佐川の新EVは「中国車」じゃない? 日本発のファブレス方式でEV市場の覇権を狙う
くるまのニュース / 2021年4月16日 9時10分
物流大手の佐川急便は、開発を進めている電気軽自動車のプロトタイプ車両を2021年4月13日に公開しました。この車両の企画や設計は日本のASF株式会社、生産は中国の柳州五菱汽車がおこないます。どのような経緯で誕生したのでしょうか。
■業界に衝撃を与えた佐川EV、じつは誤認識が広まっている?
物流大手の佐川急便が、自社の配達車両に電気で走る軽自動車を採用すると2021年4月13日に発表しました。
この小型EV(電気自動車)は2022年9月から納入が始まり、現在使用している軽自動車7200台を置き換える計画です。
今回、佐川急便が採用を決めた小型EVは現在軽自動車に乗務する佐川急便のドライバー約7200人にアンケートを実施し、ドライバーの意見を徹底的に反映させた独自の車両として開発される予定です。
企画や設計は日本のEVベンチャー、ASF株式会社(以下、ASF)が担い、生産は中国・広西に本拠地を置く広西汽車集団傘下の「柳州五菱汽車」がおこないます。
現在の報道で勘違いされている点として、今回佐川急便が採用を決めた小型EVは「中国車」ではなく、広西汽車集団が展開する既存の車両を輸入するわけでもありません。
設計などの開発面はあくまで日本企業であるASFが独自におこない、中国自動車メーカーの工場で生産する方式です。ASFは日本国内でのEVの普及促進を目指して2020年6月に設立されたファブレスメーカーです。
ファブレスメーカーとは、自社製品の製造のための自社工場を持たないメーカーのことを指します。
身近なところでたとえるとiPhoneやiPad、MacBookなどで知られるアップルや、ゲーム機のNintendo Switchやニンテンドー3DSなどで有名な任天堂もファブレスメーカーの一種となります。
「ファブレス方式」は今でこそコンピューターやモバイル機器などではおなじみとなりましたが、今回のようなEV事業ではまだまだ新しい手法です。
それゆえ、佐川が導入する予定の小型EVは「中国製」ではあっても、「中国車」とはいいません。中国などで生産されているiPhoneを「中国のスマホ」と形容しないのと同じ理屈です。
また、この小型EVを製造するメーカーに関しても誤解が広がっています。製造を担当するのは名前こそ「五菱」ですが、これは昨今日本でも話題となっている超低価格EVミニバンの「宏光 MINI EV」などを生産・販売する「五菱」とは別の会社です。
「宏光 MINI EV」を生産するのは、上海汽車集団とアメリカのゼネラルモーターズ(GM)、柳州五菱汽車(現:広西汽車集団)が中心となって設立された合弁企業の「上汽通用五菱」(通用=通用汽車、ゼネラルモーターズ)ですが、今回の小型EVを生産するのは「柳州五菱汽車」で、「広西汽車集団」の傘下に位置する企業です。
広西汽車集団も上汽通用五菱の設立や出資には関わっており、その逆も一部の部品供給などで協力していますが、それぞれまったく別の車種をラインナップしています。
佐川急便の小型EVを生産する「五菱」は社名こそ同じですが、「宏光 MINI EV」を製造する「五菱」とは異なるのです。
ところで、ASFと佐川急便のパートナーになぜこの「柳州五菱汽車」が選ばれたのでしょうか。
ASF株式会社取締役の大河原吉貴氏によれば、検討段階で候補にあったのは4社から5社ほどですべて中国のメーカーだったそうです。
そのなかでコストや安全性、ものづくりへの真摯な姿勢などを総合的に考えた結果、広西汽車が選ばれました。
いかに品質と安全性を保ちながら価格を抑えつつ、顧客のニーズに応えるモノができるかが重要なポイントとなったようです。
車体そのものの開発や企画も一貫してASFが中心となっておこない、日本の軽規格や道路基準に準じた設計となっています。
車内ではパソコンや書類バインダー、1リットル紙パック飲料などが効率よく置ける収納スペースがあちこちに配置されており、佐川急便の配達員が使いやすさを感じることを最優先にした設計となっています。
また、環境が一般的な乗用車よりも過酷である配送用途に使うということもあり、ドアのヒンジなどの細かい部分の耐久性などもかなり重要視して設計するとのことです。
使いやすさだけでなく、安全性も今回の小型EVで強調されている特徴です。基本的な安全性能はもちろんのこと、前後の衝突被害軽減ブレーキや自走事故防止装置、バックソナーなどの先進安全装置なども装備します。
また、車両そのものの安全だけでなく、運行データやドライバーの健康情報、デジタルタコグラフなどのデータ類の管理もすべて備え付けの端末とクラウドシステムの併用で効率的に管理できるとしています。
ASFは、今回の佐川急便との「B to B(ビジネス・トゥ・ビジネス)」で、まずノウハウと信頼を蓄積し、ゆくゆくは一般消費者向けのEVを開発・設計する「B to C(ビジネス・トゥ・コンシューマ)」の需要を狙っていきたいと考えているそうです。
■ヤマト運輸や日本郵便もEV導入…でも雲行きが怪しい?
ところで、宅配用途で使われるEVといえばヤマト運輸も2020年から導入しています。
ヤマト運輸が採用した車種はドイツの物流会社DHLの子会社であるストリートスクーター社が開発した車両で、首都圏の営業所を中心に2021年3月までに累計493台が登録されています。
しかし、1台800万円以上とされる車両代をはじめ、日本特有の気候条件などによって頻発する故障や短い航続距離、使い勝手の悪さも含めて同車を使う配達員から聞こえてくる声もあまり芳しいものではないようです。
報道陣に公開された軽EV(プロトタイプ)の走行模様(提供:佐川急便)
日本郵便も佐川急便と同じく、軽自動車の配達車両にEVを採用しました。車種は三菱「MINICAB-MiEV」で、2020年度末までに約1200台を導入してきましたが、こちらも1台243万円という高い価格、そして何より三菱自体が生産を2021年3月で終えたということもあり、今後の展開にはあまり期待はできないでしょう。
ヤマトや日本郵便のEVに対し、佐川のEVはドライバーの声を大事にした日本主導での開発・設計、そして中国で生産することで実現できた低価格というふたつの点において優位性を確保しています。
今後の予定では、2021年中に実証実験や走行テスト、内外装の仕様を決定し2021年9月には合意の締結と量産の開始をおこない、2022年9月より順次営業所へ納入していくこととなっています。
プロトタイプが公開された現時点で各界に衝撃を与えたこのEVですが、今後の展開から目が離せません。
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