『もののけ姫』宮崎監督のこだわりやキャストの苦労 名女優も悩んだ役作りとは

■実力派女優も「降ろされる」と思った？

　1997年に公開された映画『もののけ姫』には、主人公アシタカ役の松田洋治さんや、ヒロイン・サン役の石田ゆり子さんの他、美輪明宏さん、小林薫さん、森繁久彌さん、森光子さんなどの豪華キャストたちが出演していました。

　経験豊富なベテランが多数揃っていた現場でしたが、宮崎駿監督のこだわりにより、多くの「苦労話」が生まれていたようです。ドキュメンタリー書籍『もののけ姫はこうして生まれた』などでも紹介されている、いくつかのエピソードを紹介します。

●石田ゆり子さん／サン役

『もののけ姫』公開から四半世紀以上の時が立つ現在まで、第一線で数々の作品に出演してきた女優の石田ゆり子さんは、『もののけ姫』のヒロインで、人間でありながら山犬に育てられた娘・サンを演じました。

　サンは自然を破壊する人間のことを憎んでいますが、自身も人間で山犬にはなれないという悲しみも心の内に抱えています。そんなサンが、主人公・アシタカと初めて言葉をかわす場面で、宮崎監督は、人間のアシタカに助けられて憤っているサンを演じる石田さんに対し、サンの「逆上の感情」を表現する必要がある、と指摘します。宮崎監督は「声を腹から出さないと本当の怒りが出てこないから」と言ったそうです。当初、石田さんの声は、のどから出てしまっていました。

　宮崎監督からの指摘を受けた石田さんは、「逆上の感情」を表現しようとしますが、石田さんがサンの感情の激しさを表現しようとすると、全てが同じ調子の言い回しになってしまうという難しさも生まれます。そんな難役を演じきり、苦労を重ねた石田さんは、『もののけ姫』公開初日の舞台挨拶で、「本当に（役を）降ろされるかと思いました」ともコメントしていました。

●島本須美さん/トキ役

　タタラ場の女たちのリーダー格・トキを演じたのは島本須美さんです。島本さんは、『ルパン三世 カリオストロの城』のクラリス役、『風の谷のナウシカ』のナウシカ役や、『となりのトトロ』のサツキとメイのお母さん役など、宮崎駿作品には何度も参加しています。これまでの作品では優しい役を演じていた島本さんは、トキの「ぞんざい」な感じをうまく出せず、苦労を重ねたそうです。

　トキは初登場シーンから、夫である甲六にキツい言葉をかける女性でした。トキの夫・甲六は、山犬に襲われて転落したところをアシタカに救助されるのですが、そんな彼に対してトキが言った「このグズ！！（中略）いっそ山犬にでも食われちまえばよかったんだ」というセリフに対して、島本さんの練習風景を見た宮崎監督はこう述べています。

「無理して勝気を演じてる気がする。……本音で喋ってないような気がする」。その言葉のとおり、島本さんはトキの持つ「ぞんざいさ」を出すのに苦戦していました。

「優しい気持ちはいらない」と言われても、どこか優しさの残ってしまう島本さんに、宮崎監督は「島本さんって何でも人に親切にしなきゃいけない商売だと思ってるのがいけない」と厳しい言葉をかけます。島本さんは苦労を重ね、宮崎監督の求めるトキ像を表現しようとしたものの、最終的に「優しさ」を残したままのトキとなったそうです。

●森光子さん／ヒイ様役

　2012年に亡くなった女優・森光子さんは、アシタカの故郷・エミシの村で巫女を務めるヒイ様の役を演じました。ヒイ様はタタリ神から呪いを受けたアシタカに対し、「「生きる為の旅」という動機を与える重要な役です。

　大ベテランながら、森さんはアニメのアフレコが初めてということで、ガチガチに緊張していたといいます。もともと気品と威厳ある声の森さんに対し、宮崎監督は「下世話な、下町のばあちゃん」のように演じることを要求しました。そのアドバイスに肩の力が抜けたという森さんはその後、本編でも分かる通り、明るさと威厳を兼ね備えた素晴らしい演技を披露できたそうです。

　このように事細かくキャストに指示、アドバイスを出しこだわりを見せる宮崎駿監督の最新作『君たちはどう生きるか』には、山時聡真さん、菅田将暉さん、あいみょんさん、木村拓哉さん、木村佳乃さん、柴咲コウさん、國村隼さん、大竹しのぶさん、風吹ジュンさんなど、そうそうたる面々が出演しています。公開後もパンフレットがまだ発売されないなど、あまり情報が明かされない同作ですが、時間が経てば『もののけ姫』のようにキャストたちの裏話が明らかになるのか、こちらも楽しみです。

（LUIS FIELD）