flying B(フライングB)」マスコットを初めて採用することとなる。これはロールス・ロイス社に買収される以前の話だが、1931年にR−R傘下となったのちにも、デザインを変えた「フライングB」が採用され続けることになる。
■現代では格納可能なマスコットへ進化
筆者自身がロールス・ロイス/ベントレーの世界に長く身を置いてきたので、まずは両ブランドのエピソード先行となってしまったが、フードマスコットについてはほかのブランドでも数多くの傑作が見られる。
初代W202系Cクラスは、エンブレムを基部とする「スリーポインテッドスター」
ロールス・ロイスと並んで有名なマスコットといえば、メルセデス・ベンツの「スリーポインテッド・スター」であろう。このシンプルきわまるマスコットは、ベンツ社との合併(1926年)以前の「ダイムラー」時代からラジエーターグリルを飾り、現在では事実上の「Sクラス」専用となってしまったものの、100年以上の歴史を誇っている。
また、第二次大戦前にはR−Rのライバルだった高級車専業メーカー、スペイン発祥でのちにフランスに拠点を移したイスパノ・スイザには「シゴーニュ・ヴォラント(飛び立つコウノトリ)」が用意され、ロールス・ロイスのスピリット・オブ・エクスタシーと双璧を成す、アイコン的アート作品と称された。
そして、ブガッティは「T41ロワイヤル」や「T50」などの超高級プレステージモデル用として、開祖エットレ・ブガッティの弟で彫刻家のレンブラント・ブガッティが原型を制作した、立ち上がる巨象をラジエーター上に設置していた。
●世界各国で、様々なデザインとストーリーのマスコットが百花繚乱
ルネ・ラリックの女神像「クリシス」
一方こちらはメーカー純正指定というわけではないのだが、イスパノ・スイザやブガッティと同じくフランスにて、第二次世界大戦の前後に活躍した高級車ブランド、ドラージュやタルボ・ラーゴには、クリスタルガラス工芸の大家ルネ・ラリックの作品、例えば勝利の女神の頭部を象った「ヴィクトワール」や「ル・コック(雄鶏)」などと名づけられた素晴らしいクリスタルアートが、オーナーの希望によって取り付けられていた。
これらのラリック作品の芸術価値は非常に高く評価され、のちのラリック社が自らクリスタルガラス製のレプリカを製作・販売し、いまなおアンティークや美術品として高値で取り引きされているようだ。
しかし、フードマスコットをもっとも重用したのは、やはり英国だったといえるだろう。オースティンやモーリスなどの大衆車から、それぞれ独自のデザインのマスコットを設置。また、ジャガーは中級車だった時代から、自動車画家フレデリック・ゴードン・クロスビーがデザインした、躍動感のあるマスコットをサルーンモデルに設定。「リーピング・ジャガー」あるいは「リーピング・キャット」の愛称で知られている。
その傍ら、大西洋を挟んだアメリカでは、キャデラックの「フライングレディ(あるいはフライングゴッデス)」が代表格。痩身のグレイハウンド犬を象った、リンカーンのマスコットも有名だった。
そしてわが国、日本でも第二次大戦前のダットサンには「脱兎のごとく」という言葉に車名を掛け合わせた、可愛いウサギのマスコットが装着されていた。また第二次大戦後も、トヨタ・クラウンや日産セドリックなどの高級車には、長らくフードマスコットが飾られていたのだ。
さらに1920−40年代には、自動車メーカーの純正ではなく汎用のフードマスコットのみを製作・販売する業者も、主に欧米では数多く存在していたようだ。
これらのマスコットのデザインは、ロールス・ロイスやキャデラックの女神像を意識したものから、動物像など多岐にわたる。そのなかには、実はアメリカ発祥である「ビリケンさん(Billiken)」。果ては、ドイツでナチス党が台頭するまでは「スワスティカ(Swastika:卍)」なども象ったものなど、ちょっと自由過ぎるデザインのものも存在。当時はメーカー純正のマスコットから取り換えて、個性を主張するマニアもいたようで、カーアクセサリーの代表的なジャンルとして一時代を築いていた。
ところが1980年代以降、自動車のエアロダイナミクスを追求する動きが全世界的なものとなると、スリークなスラントノーズに似合わなくなっていたフードマスコットは行き場を失ってゆく。さらに対歩行者安全対策の見地から、突起物であるマスコットは危険と見なされてしまう。
そこで、脚部にスプリングを仕込んだ可倒式のマスコットも開発されるが、それでも残ったのはメルセデス・ベンツやロールス・ロイスなど、一握りの高級プレステージカーのみとなってしまった。
しかし現在では、ドライバーの任意やパーキング時にはグリル/エンジンフードに収納できるマスコットが、現行すべてのロールス・ロイスおよびベントレー新型フライングスパーにも採用。旧き良き伝統を、巧みな手法で現代に遺しているのである。
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