ジブリも宮崎駿も「映画を作り続ける」が、 長年の「課題」は先送りのままなのか?
マグミクス / 2023年7月27日 7時10分
![ジブリも宮崎駿も「映画を作り続ける」が、 長年の「課題」は先送りのままなのか?](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/magmix/magmix_171402_0-small.jpg)
■最新作は大ヒットも、「後継者問題」解決は簡単ではない?
公開前に、1枚のポスター以外、一切の情報を公開しないという異例の状況のなか、宮崎駿監督の10年振りの新作映画『君たちはどう生きるか』がついに公開されました。
宣伝なしでどれほど集客できるのかに注目が集まっていましたが、ふたを開ければ、宮崎駿のブランド力はいまだ健在で、週末の興行収入ランキングでは、4日間で21億円を超える大ヒットとなり、堂々の1位に輝きました。さすが、日本アニメ界最大の巨人というべきでしょう。
ギャンブルともいえる、非常にラディカルな挑戦をしたスタジオジブリは、今回は一定の成功は収めたと言えそうですが、気になるのはジブリの今後です。かつての引退宣言を翻しての新作制作、そして、一度は制作部門を解体した後に、こうして映画制作を再始動させたスタジオジブリは、これを最後の作品にするのか、それともこれからも映画制作を続ける道を模索するのでしょうか。
スタジオジブリの現社長であり、プロデューサーの鈴木敏夫氏は、これまでも「ジブリの今後」についていくつか発言をしています。
鈴木氏は、ジブリは今後も映画を作り続けると公言しています。2023年6月28日、「金曜ロードショーとジブリ展」開会セレモニーに登壇した際に鈴木氏は、「映画を作り続ける。次の企画も進めている。ジブリの基本である手描きのアニメーションを作ることにこだわっていく」と明確に言っているのです(毎日新聞社「ひとシネマ」/2023年6月28日)。
つまり、ジブリは倒産して潰れない限りは、まだ映画を作り続けることになるのでしょう。また2017年には、宮崎監督と『君たちはどう生きるか』の次の企画について話し合っていると発言もしています。(オリコンニュース/2017年11月30日)
この記事では、制作部門を解体したことも宮崎氏が「たったの二年で、心が変わった」ことを明かしているので、引退そのものがもうなかったことになっているものと思われます。そして、今回は情報を秘匿している関係上、宮崎監督自身のインタビューや会見発言などもほとんどありませんが、引退という言葉は今のところ聞こえてきません。今後も宮崎駿監督の新作が作られる可能性はあるということになるでしょう。
ただ、宮崎監督は今年82歳で、社長の鈴木敏夫氏も8月で75歳になります。中心となる人物の高齢化はジブリの今後を大きく左右するファクターであり、結局のところ、再び「後継者問題」が浮上することになると思われます。
一度は制作部門を解体したのも、後継者になれるような人材がいないからこその決断だったと思われます。宮崎監督の心変わりで再びジブリが映画制作に戻ってきたことは嬉しいことではありますが、以前にあった問題を先送りにしているという側面も否定できません。
■「後継者づくり」を難しくしている根本的要因
そもそも、スタジオジブリは後継者を作るのが、その出自ゆえに困難な面があります。もともと、『風の谷のナウシカ』の成功を受けて、宮崎監督の次作『天空の城ラピュタ』を作る基盤になるスタジオとして設立された会社なので、宮崎監督ありきのようなところがあり、どうしても同氏のクリエイションがブランドの本質になっています。
これまでもジブリの名義で別の監督作品は作られてきました。しかし、多くのファンが「ジブリ」と聞いて想像するものとはやや異なる受け止められ方をしてきたのも事実です。
ジブリというブランドと宮崎駿監督の作家性やセンスのようなものは、分かちがたく結びついているものと考えられます。そうなると、いくらスタジオジブリが存続して別の作家の作品を作っても、「名前だけジブリで中身は別もの」と思われかねないでしょう。
会社としてのジブリは、割と安定経営している会社で、版権事業でしっかり利益を出しているほか、昨年からジブリパークを開いて、テーマパーク事業もスタートさせています。世代を超えて過去作品を浸透させ続け、世界にもきちんと展開していけば、それなりに安定した経営はできそうな気もします。そのなかで、今後の映画制作をどう位置付けていくのか、気になるところです。
少なくとも鈴木氏が「作り続ける」と明言している以上、今後もスタジオジブリ名義の映画は公開されることになるでしょう。
※ここから、映画『君たちはどう生きるか』の舞台設定や登場人物などに関する記述や、映画に対する筆者の感想などが含まれますので、ご注意下さい。
■『君たちはどう生きるか』に感じる既視感と新鮮さ
2013年に引退宣言した『風立ちぬ』から10年後に、『君たちはどう生きるか』が公開を迎えている (C)2013 Studio Ghibli・NDHDMTK
しかしながら、今回の『君たちはどう生きるか』には、なんとなく「これで最後なのかも」という雰囲気が感じられるのも確かです。
本作は、太平洋戦争中の日本が舞台で、母を亡くした少年の心の旅路を描く内容でした。母を火事で亡くし、父と一緒に田舎に疎開することになった少年は、そこで父の再婚相手の母の妹・ナツコさんと出会います。父は、戦闘機のパーツを作っているようで、このご時世でもかなり儲けています。豪華な屋敷に暮らすことになる少年は、居場所を見つけられない様子です。
そんな折、父の再婚相手が行方不明になり、少年は奇妙なアオサギに「母は死んでいない」と、そそのかされるように異世界に迷い込むことになるのです。そこで行方不明になってしまった父の再婚相手と母を探すため、不思議な世界をアオサギと一緒に冒険することになるのですが、この異世界描写の随所に、これまでの宮崎作品を連想させるようなイメージが登場します。それがなんだか、走馬灯のようにも感じられるのです。
作品のタイトルは『君たちはどう生きるか』という、観客に問いかけるような意味合いですが、映画の内容自体は問いかけるよりも、むしろ宮崎監督がこれまで「どう生きてきたのか」を反芻(はんすう)するような、内省的な雰囲気のある内容です。決して外に向けた説教ではなく、内側への旅路のような作品で、混沌とした戦争の時代をどう生きてきたのかを通して、人の生はいつだって混沌としていて、その混沌のなかで生きるしかない。嫌な奴とも共存しないといけないし、自分も狂っているかもしれないけれど、それでも、命の輝きは美しい……そんなことが伝わってくる作品です。
なんとなく、最後のメッセージとしてふさわしい内容にも思えます。
しかし、アニメーション映像を観ると別の感慨も湧いてきます。豪華アニメーター陣による高密度のアニメーション映像がもたらす快楽はやはり随一です。今回は全体の絵のコントロールを作画監督の本田雄さんが行ったということを鈴木氏が証言しているようですが、私たちが慣れ親しんだジブリの絵でありつつも、確かにところどころでこれまでにはない要素もあるように思えます。
実際に、宮崎監督が全く絵をチェックしていないということなないだろうと思いますが、これまでの宮崎アニメとは異なる印象を受けるシーンやカットもありました。例えば、父の再婚相手、ナツコさんの妖艶な大人の女性の色香などは、制作体制の変化で新たな要素が加わっているいるようにも思います。
そうした要素については、好き嫌いもあるかもしれませんが、ここにきて、宮崎作品に新たな要素が加わったとも言えるかもしれません。内容についても、例えば、主人公が父親と再婚相手の口づけの瞬間を隠れて覗いてしまうとか、突然自分の頭を石で傷つけ大量に出血するなど、これまであまりしてこなかった描写も含まれているので、宮崎監督には、まだ引き出しが残っていそうな雰囲気も感じます。
もしかしたら、この制作体制でもう1本作れば、もっと新しい要素が引き出されてもおかしくないのではないか……。そんな印象を抱きました。
「最後の作品」という雰囲気はヒシヒシと感じ取れたのですが、それは『風立ちぬ』の時にもありましたし、宮崎監督はいつだって「これが最後」という覚悟のなかで映画を作ってきたのかもしれません。
後継者問題や、若年層に対するジブリブランドの浸透など、目の前の課題はいろいろありますが、これまでのジブリと新たな可能性の両方を含んだこの作品を観て、「閉じる」にはまだ早いと筆者は感じました。近い将来、ジブリの新作が生まれることを楽しみにしたいと思います。
(杉本穂高)
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