「スマホ画面2分で吐き気」25歳女性を新聞投稿に駆り立てた「拒食症時代」の苦い記憶
京都新聞 / 2024年3月5日 18時0分
京都府在住の森上真美子さん(25)は見た目には分からない深刻な悩みを抱えている。スマホやパソコン、テレビの画面を見ると、なぜか体調が悪くなるのだ。
見始めて2分もすると目や頭が痛み、ひどい吐き気をもよおす。
世間では「電磁波過敏症」などと呼ばれているが、そのメカニズムは解明されていない。だから、どこでどんな治療を受ければいいのか見当もつかない。最近は電子機器と無縁の生活を送り、やむを得ない時はブルーライトカットメガネとサングラスの両方を装着してやり過ごす。
デジタル時代にメールもSNSも使えない。
わたしは社会から置いてきぼり。
どこかに同じ境遇の人はいないかな。
いたとしたら、あなたはひとりぼっちじゃないんだよ。
そんな気持ちを発信したくて、昨年12月、京都新聞の読者投稿欄「窓」に文章を投稿した。
もともと引っ込み思案で、自分の意見を押し出すタイプでもなかった。それなのに、そうせずにはいられなかったのはどうしてだろう。
他人の顔色ばかりを気にして生きてきた。
小中高時代は知的障害のある3歳下の弟の面倒を見るため、学校が終わると急いで帰宅した。家族に迷惑をかけるのが嫌で、クラスメートと遊びにでかけるのも我慢した。
そのうち、友達の会話についていくのが難しくなった。
16歳の時にダイエットを始めたのは、スタイルがよくなれば、友達に注目してもらえると考えたから。はじめは白米の量を減らす程度だったが、次第にエスカレート。口にするのは野菜だけになり、それ以外の食べ物は自宅でも学校でもこっそりビニール袋に入れて捨てた。
これはダイエットじゃなくて拒食症。頭では分かっていても止めることはできなかった。「ごちそうさま、おいしかったよ」。大好きな母にうそをつくのが何よりもつらかった。
身長140センチ台の森上さん。もともと37キロあった体重は10カ月後、30キロを下回った。その頃には何をしても気持ちが晴れず「ひとりになりたい」「自分みたいな悪い人間はいなくなったほうがいい」と考えるようになった。
そして迎えた、高校2年の体育祭の日の夜。
森上さんは学校帰りにスーパーマーケットに立ち寄り、菓子パンをたくさん買い込んだ。
向かったのは人通りがほとんどない公園の池のほとり。地べたに座り、パンの袋をあけた。目の前にあるのは、ずっと我慢してきた高カロリーの食べ物。おそるおそるかじりつくと、泣きたくなるほどおいしかった。
満腹になると、今度は隠し持って来た紙パックの日本酒を一気飲みした。包丁で腹を刺し、手首を切りつけた。血だらけのまま、池の深みへと歩を進めた。
冷たい水が胸のあたりまで迫ってきた。その瞬間、自分が生死の際にいることを実感した。体がこわばり、涙がこぼれた。「もう少しの我慢じゃないか」「これしか道はないんだ」。心の中でどんなに叫んでも、両足はそれ以上前に進まなかった。
森上さんは陸に戻り、仰向けに寝転んだ。家に帰り、温かい布団で眠りたいと思った。オフにしていた携帯電話の電源を入れなおし、110番した。応答した警察官に「動けなくなりました」と助けを求めた。
救急搬送された森上さんはそれから数カ月、精神科や内科の病院で入退院を繰り返した。拒食症はおさまらず、体重は20キロを下回った。寝たきりで全身の筋力は衰え、食事も水を飲みこむのがやっとなほど。栄養失調の状態が続き、幻覚や幻聴にも悩まされた。
心身ともに限界にあった森上さんを救ったのは、17歳の誕生日に母親からもらった手紙だった。そこには「真美ちゃんへ 感慨深い17歳の誕生日 ほんとうにおめでとう これからも ともに生きていきましょうね」と書かれていた。
「え、わたし、生きていていいんだ」
自分が孤独ではなかったことに気づくと、それまでの鬱屈がうそみたいに消え、心の中に生きる希望が芽生えた。
気持ちを持ち直すと、摂取できる食べ物も流動食から刻み食、普通食へと変化。リハビリにも前向きになり、2カ月後には病院内を自力で移動できるまでに回復した。
そして、自身の心のありように正面から向き合えるようになった。
「これまでの自分は他人の顔色ばかりを気にして、その人の笑顔を見ることで安心感を得ているつもりだった。だけど、自分の本心を押さえつけて生きるのは死んでいるのと同じこと」
最悪の状態を脱したとはいっても、不調の波に襲われることがゼロになったわけではなかった。
20歳を過ぎた頃、携帯電話の画面を見て苦痛を感じるようになった。
きっかけはアルバイト先の従業員同士で連絡や意思疎通に利用していたLINEグループだった。やりとりされるメッセージのスピードについていけず、たった一言を返信するのに大きな重圧を感じた。そのうち携帯の画面を数分見ているだけで頭痛や胃痛を覚えるようになった。
携帯だけでなく、パソコン、ついにはテレビの画面を見ることさえできなくなった。
情報源は毎朝届く新聞と同居する母の話。同じような症状に苦しむ人は周囲におらず、デジタル社会から1人取り残されていくような気がした。
思い出したのは、孤独感に押しつぶされ、死のふちまで追い詰められた10代の頃。あの時の自分は家族の温もりに命を救われた。今度は自分が、電磁波過敏症に苦しんだり、デジタル機器に不慣れだったりする人と手をつなぎたい。そう考えた森上さんは昨年12月、京都新聞の読者欄にこんな文章を投稿した。
電磁波過敏症 目を向けて 森上真美子(アルバイト・25)
「電磁波過敏症」を知っていますか。
私は、携帯電話やテレビ、パソコンなどの画面を見続けると、2分ほどで目の痛みや頭痛が起き、その後、胃の不快感や吐き気などの症状が現れます。
画面から出る「ブルーライト」を低減するという眼鏡や画面シートを試しましたが、効果は薄いものでした。
発症から4年。インターネットやテレビとは無縁になりました。携帯電話の使用も必要最小限で、週1回メールをする程度です。
私の周りは過敏症とは無縁の人ばかりですが、全国には、私と似た症状に苦しむ人がいるのではないでしょうか。
デジタル化が進む一方、ますますついていけなくなっています。過敏症に悩む私たちの現状にも、目を向けてほしいです。(2023年12月5日付)
記者が舞鶴の地で森上さんと初めて会ったのは投稿文が掲載された2カ月後のことだ。
電磁波過敏症を訴える人の暮らしぶりを知りたくてスタートした取材だったが、こうした考えがすぐに吹き飛んでしまうほど、森上さんの語る人生は強烈だった。
「びっくりされるかもしれませんけど」。森上さんはこう言って1枚の写真を見せてくれた。
それは自殺未遂の後、入院先のベッドで横たわる姿を母親に撮影してもらったというポートレート写真だった。
10代の少女がガリガリにやせ衰えた姿は痛々しく、直視するのがつらかった。
自身の過去を包み隠さず、初対面の人間に明かすのには相当な覚悟が必要だったに違いない。
森上さんはある日突然、何不自由なくできた食事ができなくなり、使い慣れた携帯電話やタブレット端末を使えなくなった。
さまざまな苦しみを経てたどりついたのは「いまできていること、いま生きていることは、当たり前じゃない」という事実だ。
取材の最後、彼女は言った。
「世の中にはみんなと同じようにしたくてもできない人がいます。そんな人たちのことを少しでも思いやることができる社会だったらいいなって思います。わたしは人の温もりによって生かされていることに気づくことができました。だからわたしも、困っている人がいたら手を差し伸べられる人間でありたいです」
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