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アニメーターの給料が安い元凶? アニメの「製作委員会」批判が的外れなワケ

マグミクス / 2022年7月26日 11時50分

アニメーターの給料が安い元凶? アニメの「製作委員会」批判が的外れなワケ

■アニメーターの給料が安いのは製作委員会が悪(ワル)だから?

 コロナまっただなかの2020年、休館が相次いだ映画興行の状況下で公開された『劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編』が、まさか破られることなどない思われた『千と千尋の神隠し』の興行収入316.8億円を軽々と突破したことは記憶に新しい。さらに翌2021年には『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が102.8億円、『劇場版 呪術廻戦 0』が98.4億円と大ヒット、この年の興行収入ワンツーフィニッシュを飾ることになりました。

 このようにアニメの大ヒット作が続く一方で、ネットなどで「アニメーターの給料が安いままなのは製作委員会のせい」というネガティブな書き込みをよく見かけます。果たしてそれは事実なのでしょうか。本記事で検証します。

●製作委員会の前は「テレビ局悪人説」

 実は「アニメーター給料安い説」は1990年代から言われており、その昔は「テレビ局悪人説」だったのです。テレビアニメづくりにおいて、製作委員会方式(複数の企業が制作資金を提供し作品の権利を出資比率に応じて保有する方式)が主流になったのは、『新世紀エヴァンゲリオン』が大ヒットし、深夜アニメが雨後の竹の子のごとく増えはじめた1990年代中盤以降です。それ以前は圧倒的にテレビ局主導でした。

 ネットなき当時のテレビ局はメディアのお代官様、いやそれどころかお殿様で、その権力は絶大なものでした。それもあってか、制作現場に睨みを効かす「お上」というイメージがあったのは確かです。今では信じられないことですが、実際テレビ局からアニメーション制作会社への支払いが低く抑えられている状況が長らく続いていました。しかし、それでは作品はつくれないので、広告代理店が制作費を補填し、グッズのロイヤリティー収入を分配するといったやり方でアニメスタジオは頑張って制作を続けて来ました。

●テレビ局から製作委員会主導の時代へ

 そんなTV局が権利を持っていた状況に変化が訪れたのは、製作委員会システムが一般的になってきてからです。昔からある夕方帯・土日朝帯に放送されるキッズ・ファミリー向けアニメに対し、作品数が多くなった深夜アニメでは、テレビ局は放送枠を売るだけになり、アニメづくりの主導権は製作委員会が持つようになりました(テレビ局が主導権を持つケースもありますが、フジテレビのノイタミナ枠などごくわずか)。

 制作費も委員会から直接アニメスタジオに支払われるようになり、その金額も委員会とスタジオの両社の話し合いによってキチンと制作が出来る水準まで上がりました。したがって、安かったテレビアニメの制作費を上げてくれた製作委員会システムは、アニメスタジオやそこで働くスタッフにとっては大いなる福音だったのです。

●アニメ制作費は増えている

 筆者は『アニメ産業レポート』(日本動画協会発刊)という統計年鑑の編集をしていますが、そこに寄せられるアニメスタジオからのコメントを見ると、ここ数年でアニメの制作費が上がってきていることがわかります。その理由は大きく分けて3つに分析されます。ひとつはアニメ制作本数の増加に伴う「需要と供給」の関係性によるもの、ふたつ目は働き方改革による労働環境整備コストの増加、3つ目がNetflixなどの海外資本による大型予算作品の出現です。

『アニメ産業レポート』に寄せられるアニメスタジオのコメントを考慮すると、制作費は数年前よりおそらく平均で20~30%アップ、海外投資作品については国内標準の2倍から3倍といった状況であると推測されます。こういったことから考えても「アニメーターの給料が安いのは製作委員会のせい」という指摘は外れていると言わざるを得ません。それ以前に、そもそもアニメーターの給料を決めるのは製作委員会ではなくアニメのスタジオですから。

●アニメスタッフの給与は10年間で1.76倍

 前出の『アニメ産業レポート2022』の統計を見ると、日本のアニメ産業は成長していることがわかります。2009年に1兆2661億円だった売上(アニメ配信やキャラクターグッズ、映画やコンサートなどに対してユーザーが支払った総額)が、2020年には2兆4261億円とほぼ倍近くになっています。それもあってアニメ制作の現場に従事するアニメスタッフ給与も確実に増えています。

 定期的にアニメのスタッフに対するアンケートを行っているJAniCa(一般社団法人日本アニメーター・演出協会)は過去3回に渡る調査を発表していますが、その推移を表したのが【資料1】「民間平均給与とアニメ制作職給与比較」です。

【資料1】「民間平均給与とアニメ制作職給与比較」出典:『アニメーター制作白書』2009年版、『アニメーション制作者実態調査篇報告書2015』、『アニメーション制作者実態調査篇報告書2019』を参考に筆者作成

 これを見るとアニメスタッフの給与が10年間で1.76倍にもなっていることに驚かされます。最初の調査対象の平均年齢が31.9歳と低かったからとも言えますが、3回目の2019年の調査ではわずかながらも民間より1000円上回るという結果になりました。平均年齢も民間より7.15歳低く、また、調査にある本職以外の「ロイヤリティー」「著作権」「印税」「教職」「漫画」「イラスト」「同人誌」「会社役員報酬」からの収入も加えると496.9万円となるので、民間との差はさらに56.2万円と広がります。

■「給料が安いアニメーター」とは主に動画職のこと

【資料2】日本のアニメ産業市場(単位:億円)出典:『アニメ産業レポート2022』

 製作委員会システムになってむしろ制作現場の給与が上がっていることが分かりましたが、肝心のアニメーターはどうなっているのでしょうか?

 かつて新聞やテレビにおいて「(20代)アニメーター平均年収110万円」と報じられ話題を集めたことがありました。しかし、これはアニメーターのなかでも、線をきれいに描き直す「第二原画」と、原画をトレースしつつ間の絵を描く「動画」を指してのことだったのです。同じアニメスタッフでも、1位の監督と最下位の動画では実に537万円もの差があります。

 同様に同じ職制のなかでも格差が大きいことは「作画職における職制平均給与」を見れば一目瞭然、シリーズ全体の作画を統一するポジションの「総作画監督」と「動画」の差は453万円、2019年の推測値では599万円にもなります。このような給与差は能力とキャリアの違いから生じるものなのですが、アニメーターが社員だったテレビアニメ草創期にはここまでの開きはありませんでした。

 ところが、1970年代からアニメスタジオの合理化がはじまり、かつアニメを目指すフリー志向スタッフが増えたこともあって格差が増大しはじめたのです。その結果、重要と思われる職制の給与は上がり続け、そうでないものは留め置かれることになったのです。後者の動画はその最たるもので、1枚描いて200円の時代が長らく続いています。

【資料3】作画職における職制別平均給与 出典:『アニメーター制作白書』2009年版、『アニメーション制作者実態調査篇報告書2015』より筆者作成

●動画の給与が低いのは、製作委員会のせいなのか?

 1枚200円と言われる動画の単価は、どう考えても費やす時間と報酬とのバランスが取れていません。1日に描ける動画枚数は作品にも拠りますが10枚~20枚程度なので収入は多くて月に10万円程度。なかにはアッという間に動画を駆け抜けて原画にキャリアアップするアニメーターもいますが、通常2年程度の動画経験は必要となるので、その間の収入はよほど枚数でもこなさない限り抑えられたままです。

 しかし、このことは製作委員会とは何の因果関係もありません。製作委員会はスタジオと話し合いの上で決まった制作費を支払っています。大手スタジオや、最近では人材育成意欲の高い若手スタジオでもアニメーターに対し福利厚生が伴う新卒社員採用を行っています。動画に世間相応の給与が支払えないのは中小・零細企業が多いアニメスタジオの経済事情によるという一面もありますが、それ以上にアニメーターという職業特性に寄るところが大きいからです。

●アニメーターはキャリアアップまで険しい道のり

 アニメーターはしばしば「鉛筆を持った俳優」といった表現をされますが、実際要求されるものはそれ以上のものがあります。アニメーターは実写でいうと「演技が上手い(動かすのが上手い)」、「イケメン・美女俳優(キャラクター描写が上手い)」であることに加えて、レンズの特性まで知り尽くした高度な技術を持つカメラマンでもあるからです。

 そのため、先輩アニメーターから、動画職の時点で能力的にキャリアアップが難しいと分かったら、早々に見切りをつけて転職したほうがいいという声も聞かれます(線が真っ直ぐ引けない、丸が描けないといった初歩的なレベルで挫折する新人アニメーターも多い)。

 アニメーターに求められる能力についてほとんど知られていない状況にありますが、動画からキャラクターデザイナー(作画監督が務めるケースが多い)や総作画監督(から監督になる人間も多い)にたどり着くまでは、我々が考えている以上の険しい道が待ち構えているようです。

(増田弘道)

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