安倍政権の「地方創生」は「原発広告」バラまきの手口と似ている

リテラ / 2014年10月11日 20時0分

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「どんなことが起こっても決して、周囲の人びとに被害を与えない/これが原子力発電の安全の考え方です」

 これは日本原子力文化振興財団が1976年4月18日に愛媛新聞に載せた広告のメインキャッチコピーだ。今やこのメッセージに「その通り」と頷く人は誰1人としていないわけだが、原発行政は長年、真っ先に被害を与えることになる「周囲の人びと」を騙す広報活動に勤しんできた。元・博報堂の営業マンにして作家の本間龍『原発広告と地方紙 原発立地県の報道姿勢』(亜紀書房)は、原発安全神話を作り上げたインチキ広告の数々が、いかにして原発を近くに持つ地方紙ばかりに投じられ続けてきたかを明らかにする労作だ。

 電力会社が、原発誘致によって支払われる交付金という名の札束で地方の人びとを引っぱたいてきたことはよく知られたところだが、その札束を優しく包み込む役割を果たしたのが地方紙だったと言える。広告の安定確保が難しい地方紙にとって、値下げ交渉が不要な電力会社は何よりの上客だし、電力会社にとっても、地元では全国紙よりも圧倒的に読まれている地方紙の存在は、原発の安全神話をバラまくのに最適の場所だった。

 積まれた広告費を前に、社論も堂々と歪んでいく。交付金で武道館・プール・総合運動場・野球場・テニスコート・体育館を建てた福島県大熊町の福島民友(1980年8月31日)は、「すばらしい施設 交付金でうるおう原発の町」と書いたし、1981年4月に起きた敦賀原発の放射性物質漏えい事故の後に、福島民報(1981年4月27日)は「(福島原発は)二重、三重のガード」「敦賀とは施設が違う」「事故は絶対ない」と福島第一原発の所長の談話を載せ、「東京電力、東北電力は日本原電とは比べようがないほど安全管理に心を砕いていることがわかった」と書いた。このようにして、たくさんのお小遣いをくれる電力会社へのおべんちゃらを繰り返してきたのである。

 安倍首相は現在開かれている国会を「地方創生国会」と名付けて、自身の対抗馬になることを恐れた石破茂を新設の地方創生相に押し込んでいるわけだが、やたらと繰り返される「地方創生」のスローガンは、何ら具体性を持っていない。

 所信表明演説で安倍首相は、地方の地ビールが売り上げを伸ばしている、隠岐の島の「さざえカレー」が売れている、鳴門のうず潮を観に外国人観光客が増えていると、安手のグルメレポーターのような情報を並べて訴えてみたが、つまるところ、沖縄県知事選・福島県知事選といった、結果次第では政権運営の汚点となりかねない選挙を前にして「地方をケアしていますよ」と急造のアピールを繰り返しているだけにすぎない。

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