哲学の世界にまん延「有害な男らしさ」 講演で笑いを取ろうとセクハラ発言も
京都新聞 / 2024年3月9日 7時0分
魂の不死を論じたプラトンや「私」という存在を考察したデカルト、言語を巡る革新的な哲学を展開したウィトゲンシュタイン…。「普遍的な人間の問題」を扱ってきたとされる哲学だが、代表的な哲学者には男性が多い。現代日本の総務省の科学技術研究調査でも、2023年の大学などにおける哲学の女性研究者は2割で人文・社会科学全体の3割を下回る。森羅万象を対象とするはずの哲学に潜むジェンダー格差をどう考えればよいのか。現場の哲学研究者たちに聞いた。
「近年まで哲学の著作は男性によってほぼ独占されてきた。『人間』について探究するから普遍的だという『看板』の下、偏った議論を展開してきた」。「感じない男」などの著作がある早稲田大人間科学部教授の森岡正博さん(65)は、そう指摘する。男性哲学者が支配的だったことの典型的な弊害の一例として「妊娠や出産の経験に根ざした哲学が抜け落ちた」ことを挙げる。
研究環境の是正を
出産は本来、「無から人間存在が生じるというすごいこと」だが、多くの男性哲学者は興味を持たなかった。背景には、男性が妊娠・出産を経験できないことが大きいとみる。ただ森岡さんは「では女性哲学者に妊娠・出産の哲学を探究してもらおうと語るのも危うい」と述べる。女性研究者を特定の領域に押し込めることにつながりかねないからだ。むしろ「妊娠・出産の経験を持てる者と持てない者で議論を深めることが大切」と説明する。欧州ではその試みも始まっているという。
さらに森岡さんは、研究環境自体の是正も重要だと強調する。ほかの多くの学問分野と同様、教授職などに占める女性の割合の増加やハラスメント対策の強化が必要とする。
「有害な男らしさ」
実際、現在の学界にはびこる「男性中心主義」を指摘する声は根強い。「『有害な男らしさ』を至る所で感じた院生時代だった」。立命館大助教の横田祐美子さん(36)は振り返る。
大学院の修士課程時代、先輩は男性ばかりで同期の男子学生は博士課程へ進むのに有意義な研究会などへ誘われるにもかかわらず、自身に声がかからないことが多々あったという。「当時、女性が博士号を目指すとは思われていなかったんだと思う」と推測する。参加の意思を示すと歓迎されたが「壁」は感じた。「同期の男子学生が情報共有に気を配ってくれたから助かったけど」と複雑な心中を明かす。
そのほかにも、外部の講師が、講演で笑いを取ろうと性的な発言をするなど、セクハラと感じる場面を複数経験したという。そのたびに抗議せざるをえず「エネルギーも使うし、一人だけ異分子になる」苦しさがあった。
ジョルジュ・バタイユなどフランス現代思想を研究する横田さんは「哲学史上、男性は『中性』であるかのように普遍的真理を探究し、女性にだけ『性的なもの』を割り当ててきた」とみる。そうした現状に抵抗するため「男性が作った『哲学』の中で、どう女性の問題を語るか」というテーマを研究している。さらに女性の哲学として注目されがちな妊娠・出産以外の問題についても、探究の糸口を探っている。
広がる自助の動き
学問の中でもっとも長い歴史を持つ分野の一つとも言える哲学だが、連綿と性差別的な構造は温存されてきた。だが新たな動きも生まれている。2021年から活動し、哲学につながる女性のための自助グループである「WOMEN:WOVEN(ウィメン:ウォーヴェン)」。インターネットを通じ、読書会や講演会などを定期的に行う。
オーガナイザーの一人で京都大文学研究科大学院生の竹内彩也花さん(25)は「哲学とは何かと考える中で、女性だけでなく障害者などさまざまな立場が周縁化されている」と実感する。現状は、哲学に関わりたい全ての人にとって「安全な環境」とは言えない。現状を変えるために「周縁化された当事者だけが解決を担うのではなく、それ以外の人も改善策を講じる形になれば」と望んでいる。
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