当主の名前を代々「襲名」する京の老舗 「直八」に「卯兵衛」その知られざる世界とは
京都新聞 / 2024年6月24日 5時0分
父親と名前が同じ。数百年前の先祖の名前も同じ。京都には長年築き上げてきた信用とブランドを伝えるため、当主の名前を継ぐ「襲名」の伝統がある老舗がある。当主や跡継ぎに襲名への思いを聞くと、伝統を背負う重みと信頼に対する責任感が伝わってきた。
文化財の修復を手がける京都市下京区の老舗表具店「宇佐美松鶴堂」の宇佐美直八さん(65)。先代が亡くなった後、2014年4月に9代目を継いだ。「ゴールのない駅伝ランナーのよう。バトンを預かり、険しい道も懸命に走って今に至っています」。
中学生の頃から跡継ぎとして襲名することを意識したという。「家業は、その時その場所に生まれた者の宿命」。父から直接教えてもらったことはほとんどなく、背中を見て育ったという。「言われなくても以心伝心。自分の中で熟成させてきた」と振り返る。
1862(文久2)年に西本願寺の門前を描いた古地図を見せてくれた。現在と同じ場所に「表具屋 直八」とある。これから修復する掛け軸から何代も前の直八が直した証文が出てきたり、3600巻ある経典を3代で25年かけて修復したりしたこともある。「信頼して預けてくれる。責任は重い。私も50年、100年たっても恥ずかしくない仕事を残したい」と決意している。
長男の直孝さん(33)は大学卒業後、数学の面白さを伝えたいと教師になった。「祖父には『後を頼む』と言われていたが、重荷に感じた。自分の人生、好きに生きたい」と考えていた。だが、新型コロナウイルス禍だった4年前、人手を必要としていた家業に入った。
修復の基本を身に付けるには10年かかるという。掛け軸、屏風(びょうぶ)、ふすま絵、古文書、美術品と対象はさまざまで、傷み具合や年代も一つ一つ異なる。右も左も分からず不安だったが、指導を受けて修復を進めた。依頼主に感謝され、やりがいを感じるようになった。
「修復するものは依頼者にとって宝。誰かが守らないと残らない。後世に歴史を残す仕事と気付いた」と語る。直八の名を継ぐことについて「今は意識していない。しっかりと技術を身に付け、継げる自分になりたい」と目の前の仕事に集中する。
直八さんは「若い頃は直八の名前を背負って食いしばっていた。前しか見ていなかったが、今は後ろも振り返る」と話す。宇佐美松鶴堂で修行した多くの弟子が大英博物館や米ボストン美術館など世界中の文化財修復の現場で活躍しているという。「仲間が国境を越えて京都の伝統技術を守っている」とほほ笑む。
直孝さんのことは「言わずとも分かってくれる信頼がある。親子なので言葉で表さなくても理解してくれる」と語った。
西陣織の帯地製造会社、木村卯兵衛(京都市上京区)の社長で、4月に襲名したばかりの10代目木村卯兵衛さん(52)に具体的な手続きなどを聞いた。
―正也から卯兵衛へ、名前の変更手続きをどのように進めましたか。
「襲名に必要なことはインターネットで調べた。申請は家庭裁判所で行った。昨年9月に京都家庭裁判所で1時間ほどヒアリングを受け、3カ月後に許可された。京都では襲名による名前の変更は珍しくないそうで、審査はスムーズだった。ただ、運転免許証やクレジットカードの名前も変えないといけないので大変だった」
―襲名の経緯は。
「2012年に父が倒れて社長を継いだ。父は3年間入院し、亡くなった。これまで先祖は先代が亡くなった時に名前を変えた。だが、当時はブランドの立ち上げに力を入れている時期で、襲名するには早いと思った。それからブランドが徐々に認知され、事業の柱に育ってきた。50歳になって力が付いた実感があり、襲名しようと思った」
―名前を変えるとどのような変化がありますか。
「300年近い歴史の重みを感じる。誰が責任を持って商品を作っているのかがはっきりして、説得力も増す。ブランドと名前が一致するのは、着用する顧客にとっても分かりやすい。ものづくりへの覚悟も強くなった。当社の家訓は『永代不易』。これからもものづくりの基本、西陣織の本質は変えず、時代に応じて表現を変え、ものづくりに挑戦する」
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