50案近くボツ? ジブリの名コピーを生み続けた糸井重里の知られざる苦労
マグミクス / 2023年7月4日 7時25分
■3文字を決めるまでに費やした時間は約4か月……
糸井重里さんといえば、数々の商品や作品をヒットに導いた、名コピーライターとして知られる人物です。その代表作にはスタジオジブリのアニメ作品が多数含まれていますが、すべてが順調にいったわけではなく、並々ならぬ苦労がありました。今回は名キャッチコピーの裏に隠された、知られざるドラマをご紹介します。
1997年に宮崎駿監督の『もののけ姫』が公開された際、糸井さんは「生きろ。」というキャッチコピーを考案しました。短い言葉で作品のテーマを力強く伝える名文ですが、実はこのひとことのためにかなりの苦戦を強いられたといいます。
同作のキャッチコピーについてやりとりが開始されたのは、1995年3月21日のことです。プロデューサーの鈴木敏夫さんが『もののけ姫』の中盤までの展開を糸井さんに伝え、制作が始まりました。
そこで糸井さんが考えた初期案は、「おそろしいか。愛しいか。」「おまえには、オレがいる。」「惚れたぞ。」「ひたむきとけなげのスペクタクル。」などなど……。世間一般に知られている『もののけ姫』のイメージとは、だいぶかけ離れたものばかりです。
糸井さんがキャッチコピーを考えていた時、まだ『もののけ姫』は制作の途中でした。さらに鈴木さんも映画の結末までは伝えていなかったため、映画とストーリーが全く異なる絵本版『もののけ姫』を参考にしながら、コピー作りに着手していたのです。案の定、キャッチコピーの初期案はことごとくボツにされました。
そして制作開始から4カ月後の7月1日、ついに「生きろ。」が案のひとつに浮上します。鈴木さんや宮崎監督からも太鼓判を押され、7月7日にとうとう正式なキャッチコピーとして採用されることに決まりました。
上記のような糸井さんの4カ月にわたる戦いは、ドキュメンタリー作品『「もののけ姫」はこうして生まれた。』のなかで紹介されています。鈴木さんは同作のなかで「(糸井さんは)いつもは1本で終わるのに今回は50本くらい作ってきた」と発言しており、かなりの苦闘だったようです。
当時宮崎監督たちと交わしたFAXのやりとりは2016年に六本木ヒルズで開催された『ジブリの大博覧会』で展示されたこともあり、SNSで来場者の感想と思われる「『惚れたぞ。』とか『ハッピー?』とか、糸井さんの迷走ぶりが見れて面白かった」「天才でも考えすぎて迷走するんだな。『惚れたぞ。』はさすがに笑っちゃう」「逆にたくさんのボツ案があったからこそ、『生きろ。』がいかに飛びぬけたコピーだったかがわかる。これ以上、他にはない言葉」といった声が上がっていました。
■難しすぎてダメ出し!?『火垂るの墓』の名コピー
サツキとメイの父親・草壁タツオの声は、何を隠そう糸井重里さん! 画像は『となりのトトロ』のワンシーン (C)1988 Studio Ghibli
糸井さんの知られざる苦労は、ほかにもまだまだあります。『火垂るの墓』のキャッチコピーは「4歳と14歳で、生きようと思った。」というコンパクトながらメッセージ性の強いものですが、初期案は「これしかなかった。七輪ひとつに布団、蚊帳、それに妹と螢。」と今よりだいぶ異なるコピーでした(鈴木敏夫さんの書籍『ジブリの仲間たち』より)。
その背景には野坂昭如さんの原作小説の出版社で、『火垂るの墓』の製作(出資)を担う新潮社から「難しすぎる」との注文が入り、現在の形に作り直したというエピソードがあるそうです。
ちなみに『ジブリの仲間たち』によると、『となりのトトロ』と『火垂るの墓』は出資者が異なりながらも制作はスタジオジブリが行い、2作品を劇場で同時上映するという異例のスタイルをとっていました。
当然、それぞれがどのように協力していくかさまざまな議論があったそうですが、それを見事に解決したのが糸井さんの存在でした。世間に名が知られ、新潮社からも本を出版している彼なら「みんな黙って言うことを聞くだろう」ということで、ジブリは糸井さんとタッグを組んだといいます。
抜擢の理由には、ちょっとした「大人の事情」が絡んでいたのですが、その後糸井さんが生み出したキャッチコピーは素晴らしいものばかりでした。『となりのトトロ』のキャッチコピー「このへんないきものは、まだ日本にいるのです。たぶん。」も、もちろん発案者は糸井さんです。
ただ、これにもちょっとしたドラマがあり、彼が当初考えた初期案は「このへんないきものは、もう日本にはいないんです。たぶん。」という、トトロたちの存在を否定するような内容でした。しかしこのコピーを見た宮崎監督が、存在を肯定する内容に変更するよう指摘して今の形に至ったといいます。この話は「金曜ロードショー」で『となりのトトロ』が放映された際、同番組の公式Twitterで裏話として紹介され、「今の方が断然いい」とのコメントもついていました。
そして『となりのトトロ』と『火垂るの墓』を結びつける同時上映のポスターに付いたブリッジコピーが、「忘れものを、届けにきました。」です。正反対な内容ながらも、ちゃんと意味が作品にかかっている、秀逸なコピーとなっており、『ジブリの仲間たち』のなかで鈴木さんは「プロの技というものを感じました」と絶賛していました。
ほとんどのキャッチコピーは数文字から数十文字で構成されていますが、いずれも決して簡単には生み出せません。その裏で悪戦苦闘を繰り広げていた糸井さんは、間違いなく「ジブリの仲間」なのでしょう。
(ハララ書房)
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