許せない!『ガンダム』制作スタジオが大迷惑した「セル泥棒」
マグミクス / 2023年3月19日 6時10分
![許せない!『ガンダム』制作スタジオが大迷惑した「セル泥棒」](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/magmix/magmix_144546_0-small.jpg)
■ファン心理につけ込む悪質業者も
今のアニメーションは特殊な場合を除き、そのほとんどはデジタル映像になっています。一方、かつてのアニメーション、特にTV番組として放送されていたTVアニメは、原画、動画という動きを描いた鉛筆画を「セル板」、略して「セル」と呼ばれるプラスチック系樹脂の透明な薄い板に写し取り、専用の特殊な絵の具で色を塗り背景の上に重ねて撮影する、という方法で作られていました。
たとえば、のび太くんの部屋の中で向かい合って話をするドラえもんとのび太くんの場面。ドラえもんとのび太くんは透明のセル板に描かれているので、のび太くんの部屋を描いた背景は透けて見えます。これでふたりが室内にいる画面になり、動画を写し取ったのび太くんやドラえもんのセルの絵を次々と置き換えることで、動くアニメの場面はできあがります。
TVアニメーションには、実写映画のように演じている俳優がいるわけではありません。俳優の代わりがキャラクターの絵なので、セルというのは「俳優のその瞬間そのもの」と考えることもできるわけで、アニメ番組が好きな人にとって、セルは俳優自身と言えるのかもしれません。
だからでしょうか。昔からセルはファンの間で人気のアイテムで、実際に使用された人気キャラクターのものともなれば、ネットオークションなどでも驚くような高値で取引されていることがあります。
しかし、本来セルは映像を作るための「中間生成物」なので、撮影が終われば不要な、いわば「ゴミ」です。まだアニメ番組にファンなどがほとんどいなかった時代には、費用を払ってゴミ処理業者に引き取ってもらわねばならぬものでした。
笑い話ですが、私がアニメに興味を持ちはじめたころなどは、今では高層ビルが建ち並ぶ「夢の島」が産廃処分(埋め立て処分)場だったので「セルは腐らないから、『鉄腕アトム』のセルも掘り出せるかも」なんて冗談を言ったりしたものです。
やがてアニメ番組が人気になりファンの数が増えてくると、なかにはとんでもない不届き者も出てきます。それまでは制作関係者から貰ったり、制作スタジオを訪ねたときにおみやげとして戴いたりするようなものだったセルを、スタジオに忍び込んで盗む「セル泥棒」が登場したのです。
私が仕事をしていたサンライズ(当時)でも『機動戦士ガンダム』のころからセル泥棒の被害が出るようになります。しかし、すでに撮影を済ませたセルならまだしも、知ってか知らずか、撮影前の、これから使うセルを盗んでゆくのですから、たまったものではありません。制作段階でのセルには彩色用指示が入った生動画もセットされているので、ただでさえギリギリスケジュールの制作の中、もう一度、動画段階から作り直さなければならなくなります。
また、廃棄物回収場所にしっかりと縛りまとめて出したものを勝手に持ち去り、別の場所でバラしたあげく、不要なものをあたりに放り出していったため、警察からの連絡で、制作スタッフがその場に引き取りに出かけて回収。再び廃棄作業をしなくてはならなかったこともありました(※)。
※個人、団体問わず、ゴミとして収集場所に出されたものも、ゴミ回収車が回収するまでは出した側の持ち物として扱われます。
ときには徹夜仕事中に仮眠していたスタッフの上を窓から侵入した泥棒が跨ごうとして、気がついたスタッフがその足を掴んだ、なんてことも。やがて仕方なく、スタジオの窓に侵入防止用の鉄柵がつけられ、ちょうど当時、窓際席を使っていたベテラン監督の、故・神田武幸さんは「まるでこっちが牢屋に入ってるみたいだ」と嘆いていました。
結局サンライズでは使用済みのセル画は、広報用などに必要なもの以外は定期的に販売業社に引き取ってもらうという方式になりましたが、こうした犯罪は番組にとってもマイナスにしかなりません。本来応援側にいるはずのファンとは真逆の行為をしていたわけですから。
しかし、最初に記したように、ファンにとってセル画は魅力あるもの。それにつけ込むような事象もありました。当然ですが、デジタル処理で制作されたものにセルはありません。ところがなぜかその映像場面のセル画がネットで販売されていたことがあったのです。
1994年から放送された『機動武闘伝Gガンダム』の前半のエンディングのセル画です。物語のヒロインの耳飾りに映る彼女へのズームが繰り返されてゆくというものですが、あれはデジタルで作られた映像なのでセル画は存在しないはずです。
また、シリーズ半ばに完全にデジタルに移行した『犬夜叉』でも、あるわけのないセル画が出回っていたと聞きます。場面写をプリントアウトでもし、わざわざセルにトレスして作ったのでしょうが、当然ながら許諾なしでの複写販売は違法行為ですし、ただの「偽造品」「レプリカ」ですから、代価にあたいする価値などないでしょう。
このほかにも、イベント展示中に盗まれたこともありましたし、「紛失という形で横流しした」なんて、本当か嘘か解りませんが、哀しい噂が聞こえることもあります。
作品を愛してくださるのは本当にありがたいのですが、ゆがんだ愛情は、制作側にもファンにも、なにひとつプラスになりません。なにより、立派な犯罪なので捕まります。
【著者プロフィール】
風間洋(河原よしえ)
1975年よりアニメ制作会社サンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)の『勇者ライディーン』(東北新社)制作スタジオに学生バイトで所属。卒業後、正規スタッフとして『無敵超人ザンボット3』等の設定助手、『最強ロボ ダイオージャ』『戦闘メカ ザブングル』『聖戦士ダンバイン』『巨神ゴーグ』等の文芸設定制作、『重戦機エルガイム』では「河原よしえ」名で脚本参加。『機甲戦記ドラグナー』『魔神英雄伝ワタル』『鎧伝 サムライトルーパー』等々の企画開発等に携わる。1989年より著述家として独立。同社作品のノベライズ、オリジナル小説、脚本、ムック関係やコラム等も手掛けている。
(風間洋(河原よしえ))
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