アニメ製作現場の窮状が改善されない「クールジャパン」の現実

まぐまぐニュース! / 2015年8月31日 0時0分

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米・ロサンゼルスで映画を学んだ執筆陣が、映画業界にまつわるあらゆる事象について論じていくメルマガ『Ministry of Film – ゼロからのスタジオシステム -』。最新号では“日本のテレビアニメーション産業の未来”をテーマに、日本のアニメ業界が現状抱える問題点を洗い出しています。

アニメ産業はピーク時に迫る好景気

みなさん、前回(MOFi vol.076号)出しておいた宿題はこなしましたか? もう数週間経過しているので、読み尽くしていることでしょう。何はともあれ、現代日本のアニメ産業の話題を大雑把に理解できたでしょうか。ここに何件か新しいリンクを追加しつつ、トピックを整理します。

前回、日本動画協会(AJA)の年次調査資料のリンクを添付し損ねました。完全版は有料ですが、概況は無料でダウンロードできます。(*1)2014年度版をご参照ください。2ページ目「再びピークに向かいはじめた日本のアニメ産業」および4ページ目「日本のアニメ産業・市場の動向(2014年版)」には以下の点が記されています。

1. TVアニメ制作数、タイトル数および制作分数の両面で上昇傾向が続く

2. 劇場アニメ興収総額は史上2位で好調

3. パッケージ売上が世情に逆らい前年度を上回る伸び

4. ライブエンタテイメント・ビジネスが13年に急伸し、産業収益へ新たに貢献し始めた

2013年は、制作分数やタイトル数にして2006年頃の「バブル期」とほぼ同数にまで迫りました。世界的なコンテンツ市場では確実に落ち込む傾向にあるパッケージ販売でも、国内のアニメ市場だけは驚異的な売上を記録。新規ビジネスの分野でも収益を見込めるようになり、レポートでは産業への前向きな見通しが強調されています。

過酷な製作現場の現状

一方、アニメ製作現場の実態については対照的な報道が散見されますね。産業全体の好景気とは裏腹に、過酷な労働環境への問題提起が各所でなされています。(*2)(*3)(*4)この類の話題は、製作現場で働いていなければ業界関係者ですら見て見ぬフリをしていたようなものです。いや、おかしいとは思いつつそれが現実だと受け入れていた、と言った方が正しいかもしれません。

JANiCA(一般社団法人 日本アニメーター・演出協会)が今年3月に発表した「アニメーション製作者実態調査報告書2015」(*5)によると、アニメ制作者の平均年収はその他の民間企業で勤務する労働者のそれより81万円も低い数字を示しています。作業時間は1日平均8時間から12時間の層が6割以上を占め、一ヶ月平均の休日の数は「4.63日で、中央値の4日とほぼ合致」します。全国平均値と比べると月々の休日が約6日少ないことになります。

給与水準は低く、一日の作業時間が長い。おまけに休日が少ない。報告書内の「7.2.1」に記載されている労働環境への自由回答欄には、当事者たちが指摘する業界の問題点が延々と並んでいます。

それでいて、アニメーション制作者の大半は、待遇面での不満を抱いていても業界から足を洗う意志がありません。「今後、どのように仕事をしたいか」という質問への回答では、実に6割以上が「働ける限り、アニメーション制作者としての仕事を続けたい」という選択肢を選んでいます。「現在の仕事を続けている理由」が、「この仕事が楽しいから(回答者の65.1%)」そして「作品を通じて人に感動を与えることができるから(同38.1%)」です。

確かに、同じ質問に「お金を得るため(60.9%)」と答える方も半数以上います。しかし先述の年収水準を見れば、それが余裕のある回答であるとは言えないでしょう。同時に「自分の才能や能力を発揮するため(同30.2%)」または「絵を描く仕事を追求したいから(同26.5%)」という回答項目が手堅く追随してもいます。

これらの傾向を私個人の目から総括させていただくと、アニメーション制作者は「自分にしかできない特有の仕事をしている」という自覚があると言えるでしょう。特殊な技能や感性を重んじる仕事であると捉えられていることから、「金銭的対価」と「仕事のやりがい」とが補完し合っている関係にあるのです。

ちなみに報告書の附表を見ると、このアンケートに答えた関係者のうち、プロデューサー職に就いている全29名の平均年収は542.0万円と記されています。配偶者の有無は半々で、6割以上が子供がいないと回答している方々ですが、彼らの平均年齢は38.8歳。個人的な感覚から言わせてもらえば、その他の業界と比べてなんとも夢のない話だとしか言いようがありません。

製作飽和と作画崩壊

産業全体の好景気と、アニメ制作者たちの苦境。この2点は当然、相関関係にあります。

TVアニメの制作タイトル数がピークに達した2005~2006年は、業界全体のキャパシティが飽和状態に達した年でもありました。(*1)この頃はパッケージ市場が好況でDVDを出せば飛ぶように売れましたし(厳密に言うと既に下り坂に入ってはいましたが)、テレビでは90年代後半から深夜のテレビ放送枠がアニメのために解放され、数年に渡って安定的で十分な出口が確保されていました。そのためアニメ・コンテンツの活用手段が以前にも増して設けられ、需要が急伸したのです。

結果、製作現場では激務が強いられることとなりました。産業全体にとって仕事が増えるのは本来良いことでしょうが、アニメーターやスタッフが足りないのでは仕事にすらなりません。こうして日本のアニメ業界では、実に特徴的な現象が起こりました。

いわゆる「作画崩壊」の頻発です。放送日時が決まっている一方、多くの作品の製作そのものが間に合わないという不思議な事態になるのです。結果、ひとまず間に合わせのためだけに作品を納品するケースが増え、アニメーション(作画)そのものの質が極端に悪い作品が濫造されることとなりました。

通常、産業規模の拡大は製品の質を相対的に高めていく効果を持つものです。しかし日本のアニメ産業ではそうなりませんでした。当時の「バブル」が残した後遺症があるとすれば、その一つに「コンテンツへの期待値の低下」が挙げられるかもしれません。

質的水準が低く設定されるようになり、こと作画に関して言えば、熱心な視聴者の間で「作画が重視されるタイトル」と「作画には期待すべきでないタイトル」が区別される傾向も生まれました。作画(=アニメーション)、つまり「動く」ことが本質的な価値を持つ表現手法であるにも関わらず、「動くことを期待すべきでない」作品が存在すること自体、本末転倒な話です。

いずれにせよ、近年はそんなピーク時とほぼ同数のタイトル数が制作されているわけです。当時と比べれば業界も幾分常識的な対応ができているようにも思えますが、再びキャパシティの限界が近づいていることを忘れてはなりません。AJAの資料でもこの点への言及はなされています。(*1)

ポイントは、アニメ産業が好景気だからといって、実際のアニメ制作現場の先も明るいわけではないということです。そんな中、アニメ制作者の雇用環境についての問題点が最近になって指摘されるようになったことは、かつてのバブル期に比べ辛うじて一歩前進した証拠だと言える、かもしれませんね。

海外展開が主眼の「クールジャパン戦略」

さて、アニメを含む日本産の映像コンテンツは、日本が国を挙げて支援している点でも知られていますね。いわゆる「クールジャパン戦略」は、日本国内の人口がピークアウトしていることなどから成長が横ばいとなっている国内のコンテンツ産業を、海外展開によって成長させようという試みとされています。

経済産業省のウェブサイトから参照できる「コンテンツ産業の現状と 今後の発展の方向性(2015年7月版)」(*6)では、「クールジャパン戦略」を実現する具体的な施策が以下のように記されています:

【流通フェーズ】

1. ローカライズ・プロモーション支援

2. コ・フェスタ(コンテンツ関連イベント)

3. クールジャパン機構(リスクマネー供給)

4. 政府間対話

5. 海賊版対策

 

【マーケティング支援】

6. 留学生アンバサダー

 

【基礎整備】

7. プロデューサー人材育成

8. コンテンツ技術戦略

ここで注目すべき点があるとすれば、それは「クールジャパン戦略」の主眼は海外マーケティングと輸出行為のみに据えられているということです。逆に言えば、コンテンツ産業の構造を整備し、改善することは「クールジャパン戦略」の柱には含まれていません。なぜなら「我が国のコンテンツは『クールジャパン』として海外からも高く評価されており、コンテンツ産業は、海外展開を通じた成長を見込める有望な産業」だと予め目されているからです。(P.3冒頭参照)

コンテンツ産業の国内市場が世界第2位を誇る日本の国家的戦略は、既存の産業の規模をプロモーションによって拡充することにあります。産業構造を改革することではないのです。それこそ、事情を知る業界内部の人間が自ら行うべきことだと言えます。当然といえば当然のことでしょう。

次回予告

以上、アニメ産業とその現場で働く制作者たちの現状、そして両者の間で生まれている歪みについて解説しました。よく耳にする「クールジャパン」についても簡単にポイントをピックアップしましたが、ご理解いただけたでしょうか。

ところで、筆者を含むMOFiのメンバー2名は「クールジャパン戦略」のうち「7. プロデューサー人材育成」事業の支援を実際に受けた身です。ですので、海外展開に適したコンテンツを生み出すことを期待されてもいるようです。それを踏まえ、次回はまず現状の問題点を整理します。その上で、筆者が一プロデューサーとしての知見をもとに実現可能だと考える「アニメ産業の変化のための切り口」を提示してみます。

副題にある通り、アニメを作るプロセスを見直す必要があると筆者は考えます。今回解説した現状は、大元の作り方を変えることによってしか改善されないと思うのです。

では今号はここまで。

 

【脚注】

(*1) 産業統計の調査・発表「アニメ産業レポート2014」- 一般社団法人 日本動画協会

(*2) (英語原文)日本のアニメーション産業は『厳しい』を通り越して『違法で過酷』 – 北米出身のアーティストが語る – Cartoon Brew – 2015年3月8日

(*3) 庵野監督「アニメ業界は袋小路」で危機感–ドワンゴと短編アニメ配信企画を立ち上げ- CNET JAPAN – 2014/10/27

(*4) 「アニメ業界はもってあと数年」と庵野監督が発言したことにMBSが更に斬り込んだ解説 togetter – 2015年5月25日

(*5)「アニメーション製作者実態調査報告書2015」- JANiCA(一般社団法人 日本アニメーター・演出協会)2015年3月

(*6) コンテンツ産業の現状と今後の発展の方向性 - 経済産業省 (2015年7月) -

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『Ministry of Film – ゼロからのスタジオシステム -』

映画業界での国際的なキャリア構築を志す若手日本人著者が、米ロサンゼルスの権威ある映画大学院(AFI、USC)で学んだカリキュラムを下地に、実務レベルでの「ハリウッド」と、世界の映画事情を解説。メンバーのリアルタイムな活動記、映画レビュー、そして毎回異なるテーマでのコラムを中心に展開する。

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