『バースデー・ワンダーランド』原恵一監督インタビュー 目指すのは"日本にない新鮮さ"
マグミクス / 2019年4月26日 11時10分
■ファンタジーというものに、あまり興味を持てずにいたんです
原恵一監督といえば、1970年代のライフスタイルを甘美に再現した『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』(2001年)、戦国時代をアニメーション手法でリアルに表現した『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』(2002年)が大絶賛され、その後も『河童のクゥと夏休み』(2007年)をはじめとする感動作を放ってきました。
いずれも、日常生活を丁寧に描くことで、その日常生活の中で起きる非日常的な体験がより鮮やかに観客の心に届いていました。
ところが、2019年4月26日に公開される最新作『バースデー・ワンダーランド』は、自分に自信がない少女の主人公が、現実世界とは異なるワンダーランドを旅するという高純度のファンタジー映画となっています。キャラクターデザイナーの起用を含め、原監督にとって挑戦的な作品になったといえます。映画の公開を控え、原監督にお話を聞きました。
ーー日常生活を描くのが得意な原監督にとっては、初となるファンタジー映画。映画づくりそのものが、一種の冒険だったのではないでしょうか?
原恵一監督(以下敬称略) 僕はどうもファンタジーというものに、あまり興味を持てずにいたんです。それもあって、不安は多少ありました。でも、作り始めたら、これまでやってきたこととそう大きな違いはないように感じられたんです。要は物語の舞台設定が異世界なだけであって、その異世界を冒険するキャラクターたちは、いつもの僕が描くものと違いはなかったんです。
物語を作る上で重要なのは、世界そのものよりも、その世界でキャラクターたちが何をするかですから。そういう点では、戸惑いはなかったですね。
ーー原監督が絵コンテ・演出で参加した『クレヨンしんちゃん アクション仮面VSハイグレ魔王』(1993年)も、野原一家がパラレルワールドで冒険を繰り広げる物語でしたね。原監督がいつか劇場版『ドラえもん』を撮ることになったら、こんな感じの作品になるのかな、なんてことも感じました。
ハハハ、どうでしょうか。今のところ、「劇場版『ドラえもん』の監督を」という話は僕のところには来ていません(笑)。声が掛かったら? う~ん、どうだろう。そのとき考えてみます。
■色彩豊かな”異世界”表現にこだわる
『バースデー・ワンダーランド』ポスター (C)柏葉幸子・講談社/2019「バースデー・ワンダーランド」製作委員会
ーー原監督にとって、SF(すこし・ふしぎ)ワールドを提唱した藤子・F・不二雄先生の作品はやはり大きな存在ですよね。
うん、それもありますが、テレビ版『ドラえもん』(テレビ朝日系)で僕は演出デビューしたこともあり、僕としては長年にわたって『ドラえもん』シリーズに関わってきたことで、やり残したことはそうそうないんですよ(苦笑)。
ーー新鮮さを求めてのファンタジー映画への挑戦でもあるようですね。主人公のアカネ(声:松岡茉優)たちが冒険するワンダーランドは、極彩色に溢れたアニメーションならではの世界です。
そうです。色彩豊かになることはかなり意識しました。アカネたちは、穏やかなケイトウの村や雪に覆われたソコビエの町などを巡ることになる。観客のみなさんが「次はどんな色の世界になるんだろう」と期待してくれるものにしたいなと考えたんです。
現実ではありえない世界をアカネたちに冒険させることで、「あぁ、これがファンタジー作品の良さなんだ」と気づきました。現実に縛られる必要がないし、自由な世界を生み出すことができるのがファンタジーの面白さなんだと、作りながら実感しました。ずっとファンタジーに興味を持てずにいましたが、まぁ、やれば出来るなと(笑)。
■日本のアニメを深く知っていた、イリヤ・クブシノブ
ーー今回はロシア出身のイラストレーターであるイリヤ・クブシノブさんをキャラクターデザインに起用したことも大きなチャレンジだったと思います。
キャラクターデザインをどうしようかと考えていたときに、たまたま入った書店でイリヤの画集『MOMENTARY』(パイ インターナショナル)が目に入ったんです。「あっ、これだ!」と思い、すぐにコンタクトしました。イリヤも日本のアニメ業界で仕事をしたいという願望を持っていたので、それでトントン拍子で決まった。彼は日本文化に精通していて、僕なんかよりも日本のアニメを観ています。日本のアニメ作品のスタッフ名まで、すごく知っているんですよ。
■日本のアニメにはない"新鮮さ"が欲しかった
アカネたちの眼の前にはワンダーランドが広がっている(C)柏葉幸子・講談社/2019「バースデー・ワンダーランド」製作委員会
ーーイリヤさんはInstagramでは大変な人気ですが、日本のアニメーション業界での仕事は初めて。どのようなオーダーを?
彼の画集が気に入っていたので、僕からは特別な注文はしていません。彼が描く女性キャラクターなら、間違いないだろうと思っていましたから。もちろん、どんなプロポーションにするかとか、髪型はどうするかとかなど打ち合わせるために、いろんなパターンは描いてもらいましたけど。
ーー原監督の作品にこれまで登場してきたキャラクターたちは、いわゆるスタジオジブリ風や『エヴァンゲリオン』風のキャラクターとは違いますよね。
そのことは、いつも意識しています。「何々風なキャラ」といったものにはしたくないんです。それで、(『クレヨンしんちゃん』シリーズ以降は)いつもキャラクターデザインは変えてきました。今回も名前のある日本人デザイナーに頼むこともできたと思いますが、今までの日本のアニメにはない新鮮さが欲しかった。その点で、イリヤは僕の中でいちばんフィットしたんです。
ーーイリヤさんは日本のコミックやアニメから影響を受けたこともあり、彼が描く女性キャラクターはとても日本人っぽいけれど、どこかファンタジックな雰囲気を漂わせています。
僕は彼の画集を初めて見たとき、「この人、変わったペンネームだけど、日本人じゃないの?」と思ったんです(笑)。日本人が描いたようにしか見えませんでしたから。モスクワの美術学院出身のロシア人だと知って、驚きました。それもあって、彼がデザインしたキャラクターや彼の世界観をもっと見たいと僕自身が思ったんです。
『バースデー・ワンダーワールド』をご覧になる方は、「こんなの、今まで見たことない!」とワクワクしてもらえると思います。今、イリヤは日本在住で、これからも日本で仕事を続けたいそうです。彼は女性キャラクターが得意なことで知られていますが、実は描ける絵の幅はとても広い。アカネたち主要キャラクターだけでなく、ファンタジー世界のユニークな住人たちも彼が生み出してくれたものです。これまでは毎回のようにキャラクターデザインを変えてきましたが、イリヤには今後も仕事を頼みたいなと思っているんです。
■個人的に好きな水中世界の魅力、作品で膨らませる
旅を通して成長したアカネ (C)柏葉幸子・講談社/2019「バースデー・ワンダーランド」製作委員会
ーーチィおばさん(声:杏)やアカネが巨大な鯉や金魚の背中に乗って、水中を移動していく様子は、躍動感のある楽しいシーン。『河童のクゥと夏休み』でも、主人公の少年と河童のクゥが一緒に川を泳ぐシーンが印象に残っています。水中を描くことに思い入れがあるのでしょうか。
今回はファンタジーの世界を描くということもあって、現実ではありえない設定として考えたものです。水族館に行くと、「巨大なアクアリウムの中に入って泳いでみたい」と思う人もいるんじゃないのかな、それで巨大な錦鯉や金魚に乗れたら、楽しいんじゃないのかな? と。現実では不可能なことがファンタジーの世界なら、可能になるわけです。みんなもやってみたくなるだろうなぁ、と思いながら作ったシーンですね。
ーー原監督は中学2年のとき、水泳部に所属していたそうですね。そういった少年期の体験も反映されているのでしょうか?
確かに中学のときは水泳部で、ずっとプールで泳いでいました。水の世界は個人的に好きですね。水の中に差す光線だとか、水の中の眺めだとか。それに水中っていちばん身近な異世界だと思うんです。とは言っても中学時代は部活で練習に明け暮れていましたから、「水の世界が好きだ」とかは特別意識はしていません。
大人になって日本各地や海外を旅して、スノーケリングをやるようになってからのほうが大きいでしょうね。水の中の世界には惹かれるものがあります。そんな想いを作品の中で膨らませている感じです。
ーーアカネは思ったことを口にできない内気な性格でしたが、異世界を冒険することで少しずつ前向きな性格に変わっていく。ロードムービーとしての見どころですね。
そうですね。とても小さな変化だと思うんです。でも、その小さな変化を自然な形でお客さんに感じてもらうことが、今回の大きなテーマではありました。アカネのささやかな成長に、どれだけの説得力を持たせることができるかがカギでしたね。
■内向的なアカネと旅好きなチィ、対照的な2人の女性
アカネと対照的なチィ (C)柏葉幸子・講談社/2019「バースデー・ワンダーランド」製作委員会
ーー冒険に出る前のアカネだったら、「しずく切りの儀式」という一種の通過儀礼に加わることはできなかったでしょうね。原監督の作品は『河童のクゥ』や『カラフル』(2010年)などクラスであまり目立たない子を主人公にすることが多いですが、原監督自身の少年期を投影しているのでしょうか。
そうかもしれません(笑)。僕もすごく大人しい子どもだった記憶があります。元気いっぱいなキャラクターよりも、どこかモジモジしているキャラクターを描くほうが得意なのかもしれません(笑)。
ーーチィおばさんは、旅好きな性格。原監督も旅好きで、シンエイ動画時代に『エスパー魔美』(テレビ朝日系/1987年)のシリーズディレクターを勤め上げた後、1年間休職して旅をしたそうですね。
アジアが好きで、7か月間ほど東南アジアを回りました。そういった過去の海外旅行の経験は、確実に作品の中に入っていると思います。チィは、学校を卒業した後、普通に社会人をやっている人じゃない。大して儲からないかもしれないけど、趣味と実益を兼ねた仕事を選んだひとりの女性です。
ちょっと変わった女性ではあるけれど、その分だけ何事にも縛られずに自由に暮らし、海外を飛び回っている。内向的なアカネとは、いちばん対照的なキャラクターだと言えるでしょうね。
ーー物静かだけど感受性豊かなアカネと旅好きで常識にとらわれないチィおばさん。どちらのキャラクターも、原監督の中にいる存在だと言っていい?
うん、そう言っていいと思います。大人しいアカネと自由気ままに生きるチィは、どちらも僕の中にいるような気がしますね(笑)。
●『バースデー・ワンダーランド』
原作/柏葉幸子『地下室からのふしぎな旅』(講談社青い鳥文庫)
監督/原恵一 脚本/丸尾みほ キャラクター/ビジュアル/イリヤ・クブシノブ 音楽/富貴晴美
声の出演/松岡茉優、杏、麻生久美子、東山奈央、藤原啓治、矢島晶子、市村正親
配給/ワーナー・ブラザース映画 4月26日(金)より全国公開
(C)柏葉幸子・講談社/2019「バースデー・ワンダーランド」製作委員会
http://wwws.warnerbros.co.jp/birthdaywonderland
●原恵一(はら・けいいち)
1959年群馬県館林市出身。82年にシンエイ動画に入社後、テレビ版『ドラえもん』(テレビ朝日系)の演出、『エスパー魔美』(テレビ朝日系)のチーフディレクターなどを務める。『クレヨンしんちゃん 暗黒タマタマ大追跡』(97年)で長編監督デビュー。『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』(01年)、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』(02年)は大人も号泣する映画として評判となる。劇場映画『河童のクゥと夏休み』(07年)を最後にフリーランスに。以後の監督作に、『カラフル』(10年)、『百日紅 〜Miss HOKUSAI〜』(15年)、若き日の木下惠介監督を描いた実写映画『はじまりのみち』(13年)がある。
(長野辰次)
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