宮崎吾朗の『ゲド』『コクリコ坂』での父・駿との関係とは 監督としてタイプが違う?
マグミクス / 2023年7月14日 20時25分
![宮崎吾朗の『ゲド』『コクリコ坂』での父・駿との関係とは 監督としてタイプが違う?](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/magmix/magmix_169453_0-small.jpg)
■映画『ゲド戦記』の監督に抜擢されるも、父である宮崎駿監督の評価は……
2006年に公開された映画『ゲド戦記』で監督を務めたのは、宮崎駿監督(以下、宮崎監督)の息子・宮崎吾朗さん(以下、吾朗さん)です。しかし、父親である宮崎監督は、吾朗さんが監督を務めることに猛反対でした。『ゲド戦記』に続き、本日2023年7月14日に「金曜ロードショー」で放送される『コクリコ坂から』(2011年)でも繰り広げられた親子喧嘩についてのエピソードを紹介します。
吾朗さんはもともとアニメーション関係の仕事に就いていたわけではなく、設計事務所で建設コンサルタント、環境デザイナーとして働いていました。『ジブリの教科書14 ゲド戦記』によると、スタジオジブリが「三鷹の森ジブリ美術館」を作る際、吾朗さんが建築や法律に関する専門知識を持っていたため、鈴木敏夫プロデューサーから責任者に抜擢されたそうです。
美術館建設にあたってさまざまな問題が発生したものの、それらを着実にクリアしていった吾朗さんの仕事が評価され、美術館完成後には館長を務めることになりました。その後スタジオジブリが『ゲド戦記』を映画化することが決まったのですが、宮崎監督はその頃『ハウルの動く城』の制作にかかりっきりでした。そこで、鈴木プロデューサーが吾朗さんを監督に推薦したのです。
しかし、『ゲド戦記』の原作は、宮崎監督が長い間愛読し、映像化を熱望していた作品でした。同じく『ジブリの教科書14 ゲド戦記』によると、鈴木プロデューサーが『ゲド戦記』の監督に吾朗さんを推した際、宮崎さんは猛反対したそうです。その際、宮崎監督は「あいつ(吾朗さん)は絵が下手だ」と、辛辣なコメントを放ったといいます。
同著によれば、鈴木プロデューサー自身にも、最初は不安があったそうです。しかし、吾朗さんが描いた「主人公・アレンと竜が見向き合っている絵」は、宮崎監督をも唸らせる出来栄えでした。また、その後吾朗さんが描いた絵コンテも、ジブリのベテランスタッフたちを納得させるほどのクオリティだったそうです。
そしてもうひとつ、吾朗さんには「スタッフをまとめる」才能がありました。圧倒的な才能によって周囲を引っ張っていく宮崎監督とは違い、吾朗さんはスタッフへのきめ細やかな配慮によって、ともに作品を制作する彼らの心をつかんでいったのです。
それまでは「自分だって監督をやりたいのに不公平だ」と、スタジオジブリのスタッフの間でも不満が出ていたそうですが、吾朗さんはそんな空気を、確かな実力と周囲への気配りで、良い方向に変えていきました。
■親子が「協力」して出来上がった『コクリコ坂から』
宮崎駿監督と吾郎さんを追った番組「NHK ふたり/コクリコ坂・父と子の300日戦争~宮崎 駿×宮崎吾朗~ [Blu-ray]」(ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社)
しかし、2011年8月9日に放送されたNHKの『ふたり/父と子の300日戦争』という番組では、吾朗さんによる2作目の監督作品『コクリコ坂から』でも、宮崎監督が「不安と闘っていた」ということが明かされています。宮崎監督は、息子の前作『ゲド戦記』の出来に納得していなかったのです。この番組は2012年にDVDも販売されており、衝突しながらも「映画」を制作することに情熱を燃やすふたりの姿を視聴できます。
前作『ゲド戦記』公開後の5年間の間、三鷹の森ジブリ美術館で色んな仕事をしていた吾朗さんは、その後次回作の構想も練り始め、アスウェーデンの作家ストリッド・リンドグレーンの児童文学『山賊のむすめローニャ』の映画化の企画を勧めますが、途中で行き詰っていたそうです(その後、2014年に『山賊の娘ローニャ』のタイトルでTVアニメ化される)。そんな時、鈴木プロデューサーを通して吾朗さんにマンガ『コクリコ坂から』(佐山哲郎・原作、高橋千鶴・作画)の企画を提案したのが宮崎監督でした。
また、鈴木プロデューサーの著書『天才の思考』によると、宮崎監督はかつて押井守監督や庵野秀明監督と『コクリコ坂から』の映画化を企画していましたが、時代に合わないという理由で見送っていたそうです。ただ、宮崎監督は「二十一世紀に入って以来、世の中はますますおかしくなっている」「日本という国が狂い始めるきっかけは、高度経済成長と一九六四年の東京オリンピックにあったんじゃないか」(『天才の思考』より引用)という観点のもと企画を考え直し、自身でマンガとは違う1963年の横浜を舞台に設定して丹羽圭子さんと共同で映画『コクリコ坂から』の脚本を書いて、それを吾朗さんが監督することになりました。
父親から始まった企画ではあったものの、吾朗さんは同作の絵コンテをひとりで描き上げます。また、『コクリコ坂から』はスタジオジブリ作品では初のファンタジーの要素が一切ない作品となり、吾朗さん本人と被る部分もある「父と子」の物語となりました。亡き父のことを知り、受け入れて、自立していくヒロインの海ともうひとりの主人公・俊に、吾朗さんの姿を重ねた人も多かったのではないでしょうか。
その後、2021年公開のスタジオジブリ初の3DCGアニメ映画となった吾朗さんの3作目『アーヤと魔女』では、同作の企画者でもある宮崎監督が東宝のYouTubeチャンネルでインタビューを受け「本当に手放しで褒めたいくらい」「あれを作るのは大変だったと思います」と、ついに吾朗さんの作品を賞賛しています。吾朗さんは「やっと一人前になったと見てくれたのかもしれない」と、「MOVIE WALKER PRESS」のインタビュー内で喜びを明かしていました。現在は父・宮崎駿監督の10年ぶりの新作『君たちはどう生きるか』が公開され話題になっていますが、今後息子・吾朗さんがどんな作品を作るのかも注目したいところです。
(LUIS FIELD)
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