流行りの「アニメ倍速視聴」、『葬送のフリーレン』には通用しない? 早回し不可の演出とは
マグミクス / 2024年1月19日 21時10分
■近年のアニメは「セリフ」による説明が多いが……?
近年、アニメを「倍速」で見る人が増加しているといいます。標準速度で見るために作りこまれているアニメーションの演出を無視してまで、なぜ倍速視聴をするのでしょうか。
理由としては簡単で、使った時間に対するコストパフォーマンスを求める人が増えているからです。タイムパフォーマンス(略してタイパ)と言いますが、アニメ業界においてはあまり好ましい概念とは言えないでしょう。時間は有限ではありますが、タイパだけを気にしすぎるとアニメを見る意味がそもそもありません。
とはいえ、エンタメを楽しむのにも「時間を有効に使いたい」という考えを持つのは致し方ありません。現代人は忙しすぎるのです。特にアニメやマンガ、ゲームに映画、ドラマにラノベなどの娯楽は日々膨大な量が供給されており、ひとりの人間が全を楽しむことはすでに不可能となっています。おそらく現代日本は人類史上最も多くの娯楽にあふれた世界となっているのでしょう。
もちろん、娯楽だけが人生ではありません。他にも学校や仕事、趣味、人付き合いなど、何をするのにも時間が必要です。特に人付き合いとなれば話題が必要となりますが、アニメの存在感が非常に強くなっている現代では、ヒット作や話題作をある程度おさえておく必要があります。アニメが滅茶苦茶好きと言う方ではなくともアニメを見る必要があるのであれば、倍速視聴という選択はやむを得ないかもしれません。
しかしながら、多くのクリエイターが心血を注いで作り上げた動画演出をきちんと見ないのは、あまりにももったいない話です。
それにしても、そもそもなぜ「倍速での視聴」が可能なのでしょうか。大きな理由としては、近年のアニメはセリフで状況や感情を説明してくれる作品が多いからです。アニメは動画と音声で構成されるコンテンツですが、動画をきちんと見なくとも声だけで状況は把握できます。また、場面によってBGMが変化しますが、見せ場となるシーンのBGMは緊迫感があるため、音で重要な場面を判断して集中することができます。倍速視聴とは「観る」以上に「聴く」要素が強い手段だと言えるでしょう。
■『フリーレン』が倍速視聴に向かないワケ
「フリーレン」の新たな旅に同行する「フェルン」と「シュタルク」の関係性は、セリフだけでなくさまざまな演出で描かれる。画像はアニメ『葬送のフリーレン』第17話 (C)山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会
つまり逆にいえば、声やBGM以外に大量の情報が詰め込まれている作品は倍速視聴にまったく向いていないのです。現在放送中のTVアニメ『葬送のフリーレン』はまさにその代表的な例でしょう。
「フリーレン」は極めて珍しいことに、軸となるストーリーが希薄な作品です。フリーレンが人を知る旅をしている、七崩賢の生き残りをはじめとする魔族をせん滅する、北に向かうなどの大まかな枠組みはあるのですが、はっきりとした目的は未だ明かされていません。そもそも目的があるのかどうかもわからない状態です。
近年多く制作されている原作付きの1クールアニメは限られた尺のなかにできる限り多くの情報を詰め込もうとするためか、視聴者に情報を提示する際にセリフに頼る傾向が強くなっていますが、「フリーレン」はかなりゆったりとした尺の使い方をしているためか、キャラクターの視線や動作にセリフを組み合わせて感情の機微を伝える……といった作劇を多用しているのです。
一例を挙げると、第17話「じゃあ元気で」の1シーンで、シュタルクがフェルンに後ろからじゃれつき、肩に手を置いたところフェルンが切れた場面が挙げられます。セリフだけで描写しようとした場合、まず手を置かれたフェルンが「離してください」などとしゃべるはずですが、本編ではフェルンが驚きと恐怖で目を見開く描写が行われ、その後にシュタルクの力が強くて怖かったと語る流れになっています。
セリフだけでも内容を把握できないわけではないのですが、この一連のシーンではフェルンの目の見開き方と視線で「何が問題だったのか」を明らかにしています。軽く触れられただけとはいえ、一撃で巨大なドラゴンを倒すシュタルクの力を考えれば、女性にとってはかなりの恐怖を感じるのは当然と言えるでしょう。
また、第15話「厄介事のにおい」では1分間にわたるダンスシーンが描かれていますが、その翌日、オルデン卿が次男のムートに稽古を付けているのをシュタルクが窓越しに見ているシーンでは、フェルンが窓に近づき、一緒に外を見ようとしています。このときフェルンは足音だけでセリフはありませんが、おそらくは「シュタルクがなにを見ているのか知りたい」描写であり、フェルンがシュタルクのことをかなり気にしていることがうかがえます。
その他にも作中では細かい芝居に情報が詰め込まれているため、しっかり見ないと見落としがかなり出てしまうでしょう。
せっかくアニメを見るのですから(なかなか難しいのは分かりますが)、ゆったりと時間を使ってみてはいかがでしょうか。きっと、今まで見えていなかったものが見えてくるはずです。
(早川清一朗)
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