『SPY×FAMILY』WIT STUDIOが「縦読みマンガ」事業進出はナゼ? 「アニメ制作」との意外な共通点
マグミクス / 2023年8月4日 12時10分
■Webtoon進出の理由は?
『進撃の巨人』『SPY×FAMILY』『王様ランキング』など次々とアニメをヒットさせてきたWIT STUDIOが、縦読みフルカラーマンガの企画制作チームを発足し連載を開始しました。
その第一弾がクリエイター集団のFUZIとタッグを組み制作した『エスティ はじまりの魔法を継ぐ者』です。田舎育ちのポンコツ魔法使いエスティ・ソテルが、都会の魔法学校へ進学し、世界を救う冒険に巻き込まれていくファンタジー作品です。
なぜアニメーション制作会社が Webtoon(ウェブトゥーン)事業に進出したのか? アニメ制作と Webtoon との意外な共通点とは?
そこから見えてくるWIT STUDIOの次の一手も含めて、共同創業者・取締役の中武哲也さん、同作プロデュース担当の田村大輝さん、クリエイティブプロデュース担当の佐藤慧介さんに話を聞きました。
【取材・文=いしじまえいわ、編集=沖本茂義】
左からクリエイティブプロデュース担当の佐藤慧介さん、共同創業者・取締役の中武哲也さん、プロデュース担当の田村大輝さん
●Webtoon 進出の狙いは?
WIT STUDIOは『SPY×FAMILY』『王様ランキング』といったハイクオリティなアクション作品でアニメ好きから絶大な支持を集めるアニメーション制作会社です。さらに『甲鉄城のカバネリ』『GREAT PRETENDER』『バブル』など、「オリジナル作品に積極的に取り組んでいるスタジオ」という一面があり、同社の創業メンバーの一人である取締役・中武哲也さんは「オリジナルのストーリーを世界に届けたい、ということが僕たちの大きなモチベーションです」と同スタジオの作品づくりへの姿勢を表します。
『バブル』メインビジュアル (C)2022「バブル」製作委員会
一方、今回WIT STUDIOが企画・制作した『エスティ はじまりの魔法を継ぐ者』は、縦読みフルカラーマンガであり、「Webtoon」と呼ばれるWebコミックの一種です。
コマの進行が縦方向に連なっており、パソコンやスマートフォンでの閲覧に適している点や、電子媒体での展開を主としている点、フルカラーである点などで日本の通常のマンガと異なります。Webtoonは韓国発ですが、日本でも各出版社・マンガ配信サービスが続々と参入を始めるなど、次世代のエンターテイメントコンテンツとして注視されています。
『エスティ はじまりの魔法を継ぐ者』第1話より
なぜWIT STUDIOは主幹事業である「アニメーション」とはまったく異なる表現ジャンルである、Webtoon事業に進出したのでしょうか。
その理由として、同社の創業メンバーのひとりである中武さんは、第一に「若さ」を挙げます。
マンガはアニメに比べて制作にかかるさまざまな面でのコストが低く、若い人がチャレンジしやすい。それは若いセンスや夢中になれるエネルギーを作品に反映させやすいという事を意味しています。中武さんはこれを端的に「アニメに比べればマンガは10年若返れる」と表現します。
WIT STUDIO共同創業者・取締役 中武哲也さん
事実、『エスティ』は動画や音楽、イラストレーションなどの複合分野で活躍中の若手クリエイター集団・FUZIとの共同で制作されています。若さを作品に取り込むことこそが、WIT STUDIO がマンガ事業に乗り出した一番の理由、というわけです。
FUZI×WIT STUDIO共同プロジェクト作品『The Missing 8』第1話より
とはいえ「若さ」という不確かに思える基準で WIT STUDIO ほどの大手アニメ企業が事業方針を判断したりするものなのでしょうか。
記者の率直な問いに中武さんは「決め手は明確に『若さ』です。これは私個人の考えなどではなく、会社全体の方針です」と明確に答えます。それだけWIT STUDIOが大切にするオリジナルコンテンツやオリジナルストーリーのクリエイティブに「若さ」は不可欠だということでしょう。
■Webtoonと「マンガの神様」との意外な共通点
『エスティ はじまりの魔法を継ぐ者』プロローグより
同じデジタルマンガでも、縦読みマンガである「Webtoon」ではなく、従来の横読みマンガという選択肢もあったはずです。Webtoonを選んだ理由として中武さんは「日本では未開拓な分野でありアニメスタジオが参入する余地が大きいこと」「アニメの制作に類似したところがあり自社の制作手法を活かせること」の2点を挙げます。
たしかに日本では右開きかつモノクロのコママンガのほうが馴染み深い読者が多く、縦読みフルカラーの Webtoon のほうが競合は少ないため、新規参入のハードルは低そうです。
一方で「アニメの制作に似たところがある」とはどういうことなのでしょうか。
『エスティ』のプロデュースを担当する田村大輝さんは「Webtoon について調べる過程でマンガ家の方から教わったことなのですが」と断りつつ、「Webtoon は今のマンガ表現の原点とも言われる、ある作品と表現様式が似ているんです」と説明します。
田村さんが挙げた作品とは、マンガの神様と呼ばれる手塚治虫さんの長編デビュー作として1947年に発表された『新宝島』(原案構成:酒井七馬、作画:手塚治虫、発表時タイトルは『新寳島』)です。同作は当時ベストセラーとなり、スピーディーな展開や映画的な表現手法などさまざまな点で現在のマンガ表現に影響を与えたとされています。
『手塚治虫文庫全集 新寳島オリジナル版』書影(講談社)
「『新宝島』ではコマの幅が均一かつ進行方向が上から下へと一定で、実際に読んでみると映像が流れていく感覚に非常に近い。今のマンガはコマの進行方向や大きさが複雑になっていますが、Webtoon は今のマンガの原点である『新宝島』に近い表現様式なんです」
映像を静止画で再現したのが『新宝島』や Webtoon のスタイルであるならば、アニメという映像作品のエキスパートである WIT STUDIO の手腕は、現在のマンガよりも Webtoon の方でこそ活かせる、というわけです。
●Webtoon とアニメの制作、類似点とアレンジした点
Webtoon の制作工程は、アニメーション制作とどの程度共通しているのでしょうか。
『エスティ』のクリエイティブプロデュースを担当する佐藤慧介さんによれば、同作ではFUZIによる脚本を元にネーム(コマ割りやセリフなどを描いたマンガの下描き)を作成し、そこから線画、彩色の作業に進むのだと言います。
ネームを絵コンテ(動画の構成や演出が書かれた設計図)、線画を原画や動画などに置き換えて考えれば、その「分業体制」はアニメの制作工程と似ています。
「アニメ制作と同様に工程を細かく分けました。最初のラフ画はキャラクターデザインなどメインスタッフが手掛け、清書をお願いし、その後に再びキャラクターデザインの方にキャラクターの表情などに修正を加えていただきました。この流れもアニメの作画監督制に似ています」
エスティのキャラクター設定画
また、集団作業をスムーズにするためにイメージボードやキャラクター設定、背景設定等も事前に準備していると言います。この点もマンガよりむしろアニメの制作に近しいでしょう。アニメの分業による制作ノウハウをそのまま Webtoon 作りに活かしている印象です。
作中舞台のひとつノヴァ・シティ駅外観を描いたイメージボード
一方で、アニメと異なる工程もあります。
「色の付け方については工夫が必要でした」
佐藤さんによれば、アニメの着彩の場合、特殊なソフトウェアを使い線画に色を塗る工程(仕上げ)を経て、さらに質感などを足す処理工程(撮影)という二段階の作業ステップがあると言います。これを Webtoonの制作で再現しようとした場合、使用するソフトウェアを制限してしまうため作業者が限定されてしまい、さらに工程を2ステップ分用意する必要もあるため、コストやスケジュール面での負荷が大きいことが分かったのだと言います。
そのため『エスティ』では、ネームを設計したスタッフが色彩設計も兼任し、その方針に準じて着彩担当がさまざまなソフトウェアを用いて一括して色を付けるという形が採られました。
「これによって、ある程度クオリティラインを維持しながらアニメ的な塗りとは異なる色表現ができるようになりました。アニメのやり方に完全に寄せてしまうと発展性がありませんから、意図的にイラストレーターの方々に入ってもらうようにした、という面もあります」
『エスティ はじまりの魔法を継ぐ者』第6話より
単に効率を求めた結果アニメと同じ制作工程になったのではなく、新たな作品作りを目指したいという思いを前提に制作方法も試行錯誤していることが伺えます。
●Webtoon作りは「伸びしろしか感じない」
Webtoon の可能性について、田村さんは「演出面ではまだまだできるな、と感じます」と答えます。工夫した箇所が逆に見づらくなっていたり、伝えたいことが伝わっていなかったりなど、さまざまなフィードバックを受ける中で課題が見つかり、それに対する解決策も次々と生まれているのだと言います。
「“面白い”には正解がなく無限大で、『伸びしろしかない』というのが正直なところです」(田村さん)
『エスティ』の魅力について、佐藤さんは「魔法学園やSFガジェット的なものが好きな方には特に楽しんでいただける作品になっていると思います。エピソードを重ねるごとに作り手側も Webtoon の表現に慣れてきて、自信のある回連発になっています。キャラクターたちの掛け合いも含めて、ぜひ応援していただけたらと思います」とファンに訴えます。
なお、Webtoon への挑戦は『エスティ』だけで終わりではなく、続く作品を既に複数準備中とのこと。
「『週刊少年ジャンプ』でもそうですが、たくさんの作品や作家さんが連載をすることでその中からヒット作が生まれてきますよね。ですから作品をたくさん作り続けることがまず大切だと考えています」(中武さん)
■ファンの意識の変化が新たなオリジナル作品を生む
WIT STUDIO共同創業者・取締役 中武哲也さん
WIT STUDIO に大きな価値をもたらしたというWebtoon事業参入。一方、主幹事業である「アニメーション制作」についてはどのような展望を抱いているのでしょうか。
中武さんは、自社の強みであるアニメーション制作力を活かしつつ、さまざまなパートナーと組むことで互いの強みを活かしつつ、国内だけでなく「世界中に作品を届けたい」と語ります。
世界展開を後押しする背景として、海賊版や違法視聴が横行していたひと昔と比べて、海外アニメファンの意識の変化があると分析します。日本のファンと同じように、きちんと正式なサービスで見たい、本物のグッズが欲しいと考える海外ファンが増えていると言います。
「海外での売上げが見込めるようになったことで、制作前の段階である程度の試算が出来るようになりました。それによって私たちもよりチャレンジングな作品づくりに取り組むことができるようになったのです」
ファンの意識が変わり適切な収益が作り手に還元されることが作り手の力になる、という好循環が生まれているようです。
先日発表され話題を集めた、ワーナー ブラザーズ ジャパン×WIT STUDIOのタッグで世界に打ち出すオリジナルアニメ『異世界スーサイド・スクワッド』 キャラクターデザイン原案/天野 明 Suicide Squad and all related characters and elements (C) & TM DC (C) 2023 Warner Bros. Japan LLC
また近年、爆発的なヒットを飛ばすアニメ作品が注目を集めていますが、その多くが「マンガ原作もの」です。アニメーションスタジオとして確実にヒットを狙うのであれば、原作もののアニメを手掛けるのが手っ取り早い、という考えに至りそうなものです。
しかし、WIT STUDIOはアニメにおいてもオリジナル作品への挑戦を継続すると力強く語ります。
「やっぱり(WIT STUDIO のスタッフは)クリエイターですから、自分が面白いと思う新しい物語を生み出したい、という気持ちをみんな持っているはずです。オリジナル企画はハードルも高いですが、働いている仲間たちの希望になるような企画をたくさん生み出していきたいですね」
(いしじまえいわ)
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