『薬屋のひとりごと』こそ現代の少女マンガそのもの? "普通じゃない"猫猫が愛されるわけ
マグミクス / 2024年3月23日 21時10分
![『薬屋のひとりごと』こそ現代の少女マンガそのもの? "普通じゃない"猫猫が愛されるわけ](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/magmix/magmix_219731_0-small.jpg)
■特殊なスキルと知識を武器に猫猫が大活躍!
インターネットの小説投稿サイト「小説家になろう」での大人気を受けてマンガ化やアニメ化された『薬屋のひとりごと』は男女を問わず支持される名作です。「小説家になろう」発の作品のため、いわゆる「なろう系」作品の一種だとされていますが、「異世界転生もの」ではないため同じカテゴリに分類するには違和感があります。この記事では少女マンガの視点から『薬屋のひとりごと』を振り返ります。
●「なろう発」だけど「なろう系」ではない?
裾野が広いマンガ市場では、児童向けの「コロコロコミック」、少年向けの「週刊少年ジャンプ」、若いビジネスマン向けの「ビックコミックスピリッツ」など雑誌ごとにターゲットが細分化されています。そのなかでも特に思春期の少女に向けた作品群が「少女マンガ」です。
累計発行部数3000万部を突破した『フルーツバスケット』や2000万部突破の『ふしぎ遊戯』、1000万部突破の『ママレード・ボーイ』など、多くの少女マンガがアニメ化され、男性読者からも高い人気を獲得しています。女性が少年マンガを読むように、男性もまた少女マンガを読むからこそ数千万部突破の大ヒット作が生まれたのです。自分で買うのは気恥ずかしいと言って、クラスのガールフレンドとマンガの貸し借りや回し読みをした経験がある人も多いでしょう。
最近はテレビアニメ化された少女マンガが減っていますが、現在大人気の『薬屋のひとりごと』こそ現代的な形で少女マンガが復権を果たした作品だと思われます。原作メディアの違いこそあれ、『薬屋のひとりごと』は主に異世界転生作品を指す「なろう系」ではなく、正統派の少女マンガ(アニメ)の系譜に連なる作品です。
■普通の少女が大冒険していた少女マンガ
特殊技能で宮廷のみんなに一目置かれる少女、猫猫。画像は『薬屋のひとりごと』7話画面カット(C)日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会
過去大ヒットした少女マンガの主人公にはいくつか共通点があります。それは読者の目にかわいらしく写っていても、作品世界においてはごく普通のルックスの少女であり、特別なスキルを持たず、一般的な家庭で育っている点です。清純さ、優しさ、勇気、気高さ、根性などの精神性が抜きん出ており、これが他者とほとんど唯一の差別化ポイントとなっています。少女マンガの主人公全員がこれらの条件をすべて満たしているとは限りませんが、基本的には読者が感情移入しやすい、ニュートラルな存在として設定されているといえるでしょう。
例えば累計発行部数4000万部を突破した大人気の少女マンガ『王家の紋章』の主人公「キャロル・リード」は考古学を学ぶ16歳のアメリカ人の少女です。キャロルが突如として古代エジプトにタイムスリップしたことで壮大な歴史ロマンが始まりました。
古代エジプトにおいて現代知識や倫理観、歴史知識を持つキャロルは特別な存在です。金髪で白い肌をしていることもあって「黄金の姫」と称えられますが、現代人としての特殊性は考古学の知識ぐらいしかありません。ごく普通のアメリカ人少女が古代エジプトにタイムスリップして、若きファラオ「メンフィス」と大恋愛したり、世界中の王に求愛されたりするのです。
四神天地書の中華ファンタジーな世界に移動する『ふしぎ遊戯』や紀元前14世紀のヒッタイトにタイムスリップする『天は赤い河のほとり』などの名作にも共通の構造がみられ、大ヒットしていることから、普通の少女こそ少女マンガの王道ヒロイン像だといえるでしょう。
しかし現在大人気の『薬屋のひとりごと』の猫猫はまったく違います。
●自立した職業少女、猫猫
猫猫は決して一般人とはいえない特殊技能やパーソナリティの持ち主で、その有能さや特殊性は少し「過剰」に見えるほどです。あの若さで宮廷の誰にも負けないほどの薬や毒の知識を持ち、経験もないのに性知識に詳しく、自分に向けられた恋愛感情に無自覚です。これらの特殊性の根拠として、父親(羅漢)譲りのマッドで尖った知性や優れた薬師である養父羅門の教育、母親の問題、花街育ちという複雑な背景を持ちます。
しかもあえて自分を醜く見せるために普段はソバカスの化粧をしているという徹底ぶりです。猫猫は男に媚びたり、頼ったりしない自立した少女だといえるでしょう。自分の能力や魅力に無自覚な猫猫の態度はあらぬ誤解を生み、壬氏を嫉妬させたりヤキモキさせたりするのです。
管見の限りにおいて、猫猫の人気は従来の少女マンガのヒロインのような憧れや共感の対象ではなく、上手なお手本としての現実的な憧れが強いように見えます。こんな風に活躍したい、こんな風に必要とされ、愛されたいという理想のようです。
●猫猫の特殊性は夢見る困難さの象徴
世知辛い現代においては、ごく普通の少女がその善性によって苦難を乗り越え、周囲に援助されて成功する、といった物語が受け入れられづらくなっているかもしれません。『薬屋のひとりごと』のストーリー展開は、厳しい世間でサバイブするために「愛される良い子」として耐えるだけでは不十分だと教えてくれます。組織(後宮)で居場所を確保するには、スキルや頼れる人間関係とコミュ力、知性と感情制御力が必要です。
『推しの子』が一般の少女たちにまで読まれるようになったと同様に、現在はひたむきで健気な少女よりも、世間の厳しさや悪を知ってうまく立ち回れる少女のほうが読者の憧れや共感を集めやすいようです。
読者とはまったく異なるパーソナリティのため共感しづらいはずの猫猫ですが、実は厳しい現代社会を生きるみんなの感覚や願望に寄り添うヒロインです。そんな『薬屋のひとりごと』が大人気になったのは、ごく自然な成り行きだといえます。
そして今後もよりいっそう社会が厳しさを増していくのなら、無垢な夢見る少女ではなく、猫猫のような現実的な感覚のヒロインが読者の支持を集めていくことでしょう。
(レトロ@長谷部 耕平)
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