喪服に星やロケット描き「ブラックカジュアル」に再生 着物動画で登録者33万人、女性社長の信念
京都新聞 / 2024年4月22日 11時0分
初めて着物に袖を通したのは19歳。母親から受け継いだ振り袖だった。魔法のように形を変えていく帯、とろけるような絹の触り心地。すなおさん=京都市山科区=はその瞬間から夢中になった。大学時代から着付けを学び、コンテストにも出場。いつしか、日本中の家庭で誰にも着られず眠ったままの着物に目を向けるようになった。「たんすの着物を循環させる」。今から10年前。これに生涯を懸けると23歳で決めた。
■ノウハウ無料公開に反発も
動画投稿サイト「ユーチューブ」で登録者約33万人を抱える「すなおの着物チャンネル」の運営を軸に、着物にまつわる事業を手がける「きものすなお」(京都市山科区)の社長を務める。国家資格の1級着付け技能士。2019年から600本近くの動画を投稿し、体のサイズに合わない着物の着方や帯の締め方、コーディネート法を伝えてきた。
呉服メーカー勤務を経て自宅で着付け教室を始めたころ、「動画で教えて」との声が届いたのがきっかけだった。当初はノウハウの無料公開に対する着付け業界からの反発の声もあったが、「裾野を広げることが必ず業界のためになる」との信念を曲げることはなかった。
■職人にスポットライトを
視聴者が増え、着物サークルの運営や和装商品の開発にも事業を広げる中、ふと気づいたことがある。「今までたんすの着物と着物ユーザーのことばかりを見ていたが、作り手である職人にこそスポットライトを当てるべきではないか」
和装業界は多くの事業者が携わる仕組み上、職人と着物を着るユーザーが顔の見える関係を築きづらい側面があった。さらに高齢化や新型コロナウイルス禍で次々に仕事を畳む職人を見るうち、「このままでは欲しい着物を誰も作れないようになる」と危機感を覚えた。
そんな時、1400着もの古い着物を手放さざるを得なくなった団体と出会う。段ボール80箱分と大量だったが、着物の循環に取り組む立場からはどうしても見過ごせなかった。「職人の技術があれば古い着物にも光を当てられるのでは」。日本中の熟練職人とともに着物をアップサイクルさせる新ブランド「wake up kimono」を1月に立ち上げた。
着物を職人が染め直したり、シミを抜いて丁寧に洗ったりすることで新品同様に生まれ変わらせる。特に持て余している人が多いという喪服は星やロケットを素描きしたり、帯に刺しゅうを入れたりして「ブラックカジュアル」に仕立てるという。
ブランドでは帯と着物を組み合わせてウェブで販売し、計3万円から展開するなど価格を抑えた。「職人への対価を値切ることは絶対にしない」が、自社の利益は削り、1着でも多くの着物を再生させたいと願う。
■2児の子育て中「仕事は午後6時まで」
今春には山科区に会員制の実店舗も開業し、今後5年をかけて染織産地の継承につながる事業に育てるのが目標だ。「この技を持っているのはあと1人だけという職人さんが本当に多い。顔の見える関係を作れたら、自分が職人になりたいという若い人も絶対に出てきてくれる」と未来を信じる。
約10人が働く会社を経営し、世界中に生徒を抱える着付け講師を務めながら、2児の子育てにも奮闘している。「仕事は午後6時までと決めて子どもとの時間を大切にしています」とほほ笑む。着物は親から子へ引き継がれ、100年でも着られる特別な衣服。「着物一つで先祖代々の心が伝わり、自分は1人じゃないと思える。日本の心そのものです」
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