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障害理解が急速に進む「ゲーム」業界…健常者が誤解しがちな「アクセシビリティ」の本質とは 当事者・企業・識者に訊く

マグミクス / 2024年1月30日 7時10分

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■知られざる「ゲームのアクセシビリティ」最前線

 2023年8月、アメリカで開催された格闘ゲームの世界的大会「EVO 2023」における『ストリートファイター6』の予選で、全盲の外国人選手が健常者を相手に大金星を上げました。

オランダ出身の格闘ゲームストリーマー・BlindWarriorSvenさんが「EVO2023」のプール予選で勝利し歓声に包まれる様子(EVO公式Xアカウントより)

 勝利は選手自身の不断の努力のたまものですが、それだけではありません。『ストリートファイター6』に、障害と戦い続ける人の努力に応えるだけの“下地”があったからこそです。そうした下地――障害の有無にかかわらず、誰もが等しく楽しんだり日々の生活を送ったりできるようにする取り組みは、「アクセシビリティ」と呼ばれています。

 SDGsの目標のひとつでもある「アクセシビリティ」ですが、エンターテイメント分野においては「ゲーム」が近年知られざる進化を遂げていることをご存知でしょうか。

 この記事では、ゲームにおけるアクセシビリティの“今”を、「障害がある身でゲームライフを謳歌するeスポーツプレイヤー」、「アクセシビリティ向上に取り組む家庭用ゲーム機メーカー」、「障害への正しい認識を広めんとするキュレーター」という3つの視点から探ります。
[取材・文=蚩尤/編集=沖本茂義]

■誰もがコントローラーを持てるとはかぎらない

eスポーツプレイヤーの畠山駿也さん

「2006年にWiiが発売された時、僕はもうゲームで遊べないのかもしれないと思いました」

 少し寂しそうな笑顔を浮かべながら当時をそう振り返ったのは、岩手県在住のeスポーツプレイヤー、畠山駿也さん。

 筋肉が徐々に衰えていく国指定難病である筋ジストロフィーと闘いながら在宅で働いており、プライベートでは自作の「顎コントローラー」で格闘ゲームに熱意を注ぐゲーマーという顔も持っています。

自作の「顎コントローラー」を操作する畠山さん

 小学校から車いす生活だった畠山さんにとって、誰かと対戦できるゲームは自身と友人をつなぐ絆の象徴。そんな時代に出会ったのが、格闘ゲームでした。

「僕にとっての10代は、日常生活でできることが減っていく喪失の時期。そんななかで、努力すれば勝てる対戦ゲーム、格闘ゲームと出会い夢中になりました」

 家庭用ゲーム機は、基本的にコントローラーを手に持って遊ぶことが想定された作りです。しかし、障害者が同じようにできるとは限りません。

両手で握ることを前提とした家庭用ゲーム機の一般的なコントローラー。細かい操作が困難な障害者にとっては、快適にゲームをプレイすることは難しい(編集部撮影)

 畠山さんは病状が少しずつ進行し、やがてコントローラーを持つのが困難に。そんな時に畠山さんを支えたのが、友人に勧められたPCのオンラインゲームでした。

「当時の家庭用ゲーム機は、コントローラーを持てないとなかなか思うように遊べませんでした。その点、PCゲームはデスクに置かれたキーボードとマウスで操作できるほか、外部入力装置をつなぐのもゲーム機より簡単です。僕には、それが救いとなりました」

■アクセシビリティは「同じフィールドに上がる」ためのもの

「ゲームに人生を狂わされた話」と題された記事は、障害の有無にかかわらず、多くのゲーマーの心を打った

 学校を卒業してから、在宅のWebデザイナーとして働きはじめた畠山さん。しかし、コロナ禍が到来すると外出機会が激減。先の見えない日々を送りました。

「こんな時だからこそ、一番好きなことをやるべきだ」との思いに至った畠山さんは、Webプラットフォーム「note」を通して自分がどのような工夫をしてゲームを楽しんでいるかを発信。大きな反響が寄せられました。

 さらに「手をうまく動かせないなら顎で操作すればいい」という発想から、多くの人の協力を得て自作の「顎コントローラー」を制作。畠山さんは大きな達成感とともに「欲しいものは自分で手に入れなければならない」という実感に包まれました。

畠山さんの大切な“相棒”である顎コントローラー。盃上のスティックの先端に顎を当てて操作する

「足かせが外れたかのような清々しい気分で、自分の生きる道が定まった瞬間でした」

 今は在宅勤務で株式会社ePARAに勤めている畠山さんは、eスポーツを通じて障害者が自分らしく社会参加できる支援を行っています。

「ePARA」が2023年9月23日・24日に岩手県八幡平市 安比リゾートセンターで開催したオフラインイベント「HACHIMANTAI 8 FIGHTS」の模様

 そのかたわらで、2023年6月2日に発売された格闘ゲーム『ストリートファイター6』の開発にも社をあげて協力しました。

『ストリートファイター6』

 同作における、対戦キャラとの距離や体力の残量などがサウンドで通知される「サウンドアクセシビリティ」機能には、格闘ゲーム好きである畠山さんの助言が生かされているといいます。

『ストリートファイター6』のサウンドアクセシビリティ機能設定画面

 ゲームにおけるアクセシビリティはどうあるべきか? 畠山さんに尋ねると、未来を見据えつつこう答えました。

「ゲームにおけるアクセシビリティは、“イージーモード(を用意すること)”ではありません。“誰もが同じフィールドに上がるためのもの”であるべきです。そのことを伝えるのが難しいんですけどね」

『ストリートファイター6』をプレイする畠山さん。今の目標は、顎コントローラーを手にアメリカで開催される「EVO」に出場することだという

 畠山さんは、2023年12月6日にSony Interactive Entertainment(以下、SIE)から発売されたPlayStation 5(PS5)用コントローラー「Access コントローラー」にもテスターのひとりとして関わるなど、さまざまな活動を行っています。その熱意に押されるかのように、ゲームを取り巻くアクセシビリティの動きは少しずつ、しかし確実に大きなものになっています。

■障害のハードルを取り除く「Access コントローラー」

SIEの柳瀬和大さん

「障害が理由でゲームを遊べない人がいるなら、そのハードルは取り除かなければなりません」

 そう力強く語るのは、SIEの柳瀬和大さん。

 障害のあるゲームファンが快適かつ長時間プレイできるように開発されたPS5向けコントローラーキット「Access コントローラー」のハードウェア面の企画を指揮しました。

2023年12月6日にSIEより発売されたAccess コントローラー

 Access コントローラーは、多様なニーズに合わせてカスタマイズを行えるように徹底して開発したといいます。またボタンの形状も5種類用意されており、標準的な「ボタンを真下に押す」タイプだけではなく、せり上がったボタンの端に指をかけて「手前に引く/奥に押す」ことで操作できるタイプも用意されています。

 さらにコントローラーを持てない人も楽しめるよう平らな机に設置して使用できるほか、一般的な三脚などにマウントしての使用にも対応しています。

三脚を活用しつつ、右手だけでレーシングカーゲーム『グランツーリスモ7』をプレイ。慣れは必要ながら、片手で通常のコントローラーを持つことと比べたら操作のしやすさは段違い

 制作当初は、SIE社内にアクセシビリティに関するノウハウを集める必要があったため、作業はコンサルタントを通じて専門家や障害のある方に入念なヒアリングを行うところからスタート。トライ&エラーを繰り返し、さらに試作機を使ったユーザーテストも念入りに行うことで、発売までにじっくり約5年の月日をかけました。

■アクセシビリティには“理想形”は存在しない

SIEの山本徹さん

「ゲームは、現実にはない体験を味わえるエンターテイメント。だからこそ、アクセシビリティとインクルーシビティ(誰も排除しない包括性)に取り組まなければなりません」

 そう言葉を続けたのは、SIEの山本徹さんです。Access コントローラーのソフトウェア面をはじめとして、PlayStationのアクセシビリティ対応も含めてさまざまな商品を手がけています

 クリエイターが「一番使いやすくて、楽しめる」と思う遊びを形にする一般的なゲーム機と違い、アクセシビリティの追求には「唯一の正解」という概念がありません。障害の性質や程度は千差万別で、腕だけを見ても左右どちらかのみが不自由な人がいれば、両腕とも動かせるが力を入れられないという人もいます。

多様なニーズに合わせ、ボタン割り当ても自由に変更可能

 つまり、あらかじめ決まった形や動作をする製品で、すべてを満足させることは現実的には不可能だといえます。Access コントローラーは開発者が最適解だと思うデザインを押し付けるのではなく、ユーザーが自分に合った最適な設定を行えるものでなければならない――山本さんは、このことに気がついたのがブレイクスルーの瞬間だったと振り返ります。

Access コントローラーに触れながらその魅力や制作秘話を語る柳瀬さんと山本さん

 障害の有無にかかわらず、見落としやすいハードルとして「商品やサービスの入り口」が挙げられます。

 たとえば、筆者が知る事例として、視覚障害のある方がとある格闘ゲームをプレイした際に、メインである格闘パートでは問題なくプレイできるのに、そこに行き着くまでのメニュー画面で音声解説がなく、「今画面で選択されているのがどのモード/キャラクター/ステージなのか情報が得られなかった」という話を聞きました。

 Access コントローラーは、そういった視点も忘れることなく開発されています。アクセシビリティの精神は製品そのものだけでなく梱包にも生かされており、封をしているテープの端にあるリングに指をかけて軽く引っ張るだけで、簡単に開封できます。

リングに指をかければ、力を入れずとも簡単に開封できる

 ボタンなどの各種部品も袋に詰めずそのまま梱包。箱を移送・配送しても部品が散らばってしまわないよう、ボックスの形状に試行錯誤を重ねました。ソフトウェアにもその精神は行き届いており、コントローラーをPS5に接続するだけで、自分に合った設定をするための初回セットアップ画面が起動するようになっています。

初回セットアップ画面の一部。2個のコントローラーを同時に使うなど自分に合った設定が可能

 発売に向けてユーザーテストを繰り返していたある日、柳瀬さんや山本さんら企画スタッフの下に一通の手紙が届きました。差出人はテスターとしてAccess コントローラーに触れていたとある少年で、そこには、障害のある自分がゲームを遊べたことへのお礼が直筆で書かれていました。

「手紙を読んだ時は、私たちの商品が実際に誰かの助けになったことが伝わってきて涙ぐんでしまいました(柳瀬さん)」

開発した商品が実際にユーザーの助けになったことを笑みを浮かべながら振り返る柳瀬さん

 あらゆる人に向けて平等に、誰も排除しない世界――思い描く未来へ向かい、SIEのアクセシビリティへの取り組みは続きます。

■アクセシビリティ革命をもたらした『The Last of Us Part II』

キュレーター/プロデューサーの田中みゆきさん

「あらゆるエンターテイメント分野において、ゲームのアクセシビリティは最も進んでいます」

 そう語るのは、「障害は世界を捉え直す視点である」というテーマでさまざまな表現の見方や捉え方を発信するキュレーター/プロデューサーの田中みゆきさん。目の見えない人と見える人がともに音からつくり、音で遊ぶゲームをつくるプロジェクト「オーディオゲームセンター」にも携わっているそうで、笑顔をまじえながらゲームのことを話す言葉にはよどみがありません。

 近年目覚ましい進化を遂げるゲームのアクセシビリティですが、 “アクセシビリティのゲームチェンジャー”と言えるほど革新的なゲームソフトが、アメリカのゲーム会社ノーティードッグが開発し、2020年にSIEが発売したPS4ソフト『The Last of Us Part II』だといいます。

2020年にPS4ソフトとして発売された『The Last of Us Part II』

 同作におけるアクセシビリティ項目はテキストの読み上げ、キャラクターの移動アシスト、近くにあるアイテムの自動取得など60種類以上におよび、発売当時のインターネットでは、障害者の喜びの声やクリア報告が見られました。

 障害のある多くのプレイヤーに喜びを与えた『The Last of Us Part II』ですが、惜しい点がひとつあったといいます。それは「ムービーシーン」に、テレビ番組や映画でいうところの「オーディオディスクリプション (視覚に障害のある人に視覚情報を補助するナレーション)」にあたる機能がなかったこと。視覚障害者にとって、セリフのやり取りが少ないムービーシーンでは、そこで何が描写されているか情報が得られなかったのです。

 しかし、2022年にPS5ソフトとして発売された『The Last of Us Part I』ではオーディオディスクリプションが実装され、その問題も解消されました。そして2024年1月19日に発売された『The Last of Us Part II Remastered』では、ムービーにもオーディオディスクリプションが追加されました。同社のフットワークの軽さの背景には、海外の障害のある方たちの活発さがあるようです。

 その象徴のひとつが、Webメディアの「Can I Play That?」です。車いす生活を送るジョシュア・ストラウブさんが編集長を務める同サイトは、さまざまなゲームソフトをアクセシビリティの観点から徹底的にレビューしています。

ゲームにおけるアクセシビリティの情報を提供するWebメディア「Can I Play That?」

「障害のある方たちが自ら積極的に声を上げる姿は、日本も見習ってよいところだと思います」

 さまざまな分野で活躍する田中さんは、2023年10月20日にSIEから発売されたPS5ソフト『Marvel’s Spider-Man 2』のオーディオ・ディスクリプション(音声解説)制作にも携わりました(※2024年1月30日時点では未実装で、2024年今後のアップデートにて実装予定)。

 同作は「あらゆるアクセシビリティが実装されたゲーム」として現状で最も進んだ事例のひとつです、と田中さんは強調します。

SIEの子会社のひとつであるアメリカのインソムニアックゲームズが開発を手がけた『Marvel's Spider-Man 2』

 ハイコントラスト表示オプションやカラー変更のほか、すべての場面にオーディオディスクリプションのナレーション音声が付いており、視覚障害のあるプレイヤーでも重要な情報をリアルタイムで捉えられるよう設計されています。

 また発達障害等により素早い反応が苦手なプレイヤーに対しては、ゲームスピードも変更できるよう、ショートカットボタンにリアルタイムの70%、50%、30%割合の速度を割り当てることができます。これによりアクションがゆっくりになり、ゲーム内のアクションシーンなどで反応する時間を増やせます。

『Marvel's Spider-Man 2』より「ゲームスピード」変更のアクセシビリティ設定画面

 このほか敵の体力や敵から受けるダメージの調整、蜘蛛のような糸を使って高速移動するウェブスイングの操作アシスト、ボタンの連続押下と押しっぱなしの切り替え、カメラ操作の感度やピッチの調整、オーディオの高周波や低周波のカット、点滅エフェクトやモーションブラー効果のオフ・調整、パズル要素へのヒント機能の表示など、調整できる項目は枚挙にいとまがありません。

■アクセシビリティを“自分たちのこと”と捉えるのが大切

「アクセシビリティは障害のある方だけのものではない」と解説する田中さん

 田中さんにアクセシビリティとは何かをあらためて問うと、問題の根幹は作り手を担うのが健常者ばかりで、しかも同じ健常者に向けてモノづくりをしていることにあるといいます。

「障害のある人が身近にいれば、健常者も自然とその人たちのことを考えます。もし最初からそういう社会であれば、アクセシビリティという概念は生まれずに済んだかもしれません」

 アクセシビリティという概念を必要としない平等な世界。それを目指しているのが畠山さんであり、柳瀬さんと山本さんであり、田中さんですが、健常者のゲームファンにもできることはあるのでしょうか。田中さんに尋ねてみると、返ってきた答えはとても取り組みやすいものでした。

「ゲームを遊ぶ時に、アクセシビリティ設定を試してみてください。アイテムの位置を音で知らせるサウンド機能や日本語音声に対する日本語字幕など、さまざまな感覚の違いを体感できますし、本来もっと多様なはずの“健常者”と言われている人たちにとってもゲームがより遊びやすくなる機能が見つかると思います」

 誰かのためではなく、自分が楽しむためにアクセシビリティ機能を活用する。そうするだけで、やがて日常の見え方も変わってくるといいます。

「鉄道の車内や、駅構内での緊急時にアナウンスが音声だけの社会は心もとないと思いませんか? ゲームで母語の字幕機能に親しめば、そういう気づきにもつながります。ゲームを愛するみなさんがアクセシビリティを“自分たちのこと”として考えられるようになれば、ゲームのアクセシビリティの在り方は自然と変わっていくでしょう」

『ストリートファイター6』
(C)CAPCOM

『The Last of Us Part II』
(C)2020 Sony Interactive Entertainment LLC. Created and developed by Naughty Dog, LLC.

『Marvel’s Spider-Man 2』
(C)2023 MARVEL (C)2023 Sony Interactive Entertainment LLC. Developed by Insomniac Games, Inc.

(C)Sony Interactive Entertainment Inc. All rights reserved.
Design and specifications are subject to change without notice

(マグミクス編集部)

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