覆面パトカーでおなじみ!? スズキの高級車「キザシ」はなぜ誕生したのか?
くるまのニュース / 2021年3月2日 10時10分
かつてスズキは高級セダンの「キザシ」を販売していましたが、販売台数が少なかったうえに警察車両として導入されたことから、「覆面パトカー」のイメージがあります。しかし本来は並々ならぬ思いでこのクルマは開発されたというのです。一体どんなモデルだったのでしょうか。
■キザシを見たら覆面パトカーだと思え!?
2021年2月24日、スズキの経営を40年以上指揮してきた鈴木修氏の会長退任が発表されました。徹底した質素倹約はライバルメーカーも驚くほどだといいますが、スズキは時々その鬱憤を晴らすようなモデルを登場させました。
本気の軽FRオープンスポーツとして開発された「カプチーノ(1991年)」、軽自動車の延長からのイメージを一掃させた「2代目スイフト(2004年)」などがありますが、今回紹介するのは2009年に登場した「キザシ」です。
キザシはスズキのフラッグシップとなるDセグメントセダンとして颯爽と登場。
メディアではその実力を高く評価しましたが、「スズキ=小さいクルマ」というイメージが定着していることから人気は今ひとつでした。
デビュー直後の最新モデルにも関わらず当時からレア車扱いで、輸入車よりも見かけるのは困難。
2013年に警察の捜査車両として導入されますが、「キザシを見たら警察車両だと思え」といわれるほど、一般のオーナー車両を目にするケースは少ないモデルです。
そんなことから、キザシは「そういえばあったな」というモデルかもしれませんが、実は開発陣のこのクルマに掛けた想いの強さの大きさは、あまり知られていません。
筆者(山本シンヤ)はキザシがコンセプトカーだった時代からずっと追いかけていた数少ない一人。今回はキザシが生まれた経緯やコンセプトのついて振り返ってみたいと思います。
2004年、スズキの実質的な世界戦略車第一号として登場した2代目スイフトは、世界基準の設計・走りを目標に開発されました。
とくにハンドリングに関しては欧州車を徹底低にベンチマークしており、当時ライバルメーカーのエンジニアは「あのスズキが、あの走りを実現できた理由を知りたい」と語ったほど。モータースポーツ(JWRC)での活躍も話題となりました。
その後、2007年に登場したコンパクトクロスオーバーの「SX4」は、フィアットとの共同開発モデル(兄弟車はフィアット「セディチ」)であると共に、スズキのWRC参戦マシンとしても話題となりました。
また、2008年にはスイフトより小型のハッチバック「スプラッシュ」も発売。こちらはオペル向け(アギーラ)にも供給されるなど、攻めの姿勢でした。
このように短期間で欧州市場での知名度を上げてきたスズキの次なる目標は、「上級セグメントへの参入」でした。
といってもスズキにとっては未知の領域であり、2007年のフランクフルトショーで「コンセプト・キザシ(ワゴン:2リッターディーゼルターボ+6速MT、4WD)」、2007年の東京モーターショーで「コンセプト・キザシ2(クロスオーバーSUV:3.6リッターV型6気筒+6速AT、4WD)、そして2008年ニューヨークショーで「コンセプト・キザシ3(セダン:3.6リッターV型6気筒+6速AT、4WD)」を出展し、反響をリサーチしながら企画・開発が進めてられていました。
しかし、リーマンショックで開発凍結の危機に陥りました。経営陣からも「中止」という声もあったといいますが、開発陣は開発の手を止めませんでした。
その理由は2007年12月に亡くなった小野浩孝専務(当時)の遺志を受け継ぐためです。彼は“攻め”の欧州戦略でスズキのイメージを大きく変えた張本人であり、当時は次期社長候補ともいわれていました。
フラッグシップとなるキザシは2代目スイフトから始まった一連の欧州でガチンコ勝負ができるモデルの集大成であり、まさに“肝いり”のプロジェクトでした。
その熱意に経営陣も折れ、「セダンボディでエンジンは2.4リッターガソリン」とバリエーションを絞って開発を続行し、発売まで辿りつきました。
発表・発売は2009年の東京モーターショーのプレスデーで、事前告知無しのサプライズでした。筆者も取材でスズキブースに行って、「えっ、これは?」と驚いたことをいまでも覚えています。
企画時のコンセプトモデルからもわかるように、複数のパワートレイン/ボディ形状が計画されていたそうです。
■サーキットでチューニングしたキザシの走行性能とは?
実際に発売されたキザシは、プラットフォームは横置きFFとレイアウトはコンパクトモデルたちと共通ですが、同車のために新規で開発された専用品、サスペンションはフロント:ストラット、リア:マルチリンクも同様です。
企画時はFRも検討されたそうですが、当時今後の水平展開(当時エスクードより上級のSUV)も視野に入っていたようで、最終的にはFFに落ち着いたといいます。
スズキ「キザシ」(欧州仕様)
ただ、スイフト/SX4などの開発による知見やノウハウがあったため、開発陣は「FF横置きベースでもイケる」と自信があったそうです。
パワートトレインはエスクード(3代目)に採用されていた2.4リッター直列4気筒自然吸気エンジン(J24B)ですが、実は共通なのはエンジン型式だけで中身はほぼ新設計。188馬力/23.5kgmのパフォーマンスを誇ります。
トランスミッションはCVTのみ(海外向けには6速MTも用意)、駆動方式はFFと電子制御4WD(i-AWD)が選択可能となっていました。
ちなみに当時のメディア向け資料を見るとニュルブルクリンク北コース(以下、ニュル)でのテストシーンも掲載されていますが、ここにも面白いエピソードが残っています。
当時、スズキではニュルでの開発テストがなかなか認められず、そこで開発陣は「PR用の撮影目的」で渡欧。ただし、撮影はあっという間に終わらせて、残りの時間をすべてテスト用に使ったそうです。
エンジニアの一人は「評価ドライバーの声を元にチューニングを煮詰めました。ニュルでのテストは開発のなかでも大きな手ごたえがありました」と語っています。
開発時のベンチマークは、特定のモデルではなく、さまざまなモデルを広く見ていたといいますが、ハンドリングに関してはFFレイアウトを採用しながらもBMWに匹敵する走りに定評があったフォード「モンデオ」だったそうです。
このようにして生まれたキザシは、実際に乗ると「大柄なミドルセダンなどにスイフトスポーツのように曲がる」とハンドリングの評価は非常に高かったですが、その一方でパワートレインはパワー不足で事務的なフィーリング、フットワークは硬めの乗り心地、さらには内外装の細部の質感や精度など、煮詰めや改善が必要な部分があったのも事実です。
その後、北米向けには内外装やフットワークに手が入った「キザシ・スポーツ」が追加設定されましたが、日本向けは一度も手が入ることなく2015年に生産終了。日本での累計登録台数は3379台ですが、そのなかの約900台が覆面パトカーとして使われました。
ちなみに市販モデルと覆面パトカーの違いは、外装はフォグランプの有無、内装は布シート(市販モデルは本革)とウレタンのステアリング(市販モデルの本革)と細部が異なっています。
※ ※ ※
現在、スズキは得意とする小さなモデルに特化しているため、今後キザシのようなモデルが登場する可能性は極めて少ないでしょう。
ビジネス的に見てしまうと「黒歴史な一台」になってしまいますが、「スズキの挑戦」という意味では、非常に意義のあるモデルだったと思っています。
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