S耐「菅生」はドラマがあった!? レースは「人の繋がり」で走れる! マシンは「CN燃料」が進化! GR86&BRZは何が変わった?
くるまのニュース / 2023年7月18日 12時30分
トヨタとスバルは、「カーボンニュートラル燃料」を使った「GR86」と「SUBARU BRZ」でスーパー耐久シリーズに参戦していますが、第3戦「菅生 3時間耐久レース」ではどのようなドラマがあったのでしょうか。
■カーボンニュートラル燃料が変わった! S耐最短「3時間レース」の行方は?
2023年7月8日・9日に「スーパー耐久シリーズ 第3戦 菅生」が開催されました。
そこにトヨタ(参戦はルーキーレーシング)とスバルは、「カーボンニュートラル燃料」を使った「GR86」と「SUBARU BRZ」で参戦していますが、3時間の耐久レースではどのようなドラマがあったのでしょうか。
第2戦は、2023年5月末に開催されたS耐最長となる「富士SUPER TEC 24時間レース」でした。
その長丁場をほぼノントラブルで走り切った28号車「ORC ROOKIE GR86 CNF Concept」(以下GR86 CNFコンセプト)と61号車「Team SDA Engineering BRZ CNF Concept」(以下BRZ CNFコンセプト)ですが、今回の第3戦はS耐最短となる菅生での3時間耐久レースです。
今回はクラスが2つ(Gr.1/Gr.2)に分けられ、3時間×2のレースとなっています。
まずマシンは富士からどのような進化を遂げたのでしょうか。
共通した変更項目の中で大きなアップデートは“改良された”カーボンニュートラル燃料(以下CN燃料)を使用している点です。
参戦当初からドイツ・P1レーシング製のCN燃料を使用されています。
P1製CN燃料はWRCでも採用されていますが、S耐用は量産化が目的のためJIS規格に適合するように性能調整されています。
レースを通じて1年以上のトライと分析をフィードバックにより、「大きくメスが入った」わけです。
これまでのCN燃料と何が違うのでしょうか。GRパワトレ開発部の小川輝氏に聞いてみました。
「通常のガソリンとCN燃料、一番の違いは気化(液体から気体になる)する温度……つまり蒸留特性の違いです。
CN燃料はその温度がガソリンよりも高いことから『燃え辛い』という問題がありました。
燃えなかった燃料はシリンダー内に残り、オイル希釈(シリンダーとピストンの隙間を通じてオイルパン内に入りエンジンオイルを薄める)や燃費の悪化。
更にHC(ハイドロカーボン)が出やすいなど、様々な問題がありました。そこに手を入れたのが新CN燃料というわけです」
今回の菅生では改良されたカーボンニュートラル燃料が使われた
これまでのレースにおいて、ガソリンとカーボンニュートラル燃料を使った時のエンジンの性能差を両チームのドライバーに聞いてみると、「言われなければ違いは分かりませんよ」との事でしたが、実際はエンジンの内部ではこのような現象が起きていたのです。
ちなみにP1レーシングのCN燃料は炭化水素系バイオ燃料と呼ばれるもので、成分はガソリンに限りなく近いのですが完全に同じではなく余計な成分も入っているといいます。それがエンジン内部に様々な影響を及ぼしていたのでしょう。
そんな課題に対して、「燃料を改善すべきか? それともエンジン側で対応すべきか?」とい議論をトヨタ/スバルで1年近く行なってきたわけですが、そのフィードバックを元に改良されたのが今回の新CN燃料なのです。
「具体的な成分のことは言えませんが、新たな性能調整により燃料が気化する温度が従来のCN燃料と比較すると市販のハイオクガソリンにかなり近い特性になっています。
その結果、オイル希釈は半分くらいに減少、HCの排出も減少しています。
この改良されたCN燃料を実際にサーキットで試してもらい、性能の確認を進めていくことで更なる改善につなげていきたいと思っています」(前出の小川氏)
これまでCN燃料開発はGR86(直列3気筒ターボ)とスバルBRZ(水平対向4気筒)で行なってきましたが、次戦(オートポリス)からマツダ「ロードスター(直列4気筒)」も新たな仲間として加わることが決定。
この開発のゴールは量産化ですので、様々な形式のエンジンで試すことで開発スピードが上がることを期待したいところです。
■GR86 CNFコンセプト/BRZ CNFコンセプトは前戦から何が進化した?
では、各々マシンの進化はどうでしょうか。
まずGR86 CNFコンセプトですが、見た目でわかるのはリアウイングです。
従来は86GRMN純正を流用していましたが、今回は3D形状のプロトタイプが採用されています。
開発責任者の藤原裕也氏は次のように語ってくれました。
「従来品よりもダウンフォースがアップしています。
リアが安定したことでセットアップの幅も広がっています。ちなみに機能だけでなくデザインにもこだわっているのもポイントです。
これその物が市販化するわけではありませんが、そのあたりも意識しています」
また、リアスタビライザーをより細かく設定できるような仕組みに変更。
エキゾーストもより排圧の低い取り回しに変更など、細部のブラッシュアップの抜かりなしです。
ちなみに新CN燃料に対するエンジン制御系のアップデートはというと、「まずは現状を知る」ということで変更は行なっていないそうです。
GR86 CNFコンセプトではリアウイングが改良された…将来的には市販化も検討している
続いて、BRZ CNFコンセプトですが、見た目の変更はほとんどありません。
しかし、目に見えない部分では様々な変化があります。
エンジンは最高回転数を7600rpmから7900rpmに引き上げることで約10psの出力向上。
トランスミッションは全開シフト制御(変速時間短縮)/ニュートラル位置の明確化/デフ冷却強化。
ABS制御適正化、サスペンションアーム類適正化(アンチダイブジオメトリ強化)など、細かい部分が多岐に渡りアップデートされています。
ちなみに余談ですがこれまでリアバンパー左側下のみだった「くるまのニュース」ステッカーが、今回から右側下にも(本井雅人監督自ら貼り付け)。これでシンメトリーになっています。
BRZ CNFコンセプトは金曜の練習走行から様々なドラマがあった
そんなアップデートがあった2台ですが、今回の菅生では戦いの前に大きなドラマがありました。
それは、7月7日(金)午前中のフリープラクティスでBRZ CNFコンセプトをドライブする廣田光一選手がクラッシュ。
廣田選手の体は無事ですがマシンはフロント部分を大きく損傷。通常のチームなら「今回はリタイヤ」だと思いますが、スバルはあきらめませんでした。
まず担当者は即座に群馬・栃木に戻って修復に必要なボディパーツをピックアップ(生産現場の協力も)。
更にマシンは86号車「TOM’S SPIRIT 」の三塚監督の紹介で「伝説の板金屋」が現場に来て作業をスタートします。
その横では廣田選手の体を心配したルーキーレーシングのモリゾウ選手が自チームのスポーツトレーナーを派遣しケアを行ないます。
更に溶接機の電力が自前の発電機では足りないと分かるとスポーツランド菅生がオーロラビジョン用の高出力発電機を貸してくれたそうです。
このようにチーム内だけでなくチーム外の連携により、何とマシンは同日の深夜に完全修復されます。
本井監督は「正直言うと、土曜日の予選も走れるかどうかという状況でしたが、様々な『人の繋がり』で復活できました。本当に感謝しかありません」と語ってくれました。
■3時間耐久! 予選から決勝はどうだったのか
土曜日に行なわれた予選はA+Bドライバーの合算タイムで決まります。
GR86 CNFコンセプトは3分6秒46(A:加藤選手1分33秒990、B:山下選手1分32秒477※グループ2の中でもトップ)、BRZ CNFコンセプトは3分10秒360(A:廣田選手1分35秒887、B:山内選手1分34秒473※グループ2の中では5位)と富士に続いてGR86の勝ち。
ただ、どちらのマシンもプロとジェントルマンのタイム差が富士の時よりも少なく、「誰でも乗りやすいマシン」に近づいていることがわかります。
余談ですが、BRZ CNFコンセプトが修復時に交換し左フェンダーは赤色塗装でしたが、チームは白/青のガムテープを駆使しカラーリングを再現。近くで見ましたが「お見事」の一言。
日曜日の決勝はいつもより早い8時45分からのスタートです。今回は3時間の短い戦いのため、GR86 CNFコンセプトの佐々木栄輔選手、BRZ CNFコンセプトの伊藤和弘選手はドライブせず、両チーム共にドライバーは3人体制となります。
序盤はポールポジションのGR86 CNFコンセプトの独走でしたが、予選5位からスタートのBRZ CNFコンセプトがスタート直後から上位のST-4クラスのマシンを追い抜き2位へ上昇。
ここからガチンコバトルが続くかと思いきや、あっさり順位が入れ替わります。
その後もBRZ CNFコンセプトは2位とのギャップを広げ独走状態。一方、GR86 CNFコンセプトはコーナリングスピードの速さはあるも、加速のノリが悪いように感じました。
そして3時間後、BRZ CNFコンセプトは2位との差を1分10秒951の大差をつけてトップチェッカー。Team SDA Engineeringにとっては、まさに「地獄から天国」となったレースでした。
切磋琢磨したGR86 CNFコンセプト(奥)とBRZ CNFコンセプト(手前)
そしてレース後の総括です。まずはTeam SDA Engineeringの本井監督になります。
「実は決勝日までセットアップが決まらず、ドライバーも若いエンジニアたちも腹を割って本音で議論しました。
そんな中、若いエンジニアの叫びがチーム全体に火をつけ、その結果“流れ”がいい方向に向きました。
エンジンも『馬力は負けているけど、加速は負けていない』が証明できたかなと思っていいます。
今回、トヨタに勝てたことは素直に嬉しいですが、それ以上に大切なことをたくさん学んだレースでした。
第5戦(オートポリス)はスキップしますが、第6戦(もてぎ)では、よりコーナーを安定して且曲がるアイデアも投入予定です。
直線もコーナーも速いBRZ、ご期待ください」
最終的には61号車「Team SDA Engineering BRZ CNF Concept」が勝利した
続いてはGR86 CNFコンセプトの開発責任者・藤原氏です。
「金曜日にハーネストラブルでエンジン出力があまり出ていなかったです。
決勝になってからは、別の箇所と思われますが、おそらくハーネス不良で出力低下が発生していました。
ドライバーからも『走りません』というコメントで、そんな中『何とか走り切ってもらった』というのが正直な所です。
原因は調査中ですがアクセル操作に対して燃料が吹けていないので、ハーネス関係でしょう。
セットアップは非常に良い方向でしたが、空力バランスがリア寄りになってしまったのでバランスを取る必要はありますね。
ただ、今回のBRZは強いクルマに仕上がっていたと思います。
第5戦(オートポリス)は昨年リタイヤだったので、必ず完走して結果を出したいと思っています」
※ ※ ※
今回のガチンコ勝負はBRZ CNFコンセプトに軍配が上がりましたが、どちらの車両開発もギアが確実に噛み合い始めたような気がしました。
今回のレースを見て、「カーボンニュートラル燃料の進化」と「次期GR86/SUBARU BRZへの進化」が、今まで以上にステップアップしたような気がしています。
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