新海誠監督『君の名は。』が「金ロー」に登場 平安時代から続く「とりかえばや」の世界
マグミクス / 2022年10月28日 18時30分
![新海誠監督『君の名は。』が「金ロー」に登場 平安時代から続く「とりかえばや」の世界](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/magmix/magmix_118461_0-small.jpg)
■興収250億円を突破したメガヒット作
新海誠監督の名前を広く世間に知らしめた大ヒットアニメといえば、2016年に劇場公開された『君の名は。』です。国内興収だけで、250億円を超えるメガヒット作となりました。
それまでの新海監督は、『秒速5センチメートル』(2007年)や『言の葉の庭』(2013年)など小規模公開の作品を手がける、知る人ぞ知るアニメーション作家でした。『君の名は。』に続いて『天気の子』(2019年)も国内興収142億円という結果を残し、世界が注目する存在となっています。2022年11月11日(金)公開の新作『すずめの戸締まり』にも期待が寄せられています。
すでにテレビ朝日系で二度テレビ放映されている『君の名は。』ですが、2022年10月28日(金)の「金曜ロードショー」(日本テレビ系)に初登場します。時間枠を拡大してのノーカット放映となります。
マニアからの支持が高かった新海誠ワールドが、『君の名は。』から幅広い層に受け入れられるようになった要因を探ります。
■高校生の男女が入れ替わることに
主人公はふたりの高校生男女です。ひとりは山奥にある田舎町で暮らす女子高生の宮水三葉(みやみず・みつは)、もうひとりは東京で生活する立花瀧(たちばな・たき)です。ふたりは奇妙な夢をたびたび見るようになっていました。夢の世界で、お互いの体が入れ替わっていたのです。三葉、瀧の様子がおかしなことから、それぞれの学校や家庭ではちょっとした騒ぎとなります。それは夢の世界ではなく、現実の出来事であることにふたりは気づきます。
多感な年頃の男女の心と肉体が入れ替わるドタバタ劇が、コミカルかつアップテンポに描かれ、観客を不思議な世界へと引き寄せていきます。お互いにまったく面識がなく、名前すら知らなかった三葉と瀧は、相手への不満や注意事項をノートやケータイに書き残すようになります。そんなやりとりを交わすうちに、ふたりの出会いは運命的なものだったことが分かってきます。
三葉の暮らす田舎町は自然がいっぱいで、父親とふたり暮らしだった瀧は家庭的生活を味わうことになります。しかし、小さなコミュニティゆえの閉塞感もあります。一方、瀧がいる都会はおしゃれで、快適な環境ですが、三葉が考えていた以上にお金が必要です。そのため、高校生ながらバイト漬けの毎日となります。
思春期の少年少女の心理が繊細に描かれていることに加え、主人公たちが暮らす村や街の背景がとてもリアルなところも、新海誠ワールドの大きな特徴です。田舎の風景と都市の景観が、実に対照的に描かれています。
■戦前は禁書扱いだった『とりかえばや物語』
2022年11月公開予定、新海誠監督の最新作『すずめの戸締まり』 (C)2022「すずめの戸締まり」製作委員会
男女が入れ替わる『君の名は。』の特殊な設定ですが、元ネタとなっているのは平安時代後期に成立したとされている古典文学の『とりかえばや物語』です。ある高貴な貴族の家に生まれた、顔のそっくりな異母兄妹が主人公です。
元気で利発に育った女の子は、やがて「若君」として朝廷に士官します。美しく、おしとやかに育った男の子は、「姫君」として皇女に仕えることになります。しかも、女性であることを隠した「若君」は政務官としての才能を大いに発揮し、お嫁さんまでもらってしまいます。平安時代ながら、相当にぶっ飛んだ物語です。
この男女の立場が入れ替わる奇想天外なストーリーは、日本人に長く親しまれてきました。中性的なキャラクターを好んで描いた手塚治虫氏のマンガ&アニメ『リボンの騎士』、実写映画化やアニメ化に加え、宝塚歌劇団によって舞台化もされた池田理代子さん原作のマンガ『ベルサイユのばら』、山中恒氏の児童文学を大林宣彦監督が脚色した青春ファンタジー映画『転校生』(1982年)など、さまざまな形になって受け継がれてきています。
柴咲コウさんが将軍・徳川吉宗を演じた異色時代劇『大奥』(2010年)、かっこいい王子さまに憧れる女の子が男装して大活躍する学園アニメ『少女革命ウテナ』(テレビ東京系)なども、広い意味での『とりかえばや物語』だと言えるのではないでしょうか。
戦前や戦時中は、「変態的だ」と『とりかえばや物語』は禁書扱いされていたそうです。男尊女卑の時代には、女性の有能さを描いた物語は都合が悪かったのでしょう。
■三葉と瀧を分断する大きな壁
話を『君の名は。』に戻しましょう。高校生男女が入れ替わる『君の名は。』ですが、新海監督はジェンダー問題にはあえて踏み込んでいないようです。性の違いによる不平等は大きな社会問題ですが、本作では別のテーマに比重が置かれています。
三葉と瀧は心と体が入れ替わることで、男女の違い、暮らしている環境の違いなど、お互いのことを深く理解するようになります。しかし、ふたりの間には、さらに大きな壁が立ちはだかることになるのです。物語後半、三葉は生命に直結する大災害の「当事者」となり、一方の瀧はその大災害をテレビや新聞で報じられるニュースのひとつとして傍観する、「非当事者」という異なる立場に引き裂かれるのです。
新海監督は東日本大震災が起きた直後の2011年7月に宮城県名取市を訪れ、本作の企画を思いついたそうです。マスメディアが伝える大災害による犠牲者数の多さに驚くことはあっても、被災地と直接的な関係がないと、その数字のひとつひとつが自分と同じ人間であることまではなかなか想像が及びません。海外で起きた戦争やテロは、さらに遠い出来事のように感じてしまいます。
顔を合わせたことのない人でも、名前を知らない赤の他人であっても、相手の立場に立って物事を考えることができれば、世界は大きく変わっていくのではないでしょうか。遠く離れた相手を思いやることの大切さを、新海誠作品から読み取った人は少なくないはずです。
人と人のつながりが希薄になったと言われる現代社会ですが、そんな現代人の潜在意識に訴えかけるものが、劇場アニメ『君の名は。』にはあったのではないでしょうか。
(長野辰次)
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