社説:ハンセン病「虹波」 闇の人体実験に検証の光を
京都新聞 / 2024年7月22日 16時0分
人道にも医道にも反する残酷な人体実験であったと、改めて憤りを禁じ得ない。
戦時中、国立ハンセン病療養所・菊池恵楓園(熊本県)の入所者に、陸軍が「虹波(こうは)」と名付けた薬剤を投与し、9人が死亡した実験について、同園が検証作業の中間報告を公表した。
秘密軍事研究であり、園長をはじめ複数の京都帝大医学部出身者が関与していた。同大学現役教授が研究嘱託だったり、熊本医科大で虹波に関わり、戦後に京都大医学部教授に転じたりした人物もいる。
中間報告によると、少なくとも1942~47年に6歳の子を含め、入所者の3分の1を超える472人に投与されていた。写真の感光剤を合成した虹波について十分な説明はなく、激痛など副作用もあったという。
ハンセン病患者は当時、警察を使って強制収容され、園長には入所者に制裁を科す権限も与えられていた。高い塀で閉ざされた施設内で、拒絶できない状態の被験者への薬剤投与は、卑劣な人権侵害というほかない。
ハンセン病施設で断種や不妊手術、解剖同意書への署名を強制した隔離政策の歴史を入所者の証言から学び直しながら、虹波の問題を直視したい。
検証は半ばだが、菊池恵楓園の虹波資料群には多くの教訓がある。入所者自治会が戦中戦後の記憶を語り継ぎ、園の歴史資料保全と被害の掘り起こしに取り組んできた成果だ。
患者個別の投与記録や軍部への報告書下書きなどが廃棄を免れている。旧軍資料は敗戦時に多くが焼却、隠滅された。ドイツでも戦時中に強制収容所での人体実験記録を廃棄処分した。世界史的にみても、貴重な「負の遺産」ではないか。
虹波資料群には、陸軍上層部に対し、不都合なデータをねじ曲げて報告したとみられる文書や、治療効果があるように演出したような映像資料もある。
陸軍側資料では、虹波研究の目的は「極寒地作戦での人体の耐寒機能向上」だった。秘密の軍事研究は、データの公開で他研究者の追試を仰ぐ自由な学術研究に比べ、捏造(ねつぞう)や改ざんを招きやすいことが伝わる。
民生と軍事研究の境界や、秘密保持の在り方が議論される現代に通じる教訓といえよう。
同園の検証作業は、京都新聞社と熊本日日新聞社の公開請求と合同取材を機に始まった。日本で軍事医学の公的検証は九州帝国大による捕虜生体解剖事件を除き、ほとんど例がない。旧関東軍防疫給水部(731部隊)による細菌兵器開発と人体実験も国は検証していない。
菊池恵楓園は真摯(しんし)に歴史の闇に向き合い、入所者とともにハンセン病問題を風化させない努力を続けている。
京大に残る虹波関係論文を含め、医学者らが検証作業に参画し、広く後世に伝えるべきだ。
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