手塚治虫自身が忌み嫌った問題作『アラバスター』が復刻、人はなぜ「黒手塚」に惹かれるのか
マグミクス / 2018年12月28日 18時0分
■単行本化で200ページにわたる改変
手塚治虫の『鉄腕アトム』などに見られる、ヒューマニズムにあふれる作品に対して、人間のダークサイドを徹底して描く作品やストーリーは、いわゆる「黒手塚」としてさまざまな評価がされています。
その「黒手塚」の代表作といわれる『アラバスター』を、連載当時の構成で復刻した『アラバスター オリジナル版』が2018年12月15日に立東舎より発売されました。
『アラバスター』オリジナル版(左)と、改変された全集版の比較。巻頭のカラー部分。主人公の設定が全集版では黒人に変更されている(画像:立東舎)
同作品は「週刊少年チャンピオン」にて1970(昭和45)年12月から翌年6月まで連載された作品。生物を透明にする光線銃で体が半透明化し醜い姿になってしまった主人公は、世の中の美しいものを憎み、怪人・アラバスターとして破壊工作を繰り返す……といったストーリーで、人間の奥底に潜む復讐と憎悪の心や歪んだ愛を主題とした作品です。
同作品は手塚治虫自身からの評価が低く、『手塚治虫漫画全集』(講談社)で初めて単行本化された際、作者自身の手で200ページにわたる改変が行われています。
「手塚先生はもともと、作品が単行本化される時に、構成から表現の細部に至るまで積極的に手を入れる方でした。そんななか『アラバスター』は主人公の設定を日本人と外国人のハーフから黒人に変更したことで修正箇所が大幅に増えています。
単行本化を行った当時の情勢も考慮して表現をマイルドにしたと考えられますが、オリジナルの設定の方が、主人公の苦悩や作中の行動の動機などをより深く理解できると思います」
こう話すのは、同作品をはじめ、近年の数多くの手塚関連書籍や作品復刻の企画・編集を手がけている濱田高志さん。「手塚先生の自己評価が低いからといって、その言葉をうのみにしてはいけない」と強調します。
■自分の視点で感じ取るのが「黒手塚」の楽しみ方
登場人物の1人、ロックのナルシシズムが表れるシーン。オリジナル版(左)は全集版(右)とコマ割りも異なり、より濃厚な内容になっている(画像:立東舎)
「確かに、『アラバスター』は最後まで誰も幸せになれないストーリーで、キャラクターに感情移入するのが難しい作品ですが、約50年前に書かれたマンガでありながら、そのテーマやキャラクターには、現代にも通じる普遍性がある。先生自身が評価しない作品でも、私は幼少時に読んで面白いと思いましたし、今の読者が読んでも、面白いと感じてもらえるのではと思ったんです」と、濱田さんは同作品のオリジナル復刻にかける思いを語ります。
雑誌連載時の内容から単行本化された『ダスト18』。生命の尊厳と人間の生への執着と欲望を描く。立東舎刊、本体3,200円+税(画像:立東舎)
この『アラバスター』をはじめ、人間のグロテスクな面を描いた一連の「黒手塚」作品は、発表当時からファンを獲得してきましたが、現在もなお注目を集め、オリジナル復刻があいついでいます。その魅力について、濱田さんは次のように話します。
「手塚作品に登場するキャラクターは、いい人ばかりではありません。悪意や欲望を持った人物も多く登場します。彼らの謀略や出世欲に嫉妬心、物事への執着などをマンガで追体験することで、人間のもつ負の側面に共鳴するのではないかと思うのです。ぜひ、自分自身の視点で感じ取りながら、楽しんでもらいたいですね」
濱田さんに、おすすめの「黒手塚」作品を紹介してもらいました。
・『人間昆虫記』(1970年)
・『ボンバ!』(1970年)
・『奇子(あやこ)』(1972年)
・『ダスト8』(1972年)
・『ペーター・キュルテンの記録』(1973年)
・『鉄の旋律』(1974年)
・『MW(ムウ)』(1976年)
※( )は連載開始年です。
いずれも、『手塚治虫文庫全集』や各電子書籍ストアで読むことができますが、これらのうち『人間昆虫記』『奇子』『MW』は復刊ドットコムからオリジナル版が刊行。『ダスト8』は、連載当時のオリジナルから大幅な改変を経て、改題の上単行本化されたものですが、幻とされるオリジナルから初めて単行本化された『ダスト18』が立東舎から刊行されています。
濱田さんは今後も、手塚作品のオリジナル復刻や関連書籍の企画を手がけていく予定で、特にオリジナル版の復刻は可能な限り続けていきたいといいます。現在は、春に向けて3社からほぼ同時期に発売される3作品の編集を手がけているそうです。
「1人の漫画家が亡くなって30年近く経つ現在もなお、本が出続けているというのは、おそらく他に例がないのではないでしょうか。それほどまでに、手塚作品のジャンルや読者対象は幅広く、作品の量も圧倒的です。今回の『アラバスター』も、レトロな雰囲気をなるべく出さないようにし、新しい世代の読者にも届くようにデザイナーと相談しながらデザインや装丁を工夫しました。古くからのファンにも、新しい読者にも楽しんでもらえたらと願っています」(濱田さん)
今後も復刻が続く手塚作品は、「黒手塚」をはじめとする手塚治虫の多様な側面を体験できるものとなるでしょう。
(マグミクス編集部)
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