水に溶かす派? そのまま食べる派? 「粉末ジュース」よもやま話

まぐまぐニュース! / 2017年6月19日 23時44分

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どこか懐かしい食べ物を愛情込めて紹介する無料メルマガ『郷愁の食物誌』。今回は「駄菓子屋に行ったら必ずこれを買う!」という子どもも多かったであろう「粉末ジュース」の思い出や現在について。メルマガ著者のUNCLE TELLさんが、懐かしい商品名やメーカー名とともに紹介しています。

粉末ジュースの思い出

粉末ジュースという言葉も現物も、もはや死語になっていて、市場にもないものだと思っていたが、どうもそうでもないらしく命脈を保っているようだ。むろんごくごく小さい市場と流通量だろうが。食品スーパーなどで見つけることはなかなか難しいかしれないが、ネットをちょっと検索すると出て来た。カバヤ製菓と松屋製菓の粉末ジュース。アメリカから輸入したものもあるらしい。山登りや軍隊の行軍にはとても重宝なもののようである。

当節、粉末ジュースなど見たこともないという世代にいることだろうから説明すると、多くは一回の飲料分に小分けして袋詰めされており、飲用時に、水または湯に溶かし飲用する。通常販売用のパッケージと、非常用食料の一つとしてのパッケージ、軍用食料パッケージとあり、通常販売用のものは、地域の店頭で購入する事が可能であると、いうことのようだ。

「ホホイのホーイッともう一杯、渡辺のジュースの素です、もう一杯、憎いくらいにうまいんだ、不思議なくらいに安いんだ」、ラジオだろうか、テレビだろうか、しわがれたエノケンの声のコマーシャルを覚えているのは相当の年代の人だ。

粉末ジュースのメーカーはいくつかあった筈なのに、私だけでなく皆 ”渡辺”しか頭に浮かばないのは、このエノケンのCMソングの強烈な印象のためもあるかもしれない。

ところで粉末ジュースを最初に出したのは、渡辺製菓ではなく名糖産業という会社。その頃のものは砂糖がベース、そのため夏の暑い時期には袋の中でベ タベタ溶けてしまって、夏も過ぎるとどこも大量の返品の山という始末の悪いものだったとか。これがために倒産するメーカーも続出したといわれる。

そこへ渡辺製菓が画期的方法を開発。吸湿性を防ぐため、砂糖に代わって精製ぶどう糖を主原料にしたのである。子供向けに菓子ルートに乗せ販売、問屋が製品の確保に血まなこになるくらいの大ヒットになる。一大粉末ジュースブームが巻き起こった。1958年昭和33年)のことである。奇しくもこの年は、インスタントラーメンの元祖、日清のチキンラーメンが発売された年でもある。

この後の粉末ジュースの栄枯盛衰は省略するが、ちょっと興味引かれたのでウィキペディアに載っていた諸外国(アメリカ・中国の粉末ジュース事情を紹介しよう。

アメリカを中心とする北米地域では、現在も粉末飲料は一定の人気を保っていて、チェリー、オレンジ、グレープ、レモネード、フルーツパンチ、コーラ、ルートビアなど、さまざまなフレーバーが発売されている。この種の飲料で最も有名なブランドは、クラフト・ハインツの「Kool-Aid(クール・エイド)」であるとか。またアメリカ軍よりその軽量性が評価され、野戦食糧パッケージMRE)に組み込まれて採用されてもいるようである。

中国では、果汁飲料タイプの粉末ジュースのことを“果珍”という。主な成分は、糖類、濃縮果汁、クエン酸、着色料などである。これ以外にとろみを出すためゼラチンや寒天などが添加されている。小袋ではなく、大きな容器や袋に入れられて売られていることが多い。スーパーマーケットなどの店頭では必ずといっていいほど置かれているとか。

image by: Flickr

 

『郷愁の食物誌』

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団塊の世代以上には懐かしい郷愁の食べものたちをこよなく愛おしむエッセイです。それは祭りや縁日のアセチレン灯の下で食べた綿飴・イカ焼き・ラムネ、学校給食や帰りの駄菓子屋で食べたクジ菓子などなど。

出典元:まぐまぐニュース!

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