《命日》任天堂の元社長・岩田聡、ゲーマーから愛された「プログラマー」としての顔
マグミクス / 2022年7月11日 10時30分
■社長になっても持ち続けた開発者精神
今から7年前の2015年7月11日に、当時任天堂の代表取締役社長を務めていた岩田聡氏が亡くなりました。かつて32歳という若さでハル研究所の社長に就任し、会社が抱えていた15億円の負債を6年で返済。また任天堂の社長時代には、「ニンテンドーDS/3DS」や「Wii」などでゲーム業界を大きく盛り上げ、確かな業績を積み上げました。
「Wii U」の伸び悩みなどから数字的に厳しい局面もありましたが、2015年3月には任天堂IPを用いたスマートデバイス向けアプリの展開や、新たなゲームハード「Nintendo Switch」(当時の仮称はNX)の開発を明かすなど、状況を打破する新たな動きにも意欲的に取り組んでいました。こうした挑戦が大きな成功と業績の回復に繋がったことは、後の結果を見ても明らかです。
しかし、2015年に発表した展開の成果を見届けることなく、今からちょうど7年前に岩田氏は死去。ゲーム業界に偉大な功績を残した人物の訃報を前に、ゲームを愛する多くの方々が力なくうなだれました。
ハル研究所の再建に尽力し、任天堂を13年も背負い続けた岩田氏。こうした活躍が今も語り継がれているため、社長としてのイメージが色濃い方も多いことでしょう。ですが岩田氏はプログラマーとしての手腕も大変優れており、また開発者精神は社長になった後も根強く持ち続けていました。
「──名刺のうえでは、わたしは社長です。
頭のなかでは、わたしはゲーム開発者」
自身について、そんな言葉も残している岩田氏。そこで今回は、社長ではなく名プログラマー・岩田聡の逸話をふたつほど紹介したいと思います。
●難産だった『MOTHER2』の境地を助けた救世主
名作RPGは数あれど、独特な世界観を徹底して作り上げ、似ているゲームが全くといっていいほどないRPGといえば、「MOTHER」シリーズを連想する方が多いはず。シリーズ名にもなった記念すべき1作目『MOTHER』が1989年に登場すると、その替えの利かない強烈なゲーム体験から、続編を求める声が早くから挙がりました。
2作目に当たる『MOTHER2 ギーグの逆襲』が発売されたのは、約5年後の1994年。続編のリリースまで間が空くケースは決して珍しくありませんが、『MOTHER2』の場合は開発の難航がその大きな原因でした。そして、このピンチを救ったのが岩田氏です。
すでに4年ほどの期間が『MOTHER2』の開発に当てられていましたが、それでもまだ完成のめどが立っていない状態でした。こうした状況を打破する助っ人として呼ばれた岩田氏は、最初に大胆な提案を行います。
「いまあるものを活かしながら手直ししていく方法だと2年かかります。いちからつくり直していいのではあれば、半年でやります」
期間的にも、またおそらく作業量の面でも、後者の方が負担は少ないはず。プロジェクトの立て直しを担う岩田氏の立場であれば、選択肢を与えず後者のみを提示する手もあったことでしょう。
しかし岩田氏は、いきなり現れた人間が「いちからつくり直します」と宣言した結果、納得しない人が出る可能性を危惧。「現場の雰囲気が壊れてしまったら、うまくいくものもダメになってしまう」といった危険を避けるべく、方向性についての決断を任せたのです。
この提案の結果、いちからつくり直す方が選ばれ、半年ほどでゲーム全体がひと通り遊べる形になりました。そこからさらにブラッシュアップが行われ、その半年後──岩田氏が参加してから1年ほどで、無事発売を迎えます。
難航していたゲーム開発を宣言どおり半年でつくり直した手腕は、見事のひと言です。また、論理や作業効率だけに縛られない視野の広さもまた、名プログラマーたるゆえんと言えるでしょう。
ちなみに岩田氏は、提示した選択肢について「わたしはどちらの選択肢でもやるつもりでいましたし、実際、どちらの方法でも仕上げられたと思います」とも語っています。選択肢は委ね、しかしその結果は引き受ける。こうした姿勢にも、頭が下がるばかりです。
■「俺がプログラムを書くから、企画、書きな」
編:ほぼ日刊イトイ新聞「岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。」(株式会社ほぼ日)
『MOTHER2』では、プログラマーとしての腕を「立て直し」に尽力しましたが、もちろん「立ち上げ」に関わったことも少なくありません。そのなかでも多くの方が驚くのは、『大乱闘スマッシュブラザーズ』の立ち上げに関与している点でしょう。
ただし、この説明だけでは十分とは言えず、『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズの原点となった1作目『ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ』のプロトタイプに関わった、と表現した方がより正確です。
『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズの生みの親といえば、桜井政博氏に他なりません。そもそもの発案も桜井氏ですし、ダメージを溜めて相手を吹き飛ばしやすくするといった本シリーズの根幹に関わる要素も、当初から既にあったそうです。
ですが、こうした新しいゲームのアイデアが、いきなり新作の開発に繋がるわけではありません。まだ形にもなっていなかった頃、「さっさと作って動かした方がいい」と力強く背中を押した人物こそが岩田氏でした。しかも制作を促しただけでなく、「俺がプログラムを書くから、企画、書きな」と、協力体制も申し出たのです。
企画・仕様・デザイン・モデリング・モーションなどは全て桜井氏が手がけ、プログラムを岩田氏が担当。そしてサウンドを担当したもうひとりを加え、わずか3人で『スマブラ』のプロトタイプが作られました。
また驚きなのが、その開発体制です。それぞれ通常の業務を抱えているため、岩田氏はデータや仕様を受け取ると、土日にかけてプログラムに取り組み、その成果を桜井氏に届けるというやり取りで制作に当たりました。
例えば同僚が素晴らしい企画を用意したとして、それを実現するために自分の休日を一定期間費やせるかと言われれば、即了承できる方はそう多くないでしょう。躊躇するのはむしろ当然ですし、休日に身体を休めるのも大事な体調管理なので、関わらないという道も立派なひとつの選択です。
ですが岩田氏は、むしろ自ら関わる形で、『スマブラ』のプロトタイプ開発に加わりました。また、制作中の桜井氏とのやりとりについて「あれは、おもしろい経験でした」と語っており、どこまでも前向きな姿勢に改めて驚かされます。
ここまで岩田氏が尽力したのは、桜井氏への信頼やアイディアが魅力的だったのも大きな理由でしょうが、名プログラマーとしての嗅覚が、まだ形になっていないこのゲームの素晴らしさを感じ取ったからなのかもしれません。
このプロトタイプがきっかけとなり、まずは『ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ』が登場。そして、確かな人気と反響を受けて次々とシリーズ作品がリリースされ、最新作『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』は2800万本(2022年3月末時点)を超える大ヒット作へと成長しました。
もちろんこれだけの成果は、中心人物である桜井氏が最も大きく貢献していますが、プロトタイプのプログラムを担当した岩田氏が果たした役割も、決して小さなものではありません。最初の1歩がなければ、千里の道のりに至ることはありませんから。
●7年を経ても、その面影は以下もまだ色濃く……
社長として大きな成果を築き上げた岩田氏は、プログラマーとしても多大な功績を残しました。その両輪があったからこそ、岩田氏は多くのゲームファンから今も語り続けられているのでしょう。
ですが、「社長」と「開発者」が、岩田氏の中にある「ゲーム関係者の全て」とは言い切れません。実は、最初に紹介した文章には、もう少し続きがあります。
「──名刺のうえでは、わたしは社長です。
頭のなかでは、わたしはゲーム開発者。
しかし、こころのなかでは、わたしはゲーマーです」
多くのゲームファンから愛された、多くのゲームを愛したファンに、心からの尊敬を。
参考書籍:「岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。」
(臥待)
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