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「ル・マン」の裏側では何があった? モリゾウの発言に隠された想いは? 100周年大会で起きた顛末

くるまのニュース / 2023年6月20日 17時40分

100周年を迎えたル・マン24時間レースでは様々なドラマが誕生しました。その現地赴いた自動車ジャーナリストの山本シンヤ氏が見て感じた裏側とはどのようなものだったのでしょうか。

■100周年大会となったル・マンでは何が起きたのか?

 今年で100周年を迎えたル・マン24時間から1週間が経過。この件に関して様々なメディア、様々な人が発信していますが、ちょっと的外れな発言も。

 そこで今回ル・マン取材を行なった筆者が、現地で見て・聞いてきた事を元に、今回の様々な顛末を語っていきたいと思います。

100周年大会となった2023年シーズンFIA世界耐久選手権(WEC)第4戦、第91回ル・マン24時間レースに参戦したTOYOTA GAZOO Racing100周年大会となった2023年シーズンFIA世界耐久選手権(WEC)第4戦、第91回ル・マン24時間レースに参戦したTOYOTA GAZOO Racing

 事の発端はレース直前のBoP(バランス・オブ・パフォーマンス=性能調整)により各車の最低重量の変更でした。

 具体的にはトヨタは+37kg、フェラーリは+24kg、キャデラックは+11kg、ポルシェは+3kg、そしてプジョーは増加なしとなります。

 どのような経緯で算出されたかと言うとこれまでのレース結果のようですが、FIA WEC COMMITTEEの言い分は「白熱したバトルのため」だと。

 これに真っ先に反応したのはトヨタです。2018年の初優勝以来5連覇、今年は6連覇を目指しルールに従い重箱の隅を突いてマシンの性能を磨き上げてきたにも関わらず、直前でルールがひっくり返されたと言うわけです。

 この理不尽にも程があるBoPに対して申し入れを行ないましたが、決定が覆ることはなく。

 計算ではトヨタが1.2秒程度遅くなるという事でしたが、蓋を開けるとトヨタとフェラーリには予選で1.9秒もの差があり、この性能調整に疑問符が付いたのも事実です。

 また、予選タイムはもちろんですが、実際の走りを見ていてもフェラーリは重量増によるネガが最小限だったのに対して、トヨタはその影響が大きい事は明確でした。

 ただ、逆の見方をするとトヨタよりフェラーリのほうが“懐の深い”クルマに仕上がっていたとも言えます。

 これまでの日本人なら「ルールだから仕方ない」と飲み込んでいましたが、豊田章男は違いました。「言うべきことはシッカリと言う」、すぐに行動を起こしました。

 それがACO(Automobile Club de l’Ouest:フランス西部自動車クラブ)のプレスカンファレンスでのあの発言です。

 ル・マン24時間レース100周年の祝辞と、レースを通じてクルマを鍛えさせてもらったことへの感謝に続いて水素エンジンレーシングカー(GR H2 Racing Concept)を発表。更に水素のメリットについても説明を行ないました。

「私たちはゼロエミッションでやっています。もちろん、水素燃料やガス燃料の大きな利点の一つは、それがとても軽いことにあります」

 豊田氏はこの紹介の後に、人差し指を上げて(フランスで「ただし」と言う意味を持っている)こう語りました。

「Less BoP(BoPもない)」

 水素の軽さにかけて、ル・マン24時間レースのBoP問題を皮肉ったのです。

 これに会見に参加していた世界中の報道陣は大爆笑、誰もがBoPに違和感を抱いていた証拠でしょう。

 筆者はその横にいたフィオン会長の何とも言えない愛想笑いを確認しています。

 この会見の後、豊田氏はこの件について、筆者にこのように語ってくれました。

「フィオンACO会長がS耐・富士24時間レース(5/26-28)に来た時に『何で言ってくれなかったの?』ですよ。

 あの時はそんな素振り一切なく5月31日にいきなりコレでしょ。

 信頼関係は崩れますよね。正直言ってしまうとWECからの撤退も考えました。

 ただ、今後の事は社長の佐藤(恒治)が決める事なので。

 実は今回の会見はトヨタの会長としてのスピーチで、『パーソナルな事は言わない』、『モリゾウ軸の事は言わない』と決めていましたが、ル・マンに来て現場にいる可夢偉や一貴が私と同じ、いやそれ以上に腹を立てていることが解り、急遽原稿を作り替えました。

 彼らの想いが今回の私のモリゾウとしての行動に移せたと思っています」

 豊田氏はこの後、フィオンACO会長/リシャールFIA耐久委員会委員長と面談を行なったそうです。

 そこに同席した関係者に話を聞くと「彼らのシミュレーションでは、全ての性能が同じゾーンに入ると計算されていたが、正直こんなに差が出るとは思っていなくて残念。ただ、我々はフェアにやっている」と語ったそうです。

 それに対して豊田氏は「今回の判断に対して、全世界のモータースポーツファンが審判を下すと思いますよ。私はクローズドな幹部の会話として言っているのではなく、全世界のMSファンの代表として言っています」とピシッと語ったと言います。

■豊田氏に「スピリット・オブ・ル・マン2023」は贈られたのか? レースはどうなった?

 ちなみにACOは5月29日に豊田氏に「スピリット・オブ・ル・マン2023」を贈ると発表済みだが、現地では贈呈式などは行なわれていません。

 あれは一体どうなったのでしょうか。ズバリ豊田氏に聞いてみました。

「私のほうから『今回は辞退します、この賞はポリティシャンにあげてください』と言いました。

 その時のフィオンさんの雰囲気は『本当に申し訳ない』と言った表情でした。

 ただ、面談の最後にフィオンさんから『スモールギフトを受け取ってほしい』と言われ、私は『いいですよ』と。

 100周年のスピリット・オブ・ル・マンは他とは違う、気持ちは違うと言う所は受け取りますと」

 トヨタは主要なライバルがル・マンから撤退していた期間に5連覇を遂げています。

 それが故に「トヨタは勝って当然」というアンチの声を嫌と言うほど浴びてきました。

 しかし、今年は違います。言ってみればこれまでは「自己鍛錬」のル・マンでしたが、今年は「ガチンコ勝負」のル・マンです。

 そのレースの結果は、フェラーリが58年ぶり通算10勝目の総合優勝を獲得しました。

 この記録はポルシェ(19回)、アウディ(13回)に次ぐものです。トヨタは圧倒的に不利な条件をものともせず、序盤から素晴らしい走りを見せましたが、7号車はナイトセッション中の複数台が絡む接触に巻き込まれリタイヤ。

 8号車はレース終盤までトップ争いを続けましたが、トップのフェラーリと1分21秒793差で2位。

 トヨタにとってはこれまでで最も悔しい2位だったはずです。3位はキャデラック、そして6年ぶりにル・マンに復帰した“耐久王”ポルシェは総合16位に沈みました。やはりポルシェであってもブランクは命取りです。

レースでは熱い戦いが繰り広げられたレースでは熱い戦いが繰り広げられた

 レース後、トヨタのチーム代表兼ドライバーの小林可夢偉氏はこのように語りました。

「このル・マン100周年記念大会は我々のレースではありませんでした。

 しかし、チームとしてできることは全てやりましたし、クルマから最大限のパフォーマンスを引き出し、ドライバーもベストを尽くしてくれました。

 このル・マンでチームは今までにないほど団結、皆で勝利を目指し、共にレースを楽しみました。

 この無念を晴らすためにも、もっと強くなって戻ってこなければなりません」

 では、豊田会長は今回のル・マンをどのように総括したのでしょうか。レース後に“モリゾウ”としてこのようなコメントを発表しています。

「今年のル・マン24時間レースは“場外の戦い”が、みんなのアスリートとしての戦いを邪魔していました。このことが本当に悔やまれて、残念で、申し訳ない気持ちです」

 このコメントに対して「負けたことに対して言い訳がましい」、「最後までBoPを根に持っている」、「勝ったフェラーリを称えるべき」と言った意見も目にしましたが、言葉の意味を理解していないなと。

 筆者はトヨタの会長・豊田章男ではなくモリゾウとして発表している所に意味があると考えています。

 つまり1人のドライバー、そしてモータースポーツファンの代表としての発言です。その本質を少しだけ語ってくれました。

「私が主催者に言ったのは、我々がやりたいのは『スポーツ』であり、スポーツをやるためにアスリートを集めています。

 これはトヨタがどうこうではなく、モータースポーツ全体のためだと思っての発言だと理解してください。

 すると、彼らは私が聞きもしないのに『これは政治じゃない』と言ってきましたが、そういう事ですよね。

 私の想いは『各チームのドライバー、エンジニア、メカニックに、これからの100年を見据える場でレースをしてもらいたかった』これに尽きます」

 今回、100周年と言う記念すべきル・マンにも関わらず、人々の記憶は「BoPがあったル・マン」だけが残ってしまい、勝ったチーム、負けたチームに対して素直に喜べない、素直に称えられないと言った穿った気持ちがファンに生まれてしまった事を残念がっているのでしょう。

 その証拠にネットでは様々な持論が展開され、トヨタ批判、フェラーリ批判、更には主催者批判をする人が続出しています。

 筆者はモリゾウが本当に言いたかった事とは、BoP問題が起きたことで、様々な憶測が生まれ、結果として『モータースポーツを純粋にスポーツとして見てもらえなかった事の悔しさ』に対して、“場外の戦い”と形容したと思っています。それもトヨタのためではなく、モータースポーツ全体のための発言です。

■モリゾウのル・マンに対する想いとは

 一方、チームに対してはこのような言葉をかけています。

「そんな中でチームのみんなは正々堂々と戦ってくれました。2位完走の結果は本当に素晴らしいです。

 みんな、ありがとう。この準優勝をみんなで自慢しましょう! チームモリゾウ全員で戦った証として胸を張りましょう」

 トヨタは様々なモータースポーツカテゴリーにワークスで参戦していますが、実はWECとモリゾウとの相性はあまり良くないと思っていました。

 これは筆者の推測ですが、ゼロから立ち上げられたWRCのチームに対して、WECは旧F1由来のチームであるが故にF1をやめる決断をした豊田氏とは色々なわだかまりや遺恨があったはず。この事についても少しだけ語ってくれました。

「WECのチームはプロフェッショナルな集団であることは間違いないですが、モリゾウが目指すのは『家庭的でプロフェッショナル』と言う部分です。

 これまでWECチームはそこが足りなかった。言葉を濁さずに言うと、トヨタの会長/社長は存在するけどモリゾウは存在しないチーム。

 初めてル・マンに来たのは2017年、私だけ遠くの宿、隣の部屋にいるにも関わらず決起集会に呼ばれず。

『私の居場所はないな』と思いました。そんな私を案内してくれたのは(脇阪)寿一と可夢偉と一貴、いかにこのチームがドライバー目線になっていないか。そんな事もあり、私の気持ちはル・マンから離れていました。

 しかし、そんなチームは可夢偉代表を筆頭に一貴、そして加地(雅哉:GRカンパニーモータースポーツ技術室室長)など若いメンバーがドライバーファーストかつ家庭的でプロフェッショナルなチームにすべく一生懸命動いているのを知り、その情熱にモリゾウが動かされたわけです。

 普通なら株主総会直前に日本を離れる事は許されませんが、それでも『現地に行こう!!』と思いましたし、ACOの会見のあの発言にも繋がっています。

 決勝前の決起集会で私はチーム全員に対して『ここには勝ちにきている、だからレースに集中して』、『勝つか負けるかは運、でも自分たちには勝て』と言いました。

 そのアドバイスは豊田章男ではなくモリゾウとしての発言です。

 確かに過去は色々ありましたが、今のWECチームはモリゾウと共通項が多い事は実感しました。短い時間でしたが来てあげて良かったと思っています」

世界中のモータースポーツファンが注目した100周年大会のル・マン。 モリゾウ氏は何を想ったのか世界中のモータースポーツファンが注目した100周年大会のル・マン。 モリゾウ氏は何を想ったのか

 こんな事を書くと怒られてしまいそうですが、今回のル・マンでトヨタは優勝しなくてよかったと思っています。

 もしこの状況で優勝したら、あのBoP問題は間違いなくうやむやになるでしょうし、WECチームもここまでワンチームにはなっていなかったでしょう。

 今回のル・マンは試練の連続でしたが、試練は乗り越えられる者だけに与えられると思っています。

 そういう意味では、今年のトヨタのル・マン挑戦は優勝を逃したことで、チームに必要な“何か”を確実に手にしたのではないかと思っています。

 来年はより強くなった家庭的でプロフェッショナルなチームでル・マンに戻って来てほしいです。

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