『ガンダム』他サンライズ作品のクレジットでよく見る「矢立肇」って何者? 謎の企画者の正体
マグミクス / 2023年10月9日 6時10分
■サンライズの「謎の企画マン」
現在「バンダイナムコフィルムワークス」となったサンライズが長いあいだ「サンライズ」という一社独立で数々のアニメーション作品を世に送り出していたことは、多くのアニメファンがご存じのことと思います。
1976年に、それまで事実上の東北新社の下請け的な立場だった「創映社」「サンライズスタジオ」のスタッフが、新たに設立させた「日本サンライズ」(後にサンライズ)。その記念すべき第一作がファンの間で伝説となっている1977年作品『無敵超人ザンボット3』。そして1979年に三作目として送り出したのが、ご存じ『機動戦士ガンダム』です。
これら『ザンボット』から始まる、数々の「ガンダム」シリーズ、『伝説巨神イデオン』『装甲騎兵ボトムズ』『聖戦士ダンバイン』『銀河漂流バイファム』、「魔神英雄伝ワタル」シリーズ、『勇者エクスカイザー』以後の「勇者シリーズ」『絶対無敵ライジンオー』に続く「エルドランシリーズ」等々、1980年代から2000年代を彩るたくさんの作品のオープニングには、必ず「企画 矢立肇(やたてはじめ)」という文字が表記されています(ただし『ザンボット』のみ「企画 日本サンライズ」表記)。
しかし、監督や作画などのスタッフはイベント等メディアに登場することはあっても、サンライズ作品のほぼすべてに名を刻んでいる「矢立」という人物が登場したことはありません。
実は「矢立肇」というのは、その作品企画に携わった複数の人々を総称した、いわば「サンライズ企画室(部)のペンネーム」なのです。
たとえば『ガンダム』の場合、企画アイデアには、当時の企画部部長、企画室デスク、富野由悠季(当時は喜幸)監督、作画ディレクターの安彦良和、シリーズ構成の星山博之、SF考証と脚本の松崎健一他、様々な人々が参加協力したことで成立しています。
しかし当時のスタッフタイトルは、すべて手書きで、表記する文字数にも限りがありました。さらに権利の関係もあり、当時のTV番組では、こうした「共同ペンネーム」というのは珍しいことではありませんでした。
たとえば、東映の特撮シリーズや、当時のサンライズが下請け製作を担っていたアニメ番組のオープニングに表記されている「八手三郎(はってさぶろう)」さんも、ほぼ同様です(ただ、その成立や詳細にはそれぞれ違った経緯があります)。
サンライズの場合は『ザンボット』を経て『無敵鋼人ダイターン3』を放映するに当たり、企画室のペンネームを作ることに決め、当時の企画室デスクと部長等が相談。俳人、松尾芭蕉が有名な「奥の細道」の第一歩を踏み出した地に刻んだ「矢立(やたて)のはじめ」にちなんで名付けました。
これには「新たな会社を立ち上げ、これから多くの苦難に満ちているだろう細く長い道を一歩一歩歩んでゆこう」という創立者たちの決意が込められていますし、同時に「やったぜ! 初めて!」というシャレもあったのだそうです。
■「矢立肇」の中心となった人物
『無敵超人ザンボット3』DVDメモリアルボックス(バンダイビジュアル)
ただし、内情を知るものとして記しておきたいのは、この矢立肇は、その中心となった初代企画部長の、故・山浦栄二その人を指す名前でもあったということです。
後に、三代目の社長となった山浦さんは、私も所属していた企画部のボスであり、サンライズの独立前から、オリジナル作品の『0(ゼロ)テスター』や『勇者ライディーン』を企画発案し、以降、続いていく上記を含むたくさんの作品の成立の根幹を担ってきました。
やがて、経営側の職務が増え企画に関わる時間がとりにくくなった山浦さんに代わり、80年代後半からは、彼が育てた次世代が企画を引き継ぎ、二代目・矢立として前述の『ワタル』や『機甲戦記ドラグナー』「勇者シリーズ」「エルドランシリーズ」等々の企画を発案して行くことになります。
もちろん、この次世代作品でも、矢立の名前の中には、企画に参加協力した幾人ものクリエイターが含まれています。
作品によっては、「原作」という別の表記で個人名が出ている人もいますが、TVアニメの「企画」は、決してひとりのクリエイターだけでなし得るものではなく、多くの人々がいてこそ成立出来るものであること。そこにはその「芯」となるものが存在したことを、当時のサンライズは大切にしていたのです。
つまり「矢立肇」は、サンライズのオリジナル作品の代名詞であり、矢立がいてはじめて「オリジナルのサンライズ」は存在できたともいえるのです。
もし、あなたがサンライズ作品を応援してくださっていたなら、ぜひ、この「矢立肇」の名もご記憶いただけたらと思います。
【著者プロフィール】
風間洋(河原よしえ)
1975年よりアニメ制作会社サンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)の『勇者ライディーン』(東北新社)制作スタジオに学生バイトで所属。卒業後、正規スタッフとして『無敵超人ザンボット3』等の設定助手、『最強ロボ ダイオージャ』『戦闘メカ ザブングル』『聖戦士ダンバイン』『巨神ゴーグ』等の文芸設定制作、『重戦機エルガイム』では「河原よしえ」名で脚本参加。『機甲戦記ドラグナー』『魔神英雄伝ワタル』『鎧伝 サムライトルーパー』等々の企画開発等に携わる。1989年より著述家として独立。同社作品のノベライズ、オリジナル小説、脚本、ムック関係やコラム等も手掛けている。
(風間洋(河原よしえ))
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