大物監督たちが描いた「夢」がここにあるーー傑作平成アニメ映画10選(後編)
マグミクス / 2019年4月29日 11時10分
■時代の閉塞感を突き破った才能
平成の30年間に生み出された多彩なアニメ映画のなかから、10連休中に観ておきたい「平成アニメ」10作品。今回は後編の5作品を解説します。
●ゼロ年代を覆う閉塞感からの脱出!『マインド・ゲーム』(2004年)
永井豪の伝説的カルト漫画を完全映像化したNetflix配信アニメ『DEVILMAN crybaby』(18年)やアヌシー国際アニメーション映画祭最高賞受賞作『夜明け告げるルーのうた』(17年)で異才ぶりを大いに発揮した湯浅政明監督の監督デビュー作。閉塞感漂うゼロ年代に、その名を刻みました。
ロビン西の同名コミックを原作にしているものの、湯浅監督の表現手法は実写シーンも交え変幻自在。あの世とこの世でさえ、自由に行き来してしまいます。
極めつけは、クジラに呑み込まれてからの怒濤の展開。クジラのお腹の中でのほほんと暮らすことができたものの、一度は死を体験した主人公・西は本気で生きることを求めて死にものぐるいで大脱出を図ります。退屈な日常に呑み込まれることを善しとせず、表現者として全力疾走していくことを宣誓した、力強い監督デビュー作となりました。
尖った作風でコアなファンを獲得した湯浅監督は、森見登美彦原作の『夜は短し歩けよ乙女』(17年)に続く、恋愛ファンタジー『きみと、波にのれたら』の公開(2019年6月)が間近に控えています。どれだけ新しいファン層を開拓するのでしょうか。時代の閉塞感を突き破った湯浅監督は、新しいステージへ向かっています。
●早逝した天才が遺した夢の世界『パプリカ』(2006年)
働き盛りの46歳という若さで亡くなった天才アニメーター、今敏監督の生前最後に公開された作品です。筒井康隆原作のSF小説をベースに、奔放なイマジネーションを炸裂させた快作です。
今監督は、大友克洋監督・監修のオムニバス映画『MEMORIES』(1995年)の一編『彼女の想いで』に脚本・設定で参加した後、サイコミステリー『パーフェクトブルー』(97年)で監督デビュー。入れ子構造で描かれた『千年女優』(02年)は海外でも高く評価され、リアルとフィクションとの境界線上に広がる世界を描くことが得意な監督として知られています。
メタフィクション小説のパイオニアといえる筒井康隆とのコラボ作となった『パプリカ』は、今監督の長年の願いが具現化した渾身作。夢探偵パプリカが冒険へ繰り出す夢の世界は極彩色と官能美にあふれ、観る者をトロトロに陶酔させてしまいます。フェイクニュースや偽装データが飛び交い、現実と噓との境界があいまいになっている現在、よりリアリティを感じさせる内容となっています。
今監督は、劇場アニメとしては『パーフェクトブルー』『千年女優』『パプリカ』、そして『東京ゴッドファーザーズ』(03年)の4作品しか残すことができませんでした。しかし、『パプリカ』の劇中で、これらの作品はもう1本の新作とともに永遠に上映され続けます。『パプリカ』という作品がある限り、今監督が描いた夢の世界は永遠に輝きを放ち続けるはずです。
■ワケあってマイナーになった「幻の名作」
●発掘された幻の名作『マイマイ新子と千年の魔法』(2009年)
単館系で公開された『この世界の片隅に』(16年)が興収27億円のヒットを記録した片渕須直監督。アニメ界の苦労人として知られてきた片渕監督の、もうひとつの代表作が『マイマイ新子と千年の魔法』です。非常に高いクオリティの作品ですが、製作の時点で予算が底をついてしまい、劇場公開時にまったく宣伝できずに幻の作品となってしまいます。
『この世界の片隅に』が観る者を戦時中へとタイムワープさせてくれたように、『マイマイ新子』も郷愁漂う昭和30年代へと誘います。新子は山口県防府市で暮らす空想好きな小学生。自宅前に広がる麦畑には、かつて古い街があったことおじいちゃんに教わり、千年前の世界を生きる少女へと想いを巡らせるのでした。
東京から来た転校生の貴伊子との友情エピソードと千年前の世界とが巧みに交差し、子ども時代の感受性の豊かさを思い出せてくれます。また、昭和30年代を安易に美化することなく、新子たちは痛みを伴う体験も味わうことになります。
昭和30年代の生活をリアルに再現した『マイマイ新子』に片渕監督は手応えを感じ、さらに時流を遡った『この世界の片隅に』の製作に着手。『この世界の片隅に』がヒットしたことで、前作『マイマイ新子』も再評価されることになりました。『この世界の片隅に』を観賞した後は、ぜひ『マイマイ新子』にも手を伸ばしてみてください。歴史とは一本に繋がった時間の流れであることを実感できるはずです。
■監督のアイデンティティを宿した2作品
『ジョバンニの島』(ポニーキャニオン)
●自己矛盾を抱えた巨匠の苦悩『風立ちぬ』(2013年)
大きなパラドクスを抱えた巨匠、それが宮崎駿監督。『もののけ姫』(97年)や『ハウルの動く城』(04年)など平成時代を代表する大ヒット作を放った宮崎監督ですが、反戦を訴える一方でミニタリーマニアであることを隠していません。相反する情念を内包しながらも、天才的なアニメーション能力で観る者を圧倒し、何度観ても容易には咀嚼しきれない魔力が、宮崎アニメには隠されています。
堀越二郎や堀辰雄といった実在の人物をモデルにした『風立ちぬ』は、巨匠の自己矛盾がストレートに発露された作品。美しい飛行機を設計するという夢に取り憑かれた主人公・二郎は、戦争に利用されることを承知の上でゼロ戦の開発にありったけの情熱を注ぐ。その結果、多くの若者たちの命は空に散り、また最愛の女性・菜穂子も失うことになるのでした。
2011年に起きた東日本大震災後に発表された宮崎作品ということでも注目を集め、序盤で描かれる関東大震災で地面や街が波打つシーンの演出は、宮崎監督は関東大震災の体験者なのか……? と思ってしまうほどの迫力があります。
本作の公開後に宮崎監督は引退を表明したものの、現在は新作『君たちはどう生きるか』の製作に取り組んでいます。二郎にとっての飛行機づくりが”呪われた夢”だったように、宮崎監督にとってのアニメーション製作も永遠の呪いなのかもしれません。
●アニメで再現された終戦直後の北方領土『ジョバンニの島』(2014年)
人気ドラマ『北の国から』(フジテレビ系)のディレクター・杉田成道が原作・脚本を担当、押井守作品を長年支えてきた西久保瑞穂監督による珠玉作。旧ソ連軍に占領されることになった北方領土の暮らしを、日本人の少年の視点から描いた実話ベースのアニメーション。声優陣も仲代達矢、八千草薫、市村正親、仲間由紀恵、北島三郎……と超豪華です。
1945年の春、北方四島のひとつ、色丹島で暮らす純平少年は戦時中とは思えないほどのどかな日々を送っていました。ところが、終戦後の9月になってソ連軍が島に上陸し、純平たち家族が棲む家も学校もソ連軍に接収され、生活が一変してしまいます。ソ連軍将校の娘・ターニャと純平が心を通わせるようになるエピソードや、ソ連軍に連行された父のいる樺太の収容所を訪ねるシーンが情感豊かに描かれます。
劇場公開時にほとんど話題にならなかった作品ですが、終戦直後の北方領土の様子を知ることができる貴重な作品です。また、杉田成道が執筆した小説版『ジョバンニの島』では、島から強制退去させられた際の輸送船内の苛酷さや樺太で起きた「真岡郵便局事件」についても触れています。昭和、平成が終わっても、北方領土に「戦後」はまだ訪れていません。
(長野辰次)
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