【あしたのジョー】梶原一騎作品のヒーローたちが「燃え尽きて終わる」のはなぜ?
マグミクス / 2019年8月15日 10時40分
■現代よりも「生と死」が身近にあった時代
「いつ死ぬかわからないがいつも坂道を登っていく……死ぬ時は たとえどぶの中でも 前のめりに死んでいたい」──星飛雄馬
「ほんのしゅんかんにせよ、まぶしいほど真っ赤に燃え上がるんだ。そしてあとは真っ白な灰だけがのこる……燃えかすなんかのこりやしない……真っ白な灰だけだ」──矢吹丈
「いくら全力を尽くしても幸せになれるとは限らない。それでも全力は尽くすべきだ。それが人間の生きる道だからだ。その精神を俺が今から見せてやる。たとえ勝ち目が無くとも全力を尽くすぞ。死ぬかも知れないが俺はやる」──伊達直人
1966年に『巨人の星』、1968年には『あしたのジョー』、そして『タイガーマスク』を立て続けに発表し、不世出の劇画原作者として一つの時代を築いた梶原一騎氏。1987(昭和62)年1月21日に50歳で逝去するまで、劇画だけでも135以上といわれる作品を世に送り出し、格闘技や映画制作のプロデューサーにまで活動の幅を広げ、社会そのものに影響を与えた存在として知られています。
梶原作品の大きな特徴のひとつが、主人公の多くが「燃え尽きて」物語を終える、という点です。冒頭で紹介したセリフは梶原氏が代表作のなかで描いたキャラクターによるものですが、いずれの主人公もどこか刹那的です。
1936(昭和11)年に当時の東京市浅草区に生まれ、幼少時代は宮崎県に疎開した経験を持つ梶原一騎氏は第二次世界大戦を経験した世代です。戦後の復興期から高度成長期に至る時代を生きた人びとは、今を生きる我々よりも強く「生と死」を身近に感じていたと考えられます。
『巨人の星』の星飛雄馬の父・一徹は戦争経験者であり、戦地での怪我によって衰えた肩をカバーすべく『魔送球』を生み出しています。『あしたのジョー』の丹下段平が隻眼となったのも、戦後のドサ回りで行ったボクシング興行による怪我が理由でした。『タイガーマスク』の伊達直人が『みなしご』であるという境遇にも、やはり戦争の影がちらつきます。
■主人公たちの「生き様」は現代へのメッセージ
『巨人の星』『あしたのジョー』『タイガーマスク』の連載開始から50周年を記念した切手フレームセットが2017年に発売された (画像:ワキプリントピア)
「生きるか死ぬか」の出来事が当たり前だった時代の空気感をそのまま色濃く残すヒーローだからこそ、「燃え尽き」の結末につながっていると筆者は考えますが、今の時代で「命がけ」や「根性」という概念は、ともすれば通用しないのかもしれません。『巨人の星』での星一徹の子育てや家庭での態度を今の時代で「是」とすれば、きっと世間がザワつくことでしょう。
もちろん、暴力はいけませんが、梶原作品に描かれた「根性」や「命をかける」生き様は、「一度きりの自分の人生を、懸命に生きよ」といったメッセージを現代に投げかけている気がします。
ちなみに、全盛期の梶原一騎氏は平均睡眠時間3~4時間、『巨人の星』と『あしたのジョー』を同時期に連載していたため、もうひとつ「高森朝雄」のペンネームを使っていたのは多くの人が知るところです。
1980年代に急速に普及したビデオゲームにおいて、ゲームオーバーになった時点からゲームを再開できる「コンティニュー」の概念が広まりました。このことは、マンガ作品などで一度死んだキャラクターが「蘇る」ストーリー展開にも影響を与えているのではないかと筆者は考えています。
あくまで私見ですが、死者があっさり蘇ってしまう展開には「命の重さ」があまり感じられず、むろん「燃え尽き」ようがありません。その昔のインベーダーゲームでさえ、「コンティニュー」はなく、自機を全て失えば「最初からやり直し」でした。ただ、お小遣いの100円玉をゲーム機に投入し、スコアを伸ばして少しでも長くプレイしようとする努力は、当時の小学生にとっては「命がけ」だったかも知れません。
この原稿を書かせていただいている2019年8月、日本は74回目の終戦記念日を迎えます。そうした時期に「燃え尽き」、「命をかけた」梶原一騎作品のヒーローたちに、心をめぐらせてみる良い機会かもしれません。
(渡辺まこと)
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