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『この世界の片隅に』の舞台、呉市には何がある? バスが登れない坂道、昔も今も

マグミクス / 2023年2月11日 14時10分

写真

■主役・すずさんが暮らした家のモデルも実在

「広島県呉市・上長之木町」

 2016年にアニメ映画化されたマンガ作品『この世界の片隅に』で、主役のすずが暮らした北條家があった場所です。住所自体は架空であるものの、北條家のモデルとなった家は原作者・こうの史代さんのお祖母様のお宅で、先生もかつてここに住まれていたのだとか。

 1889(明治22)年に鎮守府(海軍の本拠地)が設置され、軍港四市(呉・横須賀・舞鶴・佐世保)のひとつであった呉市は、工廠(こうしょう。軍需品の工場)が立ち並ぶ「海軍の街」でもありました。

 太平洋戦争の終結から七十余年、『この世界の片隅に』作中では終戦前後(昭和19年2月~昭和20年9月)の名残が至るところに見られますが、軍需産業からの転換で呉を支えてきた工場群は、いま時代の波にさらされています。

『この世界の片隅に』の原作や片淵須直監督によるアニメ映画の舞台となった広島県呉市には何があるのでしょうか。作中で描かれた場所、戦前・戦後の名残、そしてこの街の「いま」が見える場所を訪れました。

■軍需産業の街から「観光スポット」に

 呉に行くには、広島からJR呉線の快速「安芸路ライナー」で約30分。呉駅のバスロータリーには、広島バスセンター発の高速バス「クレアライン」が1時間に4~5本も発着しています。

 原作マンガの第2回(昭和19年2月)では、2時間前後だった広島・江波(すずさんの実家)~呉間ですが、いまや鉄道・バスどちらを選んでも1時間少々で到達可能に。呉市は就業人口の9割近くが市内通勤ですが、それでも1万人近くが広島市内の会社に通っているのだとか。

 かつては鎮守府の最寄りでもあり、戦後には寝台特急「安芸」がわざわざ乗り入れていたこの駅も、現在はホーム2面・線路は3線とちょっと控えめ。しかしかつては南側に広大な貨物ヤードや、海軍の軍需部・港務部、「上陸場」(戦艦からボートなどで上陸する場所)などがあり、1日に数万人の海兵たちが往来していたそうです。もっとも、戦前のこのエリアは地図でも「白抜き」状態。往時の資料もほとんど残されていません。

 戦後の1958(昭和33)年、海岸線に中央桟橋(現在のフェリーターミナル)が開設。しかし貨物ヤードは徐々に使われなくなり、平成初期頃までは草生え放題のままで放棄されていたといいます。

 現在は再開発により一帯はオフィス街や商業施設「ゆめタウン呉」、その南側は「海上自衛隊呉資料館(てつのくじら館)」「呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)」に。屋根つきの歩道橋で呉駅と直結し、いまや一大観光スポットと化しています。

海上自衛隊青山クラブ。戦前にはこの右奥に、工廠への引き込み線が出ていた

 駅近くで『この世界の片隅に』作中の世界を見ることができるのは、戦前には下士官兵の集会所だったという「青山クラブ」です。曲線のデザインが優美なこの建物は、アニメ映画版で夫・周作さんとの待ち合わせのシーンに登場しました(原作マンガでは軍法会議の玄関。一般人はなかなか入れない?)。

 一応「帳面(メモ帳)を届けに来た」という名目で、実際はデートしたかっただけ? という場面ですが、戦前にはここに海軍との土地境界「第一門」があり、衛兵さんの目もあったはず。すずさんもよく、「しみじみニヤニヤ」(作中のセリフ)できたものです。

■『この世界の片隅に』でも描かれた「バスが登れない坂道」は健在?

呉市内を走る『この世界の片隅に』ラッピングバス

 そして駅に戻ると、今度は「すずさん」仕様のバスが入ってきました。このバスに乗って、「この世界の片隅に」ゆかりのさまざまな場所に行ってみましょう。

 1944(昭和19)年2月、すずさんは実家である浦野家の人びととともにバスの終点・辰川に到着、夫となる北條周作の叔母・小林さんに出迎えられます。

 バスは山の中腹の住宅街へ向けて一直線に急坂を登り、終点手前でカーブを描いて、狭い道路脇にピタリと停車。駐車スペースが極めて狭く、車体と民家の塀の距離はわずか20センチほど。バスを降りた後、お客さんはバスの後ろ側にしか移動できません。

 バスを降りて振り向くと、約600mの距離で40mもの高低差をクリアするほどの急坂が見えます。作中では、坂道のラスト300mで勾配は厳しさを増すこともあり、浦野家の一行はバスから降ろされ、歩いて坂道を登る羽目に。小林さんが「やっぱり木炭バスは上がって来られませんでしたか」とこぼしたことからも、バスの運転打ち切りは毎度のことだったのでしょう。

終点・辰川に到着するバス。多くの人々がバスを待ち構えている

 現在ではディーゼルエンジンを搭載した車両が運用に就いており、これなら急な坂道で止まることはない! ……と思いきや、今でも冬場には道路の凍結で登れなくなり、近場でUターンして引き返すことがあるのだとか。

 なおこの路線は呉市内でもトップクラスに利用率が高く、2012(平成24)年に呉市交通局から広電バスに引き継がれた17路線のうち、唯一安定して黒字を弾き出していたのがこの路線です。この路線の単独区間はラスト600mのみではあるものの、「整理対象」にはならなさそうです。

 他にも呉市内には厳しい坂が多く、北條円太郎(周作の父)の勤め先があった広地区へも厳しい峠越え(原作マンガ27話で登場)を余儀なくされていました。

「呉市交通局発達史」などによると、海軍へのガソリンの優先供給のためにバスの木炭動力化が積極的に行われ、保有台数32台中27台が非力な木炭バス。路面電車(呉市電。1967年廃止)も少々の不具合は放置されていたとのこと。実家の浦野家で広島市内の電車・バスを見てきたすずさんも、驚いたもしれません。

 なお戦後も交通状況は長らく改善されず、しがみついて電車に乗った客が対向車線のトラックと接触して即死するという事故も起きています。

 そして辰川バス停から徒歩数分の場所に、作中で北條家として描かれた民家の跡「すずさん家(かた)」がありますが、今は来訪を推奨されていないので、ここでは説明を省きます。

■時代の変化に揺れる「海軍の街」

宮原8丁目から呉の造船所を見渡す

 海軍の街としての歴史を体感できる場所としては、戦艦「大和」が建造された旧・呉海軍工廠(現・ジャパンマリンユナイテッド)があります。市の南西にある鍋桟橋(なべさんばし)行きのバスで行くことができます。

 呉駅~鍋桟橋間のバスは昭和町経由・坪の内町経由・宮原経由の3ルートがあり、景色を一望できる「歴史の見える丘公園」に行くなら、昭和町・坪の内町経由で行ける「子規句碑前」バス停の下車を案内されます。しかしここはあえて、宮原経由のバスへの乗車してみましょう。

 宮原経由・鍋桟橋行きのバスは、昭和町経由とほぼほぼ並行しているにも拘わらず、道路は10m以上も高い場所を走るため、車窓からは「歴史の見える丘公園」よりもう一段高い目線で景色を眺めることができるのです。

 眼下に見える鎮守府跡や工業地帯は、かつては2・4万人が働き(明治40年時点)、人口も最盛期には今の倍近く、40万人まで増加したといいます。海軍の職工は働き次第で東京帝国大学(現・東京大学)の工学部卒と同じ地位に就けたようで、北條周作の父・円太郎もその頃の「職工募集」の貼り紙を見て、呉工廠の造機部に就職したのでしょう。(原作マンガ第30回より)。

 その分、戦時中には激しい空襲に晒された地域でもあり、1945(昭和20)年6月22日には約180機のB-29が来襲、工廠の死者は約300人ともいわれています。すずさんは前月の工廠の空襲で海軍病院に入院している円太郎を見舞った帰り、近くの道路脇に落ちていた時限爆弾によって右手を失い、一緒にいた姪っ子・黒村晴美も幼い命を落としています。

 戦後、1950(昭和25)年に施行された「旧軍港都市転換法」によって土地は転用され、「ジャパンマリンユナイテッド」だけでなく海上自衛隊、三菱重工業などの工場群は呉の雇用を長らく支え続けてきました。しかし現在、その一角であった日本製鉄が呉からの撤退を表明、神田造船も新造船から撤退。呉で生まれ育った人びとが他地域への配置転換を余儀なくされる可能性が高く、この街はいま大きく揺れています。

 宮原経由のバスの車窓は、戦中・戦後を通じて歴史に巻き込まれてきた、まさに「歴史が見える丘」からの景色を眺めることができるのです。ただし所要時間は約30分と、昭和町経由の倍近くかかり、山裾でグネグネと登ったり降ったり。年度によっては黒字転換もあるこの路線ですが、乗り心地は少々上級者向けです。

■アニメや「大和」だけじゃない、歴史を考える「聖地」

終点の鍋桟橋バス停には待合所もある

 その先の警固屋・鍋桟橋は、すずさんの幼馴染・水原哲が乗り組んでいた巡洋艦青葉が着底し、戦艦としての使命を終えた場所でもあります。そして目の前の沖合には広島・呉と四国を結ぶフェリーが悠然と航行し、原作第42回ですずさんと近所の刈谷さんが渡船で越えた「音戸の瀬戸」(倉橋島との海峡)を抜けて、松山観光港に向かいます。

『この世界の片隅に』で描かれた場所は他にも実在しており、物語が展開された時代の名残を多く見ることができます。時間のある限りゆっくり巡りながら、「取り返せない歴史がなぜ積み重なってしまったのか」を考えながら見て回るのも良いかもしれません。

(宮武和多哉)

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