『鬼滅の刃』の聖地・丹波山村に何がある?山梨なのに実質東京都のナゾ 幻のリゾート計画も
マグミクス / 2022年12月11日 15時10分
■沿道でほんのりと『鬼滅の刃』アピール
『鬼滅の刃』の主人公・竈門炭治郎の故郷といえば、1都2県にまたがる「雲取山」です。山梨県丹波山村の登山口なら、東京都からのアクセスはとても容易です。沿道でほんのりと『鬼滅の刃』聖地アピールが見られるこの地域(山梨県丹波山村・小菅村、東京都奥多摩町西部)には何があるのでしょうか。
東京駅・新宿駅などから登山口に向かうなら、「ホリデー快速おくたま号」(観光シーズンに運行)でJR青梅線の終点・奥多摩駅(東京都奥多摩町)まで2時間前後、そこから西東京バス・奥10系統などに乗り継いで30分弱です。
しかし、観光シーズン、特に紅葉の時期の青梅線は相当に混み合います。終点・奥多摩駅が近くなると車両先頭側(改札近くに停車する)に移動が始まりますが、JR奥多摩駅前のバスターミナル(西東京バス氷川支所)では、列車の混雑具合に合わせて続行便(2台目・3台目のバス)を出してくれるので、「猪突猛進!」する必要はまったくありません。
なお、このあとバスが進む国道411号は、新宿駅横の大ガード下から続く「青梅街道」でもあり、都内からひたすら走り続ければクルマでもたどり着けます。しかし、山あいのこの一帯は駐車場が不足気味で、「せっかく来たのに駐車場がない!」という事態もあり得るので、訪れたい方には路線バスをお勧めしたいです。
■山梨県側に入っても「実質東京都」の実態
JR青梅線・奥多摩駅から丹波山村に向かうバス。奥多摩湖畔の連続カーブを走り、東京と山梨の県境をこえていく
奥多摩駅を出てしばらくはバスの車窓から見える人影も少なく、多摩川の流れも谷底にありほとんど見えません。その景色はやや単調で、無限列車(原作では「無限夢列車」とも)に登場した下弦の壱・魘夢(えんむ)に「お眠りィィ」と言われずとも、うとうとと眠ってしまいそうです。
しかしつい先日までは、このバスで竈門禰豆子役の声優・鬼頭明里さんの自動放送(車内アナウンス)が聴けたため、それ目的で訪れる人も多かったのだのだとか(現在は実施されていません)。
そしてバスは15分ほど走り、「日本一の上水道用ダム」として知られる小河内ダムを通過。すると車窓左側は「奥多摩湖」と愛称のついたダム湖が広がり、一転して見晴らしはスパッ! と開けます。川魚や山菜料理を出す沿道のドライブインも沿道に見えて、あたりはすっかり行楽地の佇まいです。
そしてバスは間もなく「都県境」を越えますが、見える車は対向車も含めて八王子ナンバー、多摩ナンバーばかり。そういえば路線バスの運行もJR奥多摩駅始発の「西東京バス」が担い、山梨県側の「富士急山梨バス」は数年前に小菅村に乗り入れを開始したところで、車もバスも山梨県側を含めて、全体的に東京都との結びつきが強い様子です。
なお奥多摩湖周りの山林は大半が東京都の所有となっているため、山梨県側に入っても東京都水道局の看板が目立ちます。このダムに水がなくなれば都内・三多磨地区の上水道が止まり、かつ下流には東京都交通局が所有する「白丸ダム」もあるため、都営地下鉄の運行にも支障が出てしまいます。この水資源の管理をスムーズに進めるために、昭和20年代には丹波山村・小菅村の東京都編入を試みたものの、都議会や山梨県の反対もあり断念しています。
■炭治郎と禰豆子は登ったけれど……雲取山の登山は「十分な準備を」
『鬼滅の刃』の聖地、丹波山村の鴨沢登山口。炭治郎と禰豆子をイメージさせる柄の幟がはためく
山梨県丹波山村に入ると、竈門炭治郎の着物柄を思わせる市松模様の幟(のぼり)があちらこちらに見えてきます。雲取山・鴨沢登山口最寄りのバス停あたりでも、同様の旗や幟が何本もはためき、『鬼滅の刃』聖地としてのほんのりしたアピールぶりがうかがえます。
この市松模様は、集英社から商標登録の申請が出されたものの、特許庁は「いわゆる(一般的な)『市松模様』の」一種」として却下。「鬼」「滅」などの文字を入れなければデザインを使えるそうで、よく見ると入っている文字も「丹波山村 雲取山」となっているなど、「あぁ、ちょっとだけ気を遣ったんだな」と思わせるものです。
なお、もちろん作品はフィクションなので、鴨沢登山口から雲取山に登っても「竈門家」などはありませんが、それでも登山しようとするファンが多いのだとか。しかし村の方のお話によると、標高2017メートルもあるこの山は「少なくとも初心者向きではない」とのこと。
慣れた人でも頂上まで5時間ほどかかり、自信がない方は山小屋「雲取山荘」での1泊(要予約・シュラフなど寝具持参の必要あり)は見ておいた方が良いそうです。なお雲取山は他に「ヤマノススメ」「山と食欲と私」などの作品にも描かれ、登場人物はいずれも無理のない行程をとっています。
しかし近年は「とりあえず炭治郎の故郷に行ってみよう!」と軽装で登ろうとする人びとが後を絶たず、村でも注意を呼びかける見張りを立てているのだとか。確かに原作第1話・第2話で炭治郎と禰豆子が雪山を下っているものの、「あれは事情が事情だけにねぇ……」 と、その見張りの方と世間話をしてきました。
なお、この登山口から少し西側の「道の駅たばやま」では、公式の『鬼滅の刃』グッズや、既視感がある市松模様ラベルのミネラルウォーターも購入可能です。かつ、雲取山麓のイノシシを加工したソーセージ・フランクフルトも味わえ、登らなくても十分に雲取山の自然を楽しむことができます。
■「西武グループ」の一大観光拠点になるはずだった?
西武鉄道が運輸省に提出した「奥多摩湖開発構想」資料(国立公文書館所蔵)
雲取山のふもとは今はとても静かですが、「『鬼滅の刃』聖地」となる50年も前に、首都圏有数の一大レジャーゾーンに変貌を遂げようとしていました。1957(昭和32)年に完成した小河内ダムは都内からのアクセスが良いこともあり、「東村山音頭」でも謳われた「多摩湖」(村山貯水池。1927年に完成)のような「ダム湖沿いの観光スポット」としての役割も期待されていたのです。
この地の観光開発に名乗りを挙げたのは、現在も首都圏に鉄道網やホテルなどを展開する西武鉄道グループです。同社は当時の国鉄氷川駅(現在のJR奥多摩駅)から工事現場まで建設されていた貨物線(東京都水道局小河内線。通称「水根貨物線」)を1963(昭和38)年に1億3000万円で買収。西武新宿駅から新宿線・拝島線を経由して国鉄青梅線に乗り入れ、小河内ダムのほとりにあった「水根駅」まで直通する特急の運行を計画していました。
もし計画が実現していれば、いまは川越・秩父方面を結んでいる10000系「ニューレッドアロー」や001系「ラビュー」あたりの特急車両が、西武新宿から奥多摩湖までを(たぶん)2時間程度で結んでいたのではないでしょうか。
そして当時の運輸省に提出された計画書によると、終点・水根駅の周辺はホテル(おそらく「プリンスホテル」か?)やケーブルカー乗り場を備えた一大ターミナルとなり、さらに湖を取り囲むように、キャンプ場やロープウェイ・ヘリポートなどの整備を目論んでいたようです。
■開発されなかったからこそ残る、自然豊かな「炭治郎の故郷」
写真右側が貨物線(東京都水道局小河内線)の高架。まだ廃止となっておらず、あくまでも休止中
しかしこの構想は、鉄道の買収後数年で棚上げとなります。奥多摩湖は渇水の影響を受けやすく、渇水期にはダム湖の水量が落ち、観光資源としては「攻撃の威力が落ちてる!」(原作第108話より)状態だったのです。かつ西武新宿からの乗り入れ計画も、拝島駅構内の問題もあって国鉄からの協力を得られませんでした。
計画そのものに狂いが出るなか、実質的に西武グループを率いていた堤康次郎は貨物線買収の翌年に「内縁の女性の手を引いて熱海旅行に急ぐ途中、東京駅で心筋梗塞を起こして倒れる」という、誰も予測がつかないかたちで急逝。グループは紆余曲折を得て新体制に引き継がれたものの、先代の息のかかった観光事業は大幅に集約。奥多摩湖での計画は進展することもなく、貨物線もひっそりと売却されてしまいました。
この貨物線のアーチ橋は、いまも小河内ダムのすぐ近くで見ることができます。もしここが観光鉄道「西武奥多摩線」(路線名は勝手につけました)として残っていれば、作品の舞台・雲取山の縁で「無限列車」(西武が蒸気機関車の動態保存に手を出すか、秩父鉄道などから借りるかという前提で)や「鬼滅の刃」仕様のラッピング車輌も運行されていたかも……妄想は深まるばかり。
ただしこの貨物線は全区間が険しい山岳部で、5年半で148回もの崖崩れを起こすほど険しく脆(もろ)かったとのこと。令和の時代まで路盤が持たなかったかもしれません。
しかし開発が進まなかったこともあってか、雲取山のふもとはいまも自然が豊かで、美味しい水や食べ物も豊富です。
ふもとの町まで炭を売りに行っていた竈門炭治郎も、その百数十年後にはここが首都圏から日帰り可能になるとは想像もつかなかったでしょう。『鬼滅の刃』聖地・雲取山への旅は、山のふもとや道の駅までなら誰でも気軽に楽しめますが、山に登られる方は万全の準備をもってどうぞ。
※禰豆子の「禰」は「ネ」+「爾」が正しい表記
(宮武和多哉)
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