「24時間テレビ」の裏側は地獄だった? 手塚治虫アニメ『バンダーブック』の最恐エピソード
マグミクス / 2023年8月16日 19時10分
![「24時間テレビ」の裏側は地獄だった? 手塚治虫アニメ『バンダーブック』の最恐エピソード](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/magmix/magmix_177172_0-small.jpg)
■「アニメスペシャル」第1弾として視聴率28%を記録
夏の風物詩として、日本テレビ系で毎年8月にオンエアされる「24時間テレビ 愛は地球を救う」は、すっかりおなじみとなっています。チャリティーキャンペーンを主体にした特別番組として1978年に始まり、2023年は8月26日(土)から27日(日)にかけて放送されることが決まっています。
長時間の生放送番組として毎年さまざまな反響を呼ぶ「24時間テレビ」ですが、記念すべき第1回放送で番組最高視聴率を弾き出したのは、「アニメスペシャル」として手塚治虫氏が総監督を務めた『100万年地球の旅 バンダーブック』でした。1978年8月27日、日曜日の午前10時から正午まで放映され、視聴率28%を記録しています。
夏休み中の子供たちは、長編アニメの新作をテレビで無料視聴できることに大喜びでした。以来、「アニメスペシャル」は「24時間テレビ」の目玉番組となったのです。しかし、その舞台裏は「愛は地球を救う」というキャッチコピーとは裏腹に、生き地獄のような日々だったことが知られています。
■アニメの夢を諦められなかった「マンガの神さま」
「マンガの神さま」と呼ばれる手塚治虫氏ですが、1970年代は波乱続きでした。国産初となるテレビアニメシリーズ『鉄腕アトム』(フジテレビ系)などの大ヒット作を生み出したアニメスタジオ「虫プロダクション」は、1973年に倒産してしまいます。アニメ制作による赤字を、手塚氏はマンガ執筆の原稿料で補填していたのですが、やはり限界がありました。
しばらくは本業であるマンガ執筆に専念していた手塚治虫氏でしたが、医療マンガ『ブラック・ジャック』などのヒット作を放ち、再びアニメ制作への意欲を燃やすようになります。「24時間テレビ」内で、世界初となる2時間の新作アニメを放送するという企画に、手塚氏は魅了されてしまったのです。
手塚治虫氏が原案・総監督を務めた『100万年地球の旅 バンダーブック』は、宇宙を舞台にしたSF冒険ストーリーです。宇宙船の爆破事故から逃れた人間の赤ちゃんが、ゾービ星の王と王妃のもとでバンダーと名付けられ、たくましく育つことに。やがてバンダーは自分の生い立ちを知り、故郷・地球への帰還を目指す……という王道的な英雄譚でした。ブラック・ジャック、ヒゲオヤジ、写楽といった手塚マンガの人気キャラたちが意外な役で登場し、奇想天外な物語を繰り広げます。
この作品が好評を博したことから、その後も『海底超特急マリン・エクスプレス』『フウムーン』『ブレーメン4 地獄の中の天使たち』……と、手塚アニメが毎年オンエアされたのです。
■まさか! 放送2か月前になっても、白紙状態
『バンダーブック』の翌年、24時間テレビで放映された『海底超特急マリン・エクスプレス』DVD(ジェネオン・ユニバーサル)
多くの視聴者を楽しませた「アニメスペシャル」ですが、その制作現場は過酷さを極めました。このあたりの事情は、実録マンガ『ブラック・ジャック創作秘話 手塚治虫の仕事場から』の第1巻「アニメ地獄」で詳しく語られているので、ぜひ手に取ってみてください。
アニメスペシャル第1弾となった『バンダーブック』は、原作者である手塚治虫氏自身が脚本なしで、絵コンテから手がけることになっていました。しかし、当時の手塚氏はマンガの連載を8本抱えており、放送2か月前になっても、絵コンテはほぼ手づかず状態でした。原画を依頼していた外注先のアニメスタジオからは、苦情が殺到します。そんな不穏な状況のなか、「手塚プロ」の制作担当デスクが失踪してしまいます。
白紙状態の原画パートは、手塚治虫氏がみずから描き、驚異的な集中力でリカバーしていきました。しかし、本当の生き地獄はここから始まったのです。放送日まで1か月を切りながら、ようやく完成したシーンに対し、手塚氏は「リテイク(描き直し)」を何度も命じたのです。最後の3日間、スタッフは完全徹夜だったそうです。
当時、「手塚プロ」で漫画部のアシスタントを務めていた漫画家の石坂啓さんのエッセイ集『お金の思い出』を読むと、「会社に出入りするアニメ部の人員はピークを迎えており、朝出社するとビルの廊下にそのままゴロンと倒れて眠っている人たちがいっぱいいた」と、疲れ切ったスタッフたちがマグロのように床に転がって寝ていたことが語られています。
■宮崎駿監督が述べた追悼の言葉
翌1979年に放映された『マリン・エクスプレス』は、さらに恐ろしい伝説が言い伝えられています。放送日当日を迎え、すでにアニメスペシャルの放送が始まっていたにもかかわらず、後半パートの作業がまだ行われていたそうです。
スタッフはもちろん、日本テレビの放送関係者たちも生きた心地がしなかったのではないでしょうか。どんなに納品日が、いや放送時間が迫っていても、決して妥協しようとしなかった手塚治虫氏のこだわりが恐ろしく思えてきます。
毎年のように殺人的スケジュールを「手塚プロ」のスタッフは味わったわけですが、誰も手塚治虫氏を責めることができませんでした。マンガの連載も抱え、いちばんハードなはずの手塚氏がどのスタッフよりもいちばん働いていたからです。「働き方改革」が進む現代から見れば、あまりにも問題の多すぎる職場です。でも、当時のスタッフたちは「神さま」手塚治虫と一緒に仕事ができることが、とてもうれしかったと振り返っています。
手塚治虫原作によるアニメスペシャルは、1989年8月に放映された『手塚治虫物語 ぼくは孫悟空』まで計9本が制作され、手塚氏はその構想中だった1989年2月に60歳で亡くなっています。
手塚治虫氏を追悼した雑誌「Comic Box」1989年5月号にて、『魔女の宅急便』(1989年)の公開を控えていた宮崎駿監督はしんらつさを交えながらも、最後を次のような言葉で締めています。
「亡くなったと聞いて、天皇崩御のときよりも“昭和”という時代が終わったんだなと感じました。彼は猛烈に活動力を持っている人だったから、人の三倍位やってきたと思う。六十歳で死んでも百八十歳分生きたんですよ。天寿をまっとうされたと思います」
手塚治虫氏は、その生涯を全力で生きたことは間違いありません。夏が来るたびに、『バンダーブック』をはじめとするアニメスペシャルのことが思い出されます。
※2023年7月28日から、手塚プロダクション公式YouTubeチャンネルで『100万年地球の旅 バンダーブック』前編が限定公開中です。
(長野辰次)
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