禁断映画『ムカデ人間』『あくまのくまさん』を配給・宣伝した「伝説の男」叶井俊太郎の功績
マグミクス / 2024年2月26日 22時0分
■「月9」のモデルにもなった伝説の映画バイヤー
映画業界に数々の伝説を残した映画バイヤー、宣伝プロデューサーの叶井俊太郎氏が、2024年2月16日に亡くなりました。享年56歳でした。
ジャン=ピエール・ジュネ監督のおしゃれなフランス映画『アメリ』(2001年)を、叶井氏はホラー映画だと勘違いして買い付けたところ、日本でも興収16億円の大ヒットになりました。河崎実監督とタッグを組んだSFパロディ映画『日本以外全部沈没』(2006年)も、スマッシュヒットを記録しています。
若い頃の叶井氏はかなりのイケメンで、2003年に放送された江口洋介さん主演ドラマ『東京ラブ・シネマ』(フジテレビ系)のモデルにもなっています。漫画家の倉田真由美さんと2009年に結婚していますが、離婚歴は3回、自己破産も経験するなど、公私ともに波瀾万丈な人生でした。
そんな叶井氏が配給・宣伝を手がけた代表作を、特撮系の作品を中心に振り返りたいと思います。
■海外では上映禁止扱いだった『ムカデ人間』
エコロジースリラーと叶井氏が名づけたのは、オランダ出身のトム・シックス監督が撮った『ムカデ人間』(2010年)です。マッドサイエンティストによって、拉致監禁された3人の男女が接合手術を受け、数珠つなぎ状態の「ムカデ人間」になるという、非道極まりない内容です。
ナチスの殺人医師として恐れられたヨーゼフ・メンゲレから着想を得た危険な作品ながら、日本での劇場公開は大成功。シックス監督はさらに悪趣味度を増した『ムカデ人間2』(2011年)、『ムカデ人間3』(2015年)を制作しています。
海外では上映禁止扱いされた「ムカデ人間」シリーズですが、こうした賛否を呼ぶキワモノ映画の配給・宣伝こそ、叶井氏は得意としていました。『ムカデ人間』の公開時には、「ムカデ合コン」「ムカデ割引」などのユニークなキャンペーンも行い、話題を集めています。
ほかにも実在の事件を題材にした香港映画『八仙飯店之人肉饅頭』(1993年)、H・R・ギーガーがクリーチャーデザインしたドイツ映画『キラーコンドーム』(1996年)など、埋もれていたZ級作品を発掘しては、日本でヒットさせています。その一方、2001年に劇場公開した『クイーン・コング』(1976年)は歴史的な大コケ映画となりました。
自分の直感を信じ、「面白い!」と感じた作品を配給・宣伝する生涯を貫いた叶井氏でした。日本の映画界が多様性に満ちていることの要因として、叶井氏の30年間におよぶ功績も少なからずあるのではないでしょうか。
■人気児童文学を陵辱した『プー あくまのくまさん』
ジャケットから恐怖のビジュアルが迫る、『プー あくまのくまさん』DVD(アルバトロス)
スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが「こんなプーさん、見たくなかった。」とコメントを寄せたのは、叶井氏が宣伝プロデュースを担当した英国映画『プー あくまのくまさん』(2023年)です。
ディズニーでアニメ化もされた英国の有名児童文学『くまのプーさん』をホラー映画化したもので、大人になったロビン少年と野生化したプーさんが悲劇的に再会する物語となっています。ハチミツではなく血まみれ状態になったプーさんの造形が、あまりにも不気味です。
叶井氏は2022年6月に、医師から「末期の膵臓がんで余命半年」と宣告されていました。それでも叶井氏は仕事を休むことなく、多忙な鈴木プロデューサーに対し「僕もうすぐ死ぬんで、お願いします!」と頼み込み、先述のコメントをもらうことに成功しています。その甲斐もあって、『プー あくまのくまさん』は日本だけで興収1億2000万円のヒットとなりました。
さらに叶井氏は、日本の昔話をホラー映画化した『恐解釈 花咲か爺さん』『恐解釈 桃太郎』(ともに2023年)まで制作・配給しています。『恐解釈 桃太郎』を撮った鳴瀬聖人監督には「エンドロールに、『叶井俊太郎に捧ぐ』と入れてよ」と明るく頼み、実現させています。あたかも生前葬を、本人が楽しんでいるかのようでした。
■意外? 爽やかな青春映画『キラーカブトガニ』
悪趣味映画ばかり配給していた印象のある叶井氏ですが、動物パニック映画『キラーカブトガニ』(2021年)は、思いのほか爽やかな青春映画で、予想外のヒット作となりました。
廃炉化した原子力発電所から漏れ出した放射能によって、カブトガニたちが凶暴化し、ダンスパーティーを開催中だった学校を襲撃します。低予算のコメディホラーながら、体に障害を持つ主人公が仲間と一緒に戦うなかで、たくましく成長する姿が描かれています。
2023年12月に渋谷で開催された「第1回東京国際叶井俊太郎映画祭」でも、叶井氏のトークショー付きで上映されました。
2024年1月に公開されたばかりの永井豪原案、光武蔵人監督のSFアクション映画『唐獅子仮面 LION-GIRL』、坂本浩一監督のSF時代劇『妖獣奇譚 ニンジャVSシャーク』(2023年)も、特撮マニアを満足させる熱い作品になっていました。
ベストセラーとなった最後の対談集『エンドロール! 末期がんになった叶井俊太郎と文化人15人の“余命半年”論』(サイゾー社)のなかで、叶井氏は「余命半年と言われ、この世にまったく未練がないなと思った」とカラッと語っています。
抗がん剤などの延命治療は選ばず、叶井氏は亡くなる直前まで映画の配給・宣伝業務を続けました。叶井氏が企画・配給した映画は、これからも公開される予定です。叶井俊太郎氏が映画界に残した伝説は、まだまだ続くことになりそうです。
(長野辰次)
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