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「原稿料では生活費すら賄えない」 漫画家の「収益構造」は現在どうなっているのか?

マグミクス / 2023年11月14日 20時10分

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■原稿料だけで家やクルマが買える時代もあった

 2023年11月1日、あるニュースがマンガ業界で話題になりました。「週刊少年ジャンプ」が漫画家に支払う原稿料を開示したのです。

 実は、マンガ業界で原稿料の額面を公表することは、あまりありません。だからこそ、マンガ雑誌を牽引する位置にある週刊少年ジャンプの開示は、多くの人に驚きを与えました。

 公表の場となったのは、他雑誌連載経験者を対象とした連載・掲載説明会の公式サイトで、そこで初連載・初読み切り掲載の新人作家の場合は、モノクロ1ページが1万8,700円(税込)以上、カラー1ページが2万8,050円(税込)以上。デビュー済みの漫画家さんで、他誌での原稿料がそれ以上の場合は、応相談。さらに連載開始時には専属契約金を伴う1年間の専属契約を結ぶことも可能と、詳細な条件が記されていました。

 筆者は出版業界の末席に加わり四半世紀になります。その間に見聞した限りでは、掲載ペースが週刊か月刊でも異なりますが、新人作家であればページあたりモノクロで1万円前後というケースが多かったように記憶しています。

 実際、SNS上では他誌で連載している漫画家さんで、自分の原稿料より高いと記している方もいました。

 その一方で、先日、漫画家さんたちが原稿料だけでは、生活費やアシスタント代を賄うことができないと嘆くニュースも話題になりました。そこで本記事では、過去の文献や関係者の発言から、原稿料や単行本の印税といった漫画家さんの「収益構造」の変遷について考えてみたいと思います。

 現在、漫画家さんの主な収入源は、雑誌連載時の原稿料と単行本化時の印税です。しかし連載漫画の単行本化が一般化する1960年代くらいまでは、漫画家さんの収入はほぼ原稿料のみでした。

 石ノ森章太郎先生は『トキワ荘の青春―ぼくらの漫画修行時代』のなかで、1954年に始まったデビュー作『二級天使』では「原稿料は、一枚七五〇円だった」と記しています。しかし、これは当時としても安かったようで、1956年に活躍の場を講談社の「少女クラブ」に移した際、1000円にアップしたそうです。

 1950年代の大卒の初任給が1万円前後と言われていますから、およそその10分の1にあたります。また当時、漫画雑誌は月刊がメインで、現在ほど緻密な描き込みも少なかったため、アシスタントさんなしで描くことも可能でした。

 速筆で知られる石ノ森章太郎先生は、一晩に20枚描くこともあったそうですから、1日で新人会社員の2倍の収入をあげることもできたのです。当時、大手出版社で連載していた漫画家さんは原稿料だけで家や自家用車を買えるほどの収入があったと言われていますが、それも納得できます。

 ところが1960年代から1970年代にかけて、マンガ業界はふたつの大きな転換点を迎えます。そのひとつが週刊少年マンガ誌の誕生です。

■週刊マンガ誌の台頭で「アシスタント」が必須に

 1959年の「週刊少年サンデー」と「週刊少年マガジン」を筆頭に、1963年には「週刊少年キング」が、1968年には「少年ジャンプ」、そして1969年に「少年チャンピオン」が創刊されました。

 これにより1か月あたりのマンガの掲載枚数が大幅に増加します。たとえば月刊誌時代は1話あたり20ページだとすれば、週刊誌では4倍の80ページになったのです。また1960年代は劇画ブームからの流れで、こうした週刊少年マンガ誌にも緻密な描き込みが求められるようになりました。そのため週刊誌で連載する漫画家の多くは、その作業量の増加に対応するため、複数のアシスタントを常駐させるようになっていきます。

 竹熊健太郎さんの『マンガ原稿料はなぜ安いのか』のなかに、1967年に月刊誌でデビューした漫画家さんの原稿料が、1ページ3000円だったと記されています。週刊誌連載の場合はもう少し多いかもしれませんが、1960年代後半の大卒の初任給がおよそ3万円であったことを考えると、1950年代から1960年代にかけて物価とマンガの原稿料は、ほぼ連動して上昇していたといえます。

 アシスタント導入による人件費の増加も、毎月の掲載枚数が増えたことで補填されていたのです。このあたりまでが、漫画家が原稿料だけで暮らしていけた時代といえるでしょうか。

■「原稿料」と「単行本印税」 収入源はふたつになったが?

漫画家の佐藤秀峰氏が連載時の原稿料を著書で明かした、『海猿』第1巻(小学館)

 続いて1970年代になると、現在も一般的となっている連載作品の単行本化が普及していきます。それまでも「貸本マンガ」など描き下ろしの単行本はありましたが、よほどの人気作でも雑誌に載った作品が単行本化されることは稀でした。もとより児童向けの読み物として発展したこともあり、雑誌で読んだものを単行本で買う読者がいるとは、出版社は考えていなかったのです。特に大手出版社は、雑誌自体の売れ行きが好調で黒字だったため、単行本を軽視していた風潮がみられます。

 そんな折、1968年にコダマプレスの「ダイヤモンドコミックス」、朝日ソノラマの「サンコミックス」、秋田書店の「サンデーコミックス」、小学館の「ゴールデンコミックス」などの単行本レーベルが立ちあがります。

 これらのレーベルから発売される作品は、すでに連載が終了して当時の時点で名作と評価されているものがほとんどでした。しかし週刊少年キングや週刊少年マガジンでの連載を経て、秋田書店の雑誌『冒険王』で連載を始めていた石ノ森章太郎先生の『サイボーグ009』が、サンデーコミックスから出て大ヒットしたことをきっかけに、マンガ雑誌を持つ大手出版社も連載作品の単行本化に、積極的に取り組むようになります。

 これによって漫画家さんは、1970年代には連載時の原稿料と単行本の印税という、収入の「両輪」を持つようになったのです。

 その後、1980年代から1990年代前半にかけて社会全体の好景気に伴い、マンガ業界も雑誌・単行本とも好調に売れ行きを伸ばしていきます。現在に至るマンガブームの始まりです。

 1984年にはマンガ雑誌の総発行部数が10億部、単行本の販売金額が1000億円の大台を突破。創刊号の発行部数が 10万5000 部であったという「週刊少年ジャンプ」は、1980年には300万部、1989年には500万部、そして1994年には歴代最高の653万部の公式発行部数を記録し、新聞の全国紙よりも売れているマンガ雑誌であるとニュースになりました。

 おそらく、物価と原稿料の上昇が連動しなくなったのは、この時期だと思います。残念ながら70年代から80年代にかけて具体的な原稿料の額について触れている文献は見つからなかったのですが、これまでの大卒の初任給と原稿料の関係で考えれば、1989年の大卒初任給の平均はおよそ16万円、1999年の大卒初任給の平均はおよそ20万円なので、新人漫画家さんの原稿料の相場は90年代には1万6000円、2000年代以降は2万円になっているはずです。

 しかし、実際のところ原稿料がそのように上昇した形跡は見当たりません。『LIAR GAME』などで知られる甲斐谷忍先生は、冒頭の週刊少年ジャンプの原稿料モノクロ1ページ1万8,700円について、自身のX(旧Twitter)アカウントで「自分が新人の時の3倍近くになってる」と記しています。甲斐谷先生は1994年に週刊少年ジャンプで『翠山ポリスギャング』で連載デビューされていますから、当時の原稿料は1ページ6500円前後でしょうか。

『ブラックジャックによろしく』などで知られる佐藤秀峰先生は、『漫画貧乏』のなかで1999年の連載デビュー作『海猿』の原稿料は1ページ1万円だったと記しています。

 昨今でも、週刊少年ジャンプのアプリ「少年ジャンプ+」が開示した原稿料は、新人作家で連載はモノクロ1ページ1万2000円以上、読み切りでモノクロ1ページ9000円以上。
小学館のマンガサイト、やわらかスピリッツの公式Xアカウントも、週刊少年ジャンプの開示を受けて、新人漫画家さんも他誌でそれ以下の原稿料だった人も、連載時は1ページ1万円の原稿料を保証する旨を投稿しました。

 これら6500円から1万円という額は、1970年代の半ばから末にかけて、ちょうど連載漫画の単行本化が一般化していく時期の、大卒初任給の10分の1にあたります(ちなみに、2022年の大卒初任給の平均はおよそ23万円です)。

■単行本の売上に頼る「収入構造」現在まで続く?

 ここから先は推測になりますが、単行本化が一般化し始めた頃、その売れ行きが好調だったので、原稿料より印税面の収入を重視する風潮が生まれ、原稿料の金額は当時の額面が定着して現在に至っているのではないでしょうか。

 しかし、その後の社会全般の不景気と、マンガ単行本の刊行点数の著しい増加によって、現在単行本の売れ行きは一部のメガヒット作と、多くの少部数作品に両極化しています。

 1970年代の劇画ブームと1980年代のマンガブームを経て、マンガにより緻密な描き込みや専門的な表現が求められるようになると、月刊誌や隔月誌でもアシスタントさんは必須となり、連載時の原稿料はアシスタントさん代やその他の諸経費で消えてしまい、自身の生活費は単行本の印税で補填するという漫画家さんも出てきました。

 冒頭でも触れた、こうした原稿料だけでは生活費やアシスタント代を賄うことができないという漫画家さんたちの声は、かつての単行本の売上が好調だった時代をベースにしたビジネスモデルを背景にしたものといえるでしょう。

 もちろん編集部側も、ただ手をこまねいているだけではありません。以前のように漫画家さんの収益を雑誌連載の原稿料主体にするような値上げはできないとしても、Webサイトやアプリでの各話売りといった販売形態や、作品の閲覧数と連動した広告収入など、インターネットを中心に漫画家さんの新たな収益を生み出す取り組みが進められています。

 現在は、雑誌での原稿料と単行本の印税が両軸となった1970年代に匹敵する、ビジネス構造の転換期なのかもしれません。ひとりでも多くの漫画家さんが時代に即した収益を得られ、充実した作家活動を続けられるようになることを願います。

※参考・引用文献:
『トキワ荘の青春―ぼくらの漫画修行時代』石ノ森章太郎(講談社文庫)
『マンガ原稿料はなぜ安いのか』竹熊健太郎(イースト・プレス)
『漫画貧乏』佐藤秀峰(PHP研究所)

(倉田雅弘)

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