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長編アニメ『幸福路のチー』のソン監督、制作基盤のない台湾で「独自のアニメ」を創造

マグミクス / 2019年11月29日 17時10分

長編アニメ『幸福路のチー』のソン監督、制作基盤のない台湾で「独自のアニメ」を創造

■『ガッチャマン』に夢中な少女が主人公

 タピオカティー、豆花、マンゴーかき氷……、台湾には日本人好みの美味しいスイーツがいっぱい。東日本大震災の際には、台湾から多額の義援金が送られました。台湾は親日国として知られ、日本からの観光客は過去最高を記録しています。

 日本人が親しみを覚える台湾で、女性監督が撮った1本の長編アニメーションが話題を集めています。京都大学への留学経験もあるソン・シンイン(宋欣穎)監督の半自伝的映画、『幸福路のチー』(2019年11月29日より全国順次公開)です。

 1975年生まれの女の子・チーが大人へと成長していく物語ですが、シンプルなキャラクターデザインは、日本人が見てもどこかノスタルジックさを感じさせます。その一方、日本人があまり知らなかった台湾の現代史が、チーの目線を通してリアリティーたっぷりに描かれ、とても見応えのある上映時間111分となっています。

 物語の舞台となるのは、台北の郊外に実在する「幸福路」という下町です。近くには工場が並び、川には廃棄物が散らかり、決して環境のよい街ではありません。裕福ではないチーとその両親は、「幸福路」での新生活をスタート。1949年から続いた戒厳令が1987年にようやく解かれ、民主化へと進んでいく変動の時代を生きることになるのです。

『ガッチャマン』のテーマを歌う、小学校時代のチーたち。劇場アニメ『幸福路のチー』 より

 中華圏の現代史と聞くと小難しく感じてしまうかもしれませんが、そこは想像力旺盛な女の子、チーを中心とした日常生活をユーモラスに描いているので、まったく身構える必要はありません。台湾の先住民族であるアミ族の血を引く祖母、チーが通う小学校の仲間たちとの心温まる交流もファンタジックに表現され、大いに楽しませてくれます。

 少女時代のチーはテレビで放送されるアニメが大好きで、特にSFアニメ『ガッチャマン』に夢中。小学校の同級生である金髪の女の子ベティやいたずら好きな男の子シェン・エンたちと一緒に『ガッチャマン』の主題歌を歌うシーンは、とても心に響きます。

 チーたちは『ガッチャマン』を日本のアニメと知らなかったわけですが、日本のアニメに勇気づけられるチーたちに、多くの日本人も共感を覚えるのではないでしょうか。

■台湾独自のアニメを生み出す大変さ

東京都内でインタビューに応える、ソン・シンイン監督(マグミクス編集部撮影)

 京都大学に2年間留学し、映画理論を学んだソン監督だけに、日本文化に精通し、日本語もかなり堪能です。もともとは実写映画を撮っていたソン監督ですが、なぜアニメーション制作の基盤のない台湾で、長編アニメを作ろうと思い立ったのでしょうか。来日したソン監督にお話を聞きました。

「きっかけは、イラン出身のマルジャン・サトラピ監督の『ペルセポリス』(2007年)というアニメーション映画を観たことでした。『ペルセポリス』は1970年代~80年代のイランで思春期を送った少女の物語でした。それを観て、私も自分自身の体験を映画化することを思いついたんです。

 戒厳令下の台湾で生まれ育った女の子を主人公にすれば、多くの人の共感が得られると考えたんです。社会の変化を描くには実写よりもアニメーションのほうが便利ですし、少女時代の思い出をファンタジックに描くのにも最適です。

 台湾には『スタジオジブリ』や細田守監督のいる『スタジオ地図』のような、きちんとシステムの整ったアニメーションスタジオはまだありません。でも、私は一度決めたら、前に進むしかできない性格なんです(笑)。大変でしたが、いろんな方たちからの支援を受けて、4年がかりで完成させることができたんです」

 製作費約1億8000万円を集め、新しい会社「幸福路映画社」を立ち上げるなど、ソン監督の行動力には目を見張るものがあります。パワーあふれるソン監督ですが、40人ものアニメーターを束ねて、台湾ならではのオリジナルアニメーションを生み出すのは想像以上の苦労があったようです。

「台湾にも若いアニメーターたちはいるんですが、『名探偵コナン』や『鋼の錬金術師』などに憧れてアニメーターになった若いスタッフは、やはり『コナン』や『ハガレン』のようなキャラクターを描きたがるんです。

 また、作画監督はふたりのベテランアニメーターに務めてもらいましたが、彼らは日本や米国のアニメ作品の下請け仕事を長年受けていたこともあって、身についているスタイルを一度忘れてもらうのが大変でした。日本とも米国とも違う、台湾ならではのアニメーション映画を私は作りたかったんです。

 私のイメージに合った絵コンテを描いてもらうのにも、かなりの時間を要しました。例えば、大人になったチーが工場で夜警のアルバイトをしている父親に手づくりのお弁当を届けに行くシーンがあるのですが、『父親が近所のコンビニで弁当を買えばいいのに、主人公はなんでわざわざ手づくり弁当を届けに行くんだ?』と、すぐには理解してもらえませんでした。

 国際結婚したチーは離婚を考えており、老いた父親に相談するつもりでお弁当を届けに行くものの、言い出せずにいる様子をロングショットで描きたかったんです。毎日のように時間をかけて、1シーンごとにスタッフに説明しながらの作業がずっと続きました」

■祖母への「後悔」や友達との「思い出」も込められた映像

金髪のクラスメイト、ベティのシーン。劇場アニメ『幸福路のチー』 より

 映画では、チーとチーを溺愛する祖母との触れ合いや、米兵を父に持つ同級生ベティとの友情がとてもハートフルに描かれています。しかし、ソン監督によると実際は生前の祖母とはあまり仲良くすることができず、ベティのモデルとなった金髪の女の子は、転校後に音信不通となり、再会することはできなかったそうです。

 祖母が元気だった頃にもっと仲良くしておけばよかったというソン監督の後悔や、会えなくなってしまった幼友達との忘れがたい思い出が、映画には込められているようです。

 ソン監督が京都に留学した体験をエッセイにした『いつもひとりだった、京都での日々』(早川書房)も日本で出版されたばかりです。京都でお世話になった下宿先の大家さん、アルバイトしていたカラオケボックスの店長や常連さんたちとの適度な距離感を持った関係性が描かれています。京都の街並を背景にした出会いと別れが、さらりとした文章スタイルで綴られており、『幸福路のチー』と同様に親しみを感じさせつつも、日本人とは微妙に異なる視点が新鮮に感じられます。

(長野辰次)

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