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「原作リスペクトがない」批判への違和感 映画『スラムダンク』が「マンガ原作アニメ」の常識を変えてしまう可能性とは

マグミクス / 2022年12月8日 11時30分

「原作リスペクトがない」批判への違和感 映画『スラムダンク』が「マンガ原作アニメ」の常識を変えてしまう可能性とは

■公開前の低評価から一転、傑作とされた理由

※この記事には、 映画『THE FIRST SLAM DUNK』の本編内容に関する記述が含まれています。ネタバレを気にされる方はご注意ください。

 ボイスキャストが旧TVアニメ版から変更となったことで炎上し、一体何のエピソードが描かれるのかも明かされないまま公開を迎え、何かと物議を醸した映画『THE FIRST SLAM DUNK』。ですが、蓋を開けてみれば驚異の運動描写に溢れた大変な傑作でした。

 やはり、作品は実際に観てみないと判断できないものだと改めて思った人は多いのではないでしょうか。

 本作は、マンガを原作とするアニメのあり方、そして3DCGアニメの表現のあり方の観点からエポックメイキングな出来だったと言えるでしょう。アニメ映画を観たというよりも、本物のバスケットボールの試合を観戦したかのような鑑賞体験が味わえる作品です。

 世界の商業アニメーション市場では3DCGが主流になるなか、日本のアニメは手描きの表現に強みを見出し、世界市場で評価されてきました。一方で日本国内でも3DCGの活用は模索・研究され続け、CGもまたなくてはならない技術となっています。

 手描きアニメは1カットにキャラクターが数人程度であれば、躍動感を持って動かすことも可能ですが、バスケットボールやサッカーのように多人数が同時に別々の動きをするスポーツを描写することは、あまりにも労力がかかり過ぎるため不向きです。これまで、サッカーやバスケットボールを題材にした手描きアニメは多く制作されていますが、本物の試合のように全員を同時に動かすことはなかなかできませんでした。

 本作はその課題を3DCGを活用して突破しました。しかも、セルルックCGの問題点だった生々しさの欠如を克服した上で躍動する肉体を再現しているのです。スポーツやダンスシーンで3DCGを活用する作品はこれまでも数多くありましたが、表情や肉体の迫真性をこれほど深いレベルで表現した作品は過去最高レベルでしょう。

 本作は、モーションアクターに3人制バスケ日本代表候補の齊藤洋介氏などを起用して、一流プレイヤーの動きをデータ化し、キャラクターそれぞれの動きに個性を与えています。ポジションごとに明確に異なるプレイスタイルを作って、体格や走り方などもひとりずつ異なります。例えば、シューティングガードの三井寿のシュートフォームは原作では、セリフやナレーションなどで「綺麗なシュートフォーム」と言わせていましたが、本作では三井のフォームのなめらかな動きだけで「綺麗だ」と感じさせることに成功しているのです。

 また桜木花道はバスケットを初めて4カ月の素人である感じが原作以上に感じられます。攻守に渡ってたまにポジショニングがおかしかったり、異様な動きをしたりする様が手に取るようにわかるので、どう見ても素人であることが動きだけで伝わるようになっています。

 ゴール下の接触プレーにおいては、プレイヤーたちの押し合い、へし合いの重量感も感じさせてくれました。3DCGに限らずアニメーションで重さを表現するのは結構難しいのですが、全てのキャラクターに体重を感じさせる表現ができていることが驚きです。

 総じて、マンガから生まれた架空のキャラクターが、本物のバスケをしているのを観ている感覚にさせられました。「animate(アニメイト)」とは生命を吹き込むという意味ですが、まさに架空の存在が生命を持って躍動していました。

 人物だけでなく、汗の一滴からシャツのシワと影の動きにいたるまでに生命の息吹が感じられます。モーションキャプチャのデータを取る時は、専用のスーツを着るのでシャツの動きまでは取れませんから、シャツの動きはアニメーターが調整して作っているのだと思いますが、身体の動きに合わせて生き生きと動く見事な表現で、本作は今後のCG表現のひとつの基準点となるのではないかと思います。

■「原作に忠実」議論で見落とされがちな「絵柄」問題

2022年12月3日公開、映画『THE FIRST SLAM DUNK』ビジュアル (C)I.T.PLANNING,INC. (C)2022 THE FIRST SLAM DUNK Film Partners

 本作のもうひとつの驚きは、井上雄彦先生の原作の絵がそのまま動いていると感じられる点です。

 マンガ原作のアニメでは、通常キャラクターデザインはアニメーターが動かしやすい形に整えられます。もちろん、キャラクターの特徴は掴んだ上でアニメのデザインに落とし込みますが、どうしても原作の絵そのままというわけにはいきません。マンガの絵とアニメの絵は別なのです。

 しかし本作は、監督のみならずキャラクターデザインと作画監督を井上雄彦先生自ら行っていることもあってか、原作の絵をそのまま移植することを試みています。本作のストーリーは映画オリジナルな部分も多く、試合展開に関しては省略されてもいますが、絵柄については、数多くあるマンガ原作のアニメのなかでも屈指の「忠実度」だと言っていいでしょう。

 原作ものの場合、「原作へのリスペクト」や「オリジナルに忠実であるかどうか」が常に議論になります。しかし、その議論は大抵の場合、物語が忠実に再現されているかに集中します。絵柄についてはアニメ的なデフォルメや簡易にする変更があっても、大きな議論となるケースは多くありません。

 マンガは絵で物語を語る媒体ですので、絵柄はどのマンガ作品にとっても大切な要素であるはずです。『SLUM DUNK』は、リアルなバスケットボールの展開をリアルな等身のキャラクターで見せる作品なので、絵柄自体が作品の本質に直結するタイプの作品と言えます。したがって、物語を忠実になぞっても絵が変われば、原作の魅力を引き出し切ることはできないと言えます。

 井上雄彦先生は、リアルにこだわる作家です。それは、本物のバスケットの試合がマンガ以上にエキサイティングなものだと良く知っているからだと思います。『SLUM DUNK』15巻で井上先生は、「たまに『こんな接戦ばかり続くわけない』とか、『やっぱり漫画だから』といったお手紙をもらうことがあるけど、とんでもない! 現実の試合は時にもっとドラマチックだ。悔しいけどそうなんだ。」と書いています。

 本作のパンフレットで、演出を担当した大橋聡雄さんは「本物のプレーヤーに協力いただき再現したリアルな山王戦を、CGのカメラで撮影していくと、驚くほど映像と原作に矛盾がないんです。それぐらい本物志向だったんだと、原作のすごさを実感しました」と語っています。井上先生がどれだけリアル志向なマンガを描いていたのかがよくわかるエピソードです。

 そんな現実のバスケットへのリスペクトがあるからこそ、本作ではマンガでは困難だったリアルな試合の時間間隔に忠実なのだと思います。本作は、マンガに見られたようなギャグ表現、心の声やナレーションなどは極力削り、プレイの流れをなるべく止めないように心がけています。原作マンガが目指した本物の試合の再現に重きを置いた演出をしているのです。

 あの絵柄を再現し、リアルに徹した動きを生み出すには、スタッフ全員が原作マンガをリスペクトしなくては絶対にできなかったでしょう。3DCGアニメとして、そしてスポーツアニメとして、日本アニメの歴史を1ページ更新する、衝撃の1本です。

(杉本穂高)

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