「死刑執行を担うなら辞職」元刑務官が語る「究極の刑罰」殺人犯は最後にたばこを吸った
京都新聞 / 2024年4月10日 6時0分
今年、京都アニメーション放火殺人事件や犯行当時19歳の少年が起こした甲府市の放火殺人事件の公判で相次いで死刑判決が言い渡された。命を奪う「究極の刑罰」の執行人は国家公務員の刑務官だが、職務の内実はほとんど知られていない。かつて死刑の執行に携わった元刑務官が取材に応じ、心理的負担や現場の役割を語った。死刑執行人の歴史に詳しい研究者は、刑務官が執行を担う点に疑問を呈している。
「ついに当たったか」。京都府在住の60代男性は元刑務官だ。大阪拘置所に勤務していた2000年代の苦い記憶を忘れない。朝、出勤すると上司に呼ばれ、執行場所である刑場に死刑囚を連行する職務を命じられた。秘密保持が徹底され、事前に執行を知るのは幹部だけだったという。
相手は複数人を殺害した死刑囚の男。独居房に赴いた男性が「行くぞ」と告げると、普段着の男は返事もせず外へ出て、鉄筋コンクリートの冷え冷えとした廊下を無言で歩いた。手錠はせず、男性ら刑務官3人が両脇を固めて歩いた。
刑場に着き、拘置所幹部が「今から死刑を執行する」と男に宣告した。男は遺体の引受人の希望を伝え、喫煙を許されると、1本だけたばこを吸い、赤いカーペットの敷かれた執行室へと歩いて行った。男性が見たのはここまでだ。
男性によると、当時の大阪拘置所の執行室では一般的に複数の職務があった。死刑囚を踏み板に立たせ、首に縄を掛ける。手足を縛り、目隠しをする。幹部が合図すると、別室にいる複数の刑務官が五つあるボタンを同時に押す。どれか一つが踏み板に連動する仕組みで、床が抜けて死刑囚が落下する。医師の死亡確認後、遺体を下ろすのも刑務官の仕事だった。
精神的負担を軽減するため、ボタンを押す担当として複数人が選ばれる。男性は「若い刑務官が対象だが、結婚したり、子どもが生まれたりしたばかりの人は外す。せめてもの配慮」と内情を明かす。
男性は元々、人命を奪う死刑には反対で、「執行するなら辞職するつもりだった」。ただ、刑務官として経験を重ね、死刑囚らが犯した罪の重さを知るうちに仕事として割り切るしかない、と思うようになった。
「自分ではなく、法律が殺すんだ。そう言い聞かせました」
30年を超えた刑務官人生で、執行が巡ってきたのは一度きり。ただ、何度も関わった刑務官は頭髪が真っ白で「死刑のせいだ」と自嘲気味に語っていた。精神的なストレスは大きく、誰もが執行を避けたがっていたという。
日本で死刑制度を巡る議論は低調だが、今年2月、法曹関係者や国会議員が制度の是非を考える懇話会を立ち上げた。男性は「死刑を維持するにしても、刑務官に負担が掛からない方法を模索できないだろうか」と問いかける。
■識者の意見は…
「国の説明が極めて乏しい中、死刑が適正に執行されているのか検証できる体制が不可欠だ」。歴史社会学が専門で著書に「死刑執行人の日本史」がある滋賀県立大の櫻井悟史准教授はこう主張し、執行の担い手が刑務官とされている点に疑問を呈す。
◇
日本の死刑は「絞首」で行うと定められている。
だが、執行には失敗の可能性がある。仮に頭部が体から離れてしまえば「斬首」。これは「残虐な刑」に該当して憲法違反だ。元刑務官へのインタビューを収録したノンフィクション作家の著書「死刑執行人の苦悩」には、真偽は不明だが「死に至らず柔道技で絞め殺した」との趣旨の証言が残る。実際に何が起きているのか、外部からのチェックが全く働いていない現状には大きな問題がある。
死刑を決めることとは別に「誰が殺すのか」という現実も突き詰めて考えなければならない。執行するのは、職務内容を拒否できる権利が制約された国家公務員の刑務官。しかも、人事院規則からは「副看守長以下」の低い階級の職員が死刑を執行するとも読み取れる。
刑務官の職務倫理は受刑者を更生させることにあるが、死刑は立ち直りを想定していない刑罰だ。まっとうな倫理観を備えた刑務官であればあるほど、ダメージを受けてしまう。受刑者の矯正教育が重視される中、決定的な矛盾がある。刑務官が執行を担う必然性はない。
(談)
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