教材はコンドーム 感触確かめたり、ペア相手の指に装着したり… 元教員女性が行う授業とは
京都新聞 / 2024年4月4日 5時50分
素材の感触を確かめたり、ペアになって相手の指に装着したり…。滋賀県内外の中学や高校で、コンドームを教材にした性教育を長年続けている元教員の女性がいる。「習うより触って慣れよう」を合言葉に、これまで配ったコンドームは約1万5千個。正しい知識を持って、「自らの体のことは自分で決めてほしい」と生徒たちに伝えている。
3月中旬の草津高体育館(草津市)。1年生約230人が参加し、「エイズを通して性と生を考える」と題した保健の授業が行われた。コンドームを使ったペアワークでは、人さし指と中指を合わせて男性器に見立て、もう1人が手首までかぶせることに挑戦。「ぬるぬるしてる」「めっちゃ膨らむ」。驚きや悲鳴に似た声が飛び交った。
「においや裏表、どんな時に破れるのか構造も確認してください」。声の主は外部講師の清水美春さん(44)=京都市中京区。タブー感を漂わせず、かといって妙に明るく振る舞うわけでもない。コンドームはマスクと同じ衛生用品だとし、「1回触るだけで全然違う。自らや相手を守り、性を自分ごととして考える最高のツール」と語る。
性教育の大切さ痛感
長浜市出身で、活動の原点は大学時代。「彼氏がゴムを付けてくれない」「妊娠したかも」。不安で涙する女友達をたくさん見てきた。清水さん自身、家庭や学校で性について学ぶ機会がなく、そんな状況を変えたいと強く思うようになった。
2002年度から滋賀県立高の保健体育の教諭に。当時からコンドームを教材に用いていたが、教壇で試験管にかぶせる実演がメインだった。後に青年海外協力隊員としてケニアに2年間赴任し、エイズ対策に奔走する中で性教育の重要性をあらためて痛感。帰国後、コンドーム自体を知らない生徒にも分かりやすいよう始めた「触って慣れる」授業が評判となり、他校にも呼ばれるようになった。
21年に教職を辞めて立命館大大学院へ。学び直しの傍ら、滋賀以外の中高生にもコンドームを届けようとクラウドファンディングを実施。「アートの力は大きい。私も楽しめないと」。パッケージには、琵琶湖の固有種ビワコオオナマズにちなんだ自作のキャラ「びわこんどーむ」を描いた。
ポップなデザインとともに、「セックスするとき確認してね。大好きだからっていつも『YES』とは限らない」などとチェック項目がびっしり。プロジェクトの趣旨に賛同する教員や助産師らの支援もあり、1年半かけて埼玉や東京などを含む約80校に1万個余りを配り切った。
赤く染まる水に驚き
実は清水さんによる90分の授業で、コンドームに触れる体験は最後の10分ほどだ。ケニアで目の当たりにした売買春の現実、今も昔も変わらない若者の性の悩み、若い女性患者が急増している梅毒…。幅広い内容を話すだけでなく、コップの水を周囲と交換するゲームも取り入れている。
最初のコップにだけ特殊な薬剤が入り、後に試薬をたらすと赤く染まる。知らない間に性感染症が次々と広がる様子を疑似体験でき、草津高でも驚きの声が上がった。清水さんは水の交換を性交にたとえ、「勝手にしたりされたりするのはセックスではなく性暴力。自分の中の違和感を大切にして」と自己決定の大切さも強調した。
授業は大人数が望ましい、とも言う。「男女の関係なく当たり前のことだと印象づけられる。友人や先生ら『この人なら』という受け皿が可視化され、何かあった時に相談するハードルもぐっと下がる」。実際、清水さんにもかつての教え子らから、妊娠不安や性交痛といった相談が寄せられている。
必要な時に思い出して
学校での性教育を巡っては、中学の学習指導要領に「妊娠の経過は取り扱わない」とする「歯止め規定」があるなど、現場の萎縮も指摘されている。清水さんは授業前に校内での共通理解を求め、保護者にも学習内容を伝えてもらっている。これまでクレームなどはないという。
今回、清水さんを招いた草津高保健体育教諭の小宮山敦子さん(48)は「授業で避妊などは教えるが、生徒と毎日接する関係性だと素直に伝わらないこともある。教員とは違う視点で、より重みを持たせたかった」と狙いを語る。「盛りだくさんの内容で、生徒にとって一つでも刺激になれば。今すぐの変化ではなくても、本当に必要な時に思い出してもらいたい」
清水さんの元には引き続き、講演などの依頼が届いている。「全国でどんどん勝手にやっていただけるとありがたい」と苦笑しつつ「これからも2万、3万個と配っていけたら。あくまで過渡期の活動であり、子どもたちが大人になる頃には社会の意識も変わっているはず」と前を向く。
9割以上の生徒が前向き
コンドームを使った授業を体験した生徒たちは、どう感じたのだろう。清水さんが学校を通じて行ったアンケートでは9割以上の生徒が前向きに捉えていた。
中1~高3の2551人から回答を得て昨年12月にまとめた。それによると、コンドームを触る授業に対して92.2%、コンドームの配布には88.4%が「肯定的」と答えた。コンドームを「初めて知った」のは10.4%、「初めて触った」のは86.4%だった。
こうした授業が小学校から高校までの「学校教育で必要」としたのは97.1%に上った。このうち「義務教育で必要」は64.6%で低学年ほどその割合が高い傾向だった。清水さんは「学校教育で行う意義は相当あるとあらためて感じた」と手応えを語る。
取材した草津高でも男子2人、女子3人に感想を聞いてみた。「コンドームの使い方を知らなかったのでいい機会だった」「全国でするべき」などと5人全員が前向きに評価した。
ただ、授業を受ける時期は意見が分かれた。女子の1人は「まだ実感が湧かない。高3くらいがいいのでは」。他の女子2人は中2や中3が適切とし、「思春期で興味が出てくる時期。知識を持っておいた方が困らない」と指摘した。
男子の1人は「得意じゃない話で抵抗はあったけど、大事なことだと思った。友達との距離も少し縮まったかな」と話し、こう言葉を続けた。「生徒だけでなく、大人だって定期的に学ぶ必要があるのではないでしょうか」
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