社説:自治体への指示 国の権限拡大は撤回を
京都新聞 / 2024年5月30日 16時5分
なぜ国の「強権」が必要なのか。政府が明確な根拠を示せないまま国会審議が進んでいる。地方分権の流れを逆行させる懸念が強まるばかりだ。
大規模災害などの非常時に、国が自治体に指示する権限を拡大する地方自治法改正案を衆院総務委員会が可決した。与党に加え日本維新の会などが賛成し、きょうにも衆院を通過する見通しだ。
改正案では「国民の生命等の保護のため特に必要な場合」に、該当する個別法がなくとも閣議決定だけで指示できるとしている。
災害対策基本法や感染症法など、国が自治体に指示や命令ができる法律の枠組みでは対応できない「想定外」に備える改正という。
しかし、衆院審議で松本剛明総務相は、既存の法律で対応できない事例を野党に問われ、「現時点で想定し得るものはない」とし、曖昧な答弁に終始した。
法改正の根拠となる「立法事実」すら示せないのでは、必要性は根底から疑われる。国と地方は「対等」とする自治の基本理念を覆す改正法案の撤回を求めたい。
極めて問題なのは、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態の「おそれ」の段階で、指示を可能としている点だ。自治体には事前に意見を聞くとはいえ、政府が恣意(しい)的に運用する恐れが拭えない。
全国知事会長の村井嘉浩宮城県知事は参考人質疑で反対を明言はしなかったが、将来的な拡大解釈への懸念を示した。
衆院委では法案を修正して指示権行使後の国会報告を義務付けたが、事後の確認でしかない。自治体との事前協議は盛り込まれず、付帯決議にとどまった。歯止めとしての実効性は不十分だ。
政府が指示権拡大に動いたのは、新型コロナウイルス禍で患者の搬送先の確保などを巡り、国と自治体の間に行き違いが相次いだ反省からとしている。
だが、コロナ禍での一斉休校要請や「アベノマスク」の配布が浮き彫りにしたのは、現場を顧みない国の一方的な指図が、自治体対応の混乱と無駄、目詰まりを招いたという教訓である。前例のない事態でこそ国と地方が協力し、最善の策を探るべきではないのか。
地方の不安を軽視し、統制を強める手法は、沖縄の米軍基地の辺野古移設や「マイナ保険証」の導入を強行する岸田文雄政権の姿勢に通底する。
国と地方が「主従」に後戻りしかねないという危機感を持ち、自治体はもっと声を上げるべきだ。
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